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△黒田清輝氏の筆。黒田氏が今回出品（こんくわいしゆつぴん）せられた画数（ぐわすう）は大中小を合せて随分数多（ずゐぶんかずおほ）くある、それに天景（てんけい）、写生、肖像（せうざう）、人物画抔とその種類（しゆるゐ）もなかなか富（と）むで居るが、評者（ひやうしや）は先づ出（で）ぬまへから世間（せけん）に取沙汰（とりざた）のあつた小督物語から盲評（まうひやう）を試みやう＠実（げ）にこの図は今春（こんしゆん）の展画場（てんぐわぢやう）に一度未成画（みせいぐわ）を以て出品（しゆつぴん）せられたもので、今回（こんくわい）の出陳諸作品中（しゆつちんしよさくひんちう）最も大なるものと云ふ許（ばか）りでなく、恥（はづか）しくも曾（かつ）て邦人にしてかゝる大画（たいぐわ）に指（ゆび）を染めたものは黒田氏を措（お）いて他に決（けつ）して例（れい）のないことだそれ故評者（ひやうしや）もそのつもりで一入意（ひとしほこゝろ）を用ひておもむろに熟覧（じゆくらん）した＠いかにも面積（めんせき）に於ては最も大（おほ）きく、小画（せうぐわ）を以て全館（ぜんくわん）をかざつて居るだけに一際人意（ひときはじんい）を牽（ひ）くに足りる、画題（ぐわだい）の由来（ゆらい）に関しては既にその一部分（ぶゞん）を耳（みゝ）にし、且つは當時の品評（ひんぴやう）にも上（のぼ）つたことがあるから遡（さかのぼ）つて画面の配置（はいち）などに付て卑見（ひけん）を述（の）べむも管（くだ）なれば之を省略（せいりやく）し、果（はた）してこの画が余等（よら）の熱望せし如く完成（くわんせい）せられたるや否や、又色彩（しきさい）を施（ほどこ）したることに依つて十分真価（ぶんしんか）を現（あら）はせしや否や、この点（てん）に付てのみ寸評（すんぴやう）を試みる考（かんが）へだ、然るに悲（かな）しい哉（かな）、今これを再見（さいげん）するに及むで左の歎声（たんせい）を発せしむるの止（や）むを得ざるに至らしめた＠親切（しんせつ）なる人、この画の思付（おもひつき）から出来上（できあが）るまでの作者の来歴（らいれき）はさき頃の時事新報（じじしんぱう）に委（くは）しく載（の）せてあつたから御覧（ごらん）なさい、作者（さくしや）がこの画をこしらへるに付て何（ど）の位考案（くらゐかうあん）を費したか、又実際画（じつさいゑ）を描（か）く人が大物を造（つく）るに當つて何（ど）ういふ心配（しんぱい）をしなければ成らぬか、約言（やくげん）すれば今日の画家（ぐわか）の地位（ちゐ）といふものも一寸分（ちよつとわか）りますからね＠先づ第一は全体（ぜんたい）が美術的（びじゆつてき）の好佳品（かうかひん）として受取（うけと）り悪（わる）いことだ、その描法（べうはふ）があまりに濃厚（のうこう）に失（しつ）せし為めか、着色完成（ちやくしよくくわんせい）の今日から見るとその色彩（しきさい）に混濁（こんだく）を来して居て外見（みえ）がいかにも悪（わる）く、不快（ふくわい）の感覚（かんかく）を起さしむる結果（けつくわ）を生じた、これは大方施色（しゝよく）と画線（くわくせん）との間に不用意（ふようい）のあつた証（しるし）に違（ちが）ひない、評者が黒田氏に望（のぞ）む所のものは斯（か）く混濁（こんだく）せる画面（ぐわめん）を放擲（はうてき）し去つて一際多量（ひときはたりやう）の顔料（がんれう）を用ひ、豊富（ほうふ）に潤沢（じゆんたく）に成画せられむことであつた、よしその色調（しきてう）は今用ひたる程度（ていど）に置くにせよ、一例（れい）を近く場内（ぢやうない）にとりてその師（し）コラン氏の如く低調（ていてう）のうちにも光線（くわうせん）と陰影（いんえい）とを自然（しぜん）によく分画（ぶんくわく）し、予（あらかじ）め後に混濁（こんだく）を生ぜざるやう相當（さうたう）の注意（ちうい）を加へて施色したならば斯る失敗（しつぱい）は来さなかつたらうと思ふ、兎も角も用意（ようい）の慎重（しんちよう）を欠いたやうに見えるのは残念（ざんねん）である＠また光線（くわうせん）の点に於ても画中（ぐわちう）の人物の顔面（がんめん）、手足（しゆそく）、衣服（いふく）等に表（あら）はれし度合（どあひ）より推せば大地（だいち）の色に今少し何（なん）とか変化（へんくわ）を来さなければ成らぬと思ふ、夫れから大体がグレイツシなるより色調（しきてう）の釣合（つりあひ）を考へて見ると、画中の歌妓（かぎ）の蹴出（けだし）の色がちと温（あたゝ）かに過ぎては居らぬか、この侭では眼（まなこ）に触（ふ）れ過ぎる厭味（いやみ）が生ずる、畢竟（ひつきやう）するに頭上の受光（じゆくわう）と蹴出（けだし）の受光（じゆくわう）とその度合（どあひ）が同一に出でたる為めの結果（けつくわ）だと見える、是れも亦今少（いますこ）しピンクイツシに描（か）いたらば程よき調和（てうわ）を得たらうと思ふ＠如上（によじやう）の病患（びやうくわん）は左まで仔細（しさい）に見ざる余等（よら）も直に感（かん）ずるところで、尚ほ細閲（さいえつ）するときは幾多（いくた）の飽足（あきた）らぬ節（ふし）がある、例へば四囲の光景（くわうけい）に於ても左方（さはう）の森（もり）は甚だ近（ちか）きに過ぎて自然（しぜん）を失（しつ）し、前面の樹（き）の切株（きりかぶ）の如き更に這物（このもの）の硬度（かうど）を描いてない、又実物（じつぶつ）より写生（しやせい）したにもせよ、画面（ぐわめん）の右方の門構（もんがまへ）は絵画的趣致（くわいぐわてきしゆゆち）あるやいかに、舞妓（ぶぎ）の鼻柱（はなばしら）より前髪に至るその釣合（つりあひ）を失せざるか、蹲（うずくま）り居る仲居（なかゐ）の眼窩（がんくわ）に接近せるあたり陰影（いんえい）の高度（かうど）に失せる為め泰西人（たいせいじん）に髣髴（はうふつ）たる面相（めんそう）を呈せざるか、背面（はいめん）を見せたる男の脛長（すねなが）くして色混濁（いろこんだく）に失せざるか、草篭負（くさかごお）ひたる女（め）の童（わらは）の距離に応ぜず短身枯痩（たんしんこさう）に過ぐるなきか、斯（かゝ）る病所（へいしよ）を算（かぞ）へ上げれば尚（な）ほ幾多の紙片（しへん）を費すことが出来（でき）るが、左りとは徒（いたづら）に黒田氏を毒（どく）するの奇言（きげん）を衒（てら）ふやうで評する余等（よら）も快心（くわいしん）の業（わざ）ではない、只最後（さいご）に言つて置きたいのは兎（と）も角（かく）もこの画は余等の予想（よさう）に副（そ）はざる作であつたといふことだ、黒田氏の真（しん）の伎倆（ぎりやう）はこの画の外に現はれて居るものが多い＠秋野曰く、この評言（ひやうげん）には感服（かんぷく）しない、尤も画面（ぐわめん）の色の調子（てうし）が濁（にご）つて居るといふのは適評（てきひやう）でこれは黒田氏も何とか仕様（しやう）があつたらうにこの侭に仕上（しあ）げたのは詰（つま）り失策（しつさく）であつたと云つても善（い）い、人物は解体学的（かいたいがくてき）の下調（したしらべ）が届いて居て評中（ひやうちう）に見えるやうな苦情（くじやう）は見出（みえいだ）されない、仲居（なかゐ）の顔（かほ）が洋人（やうじん）めくと云ふのも舞妓（ぶぎ）の額（ひたへ）が不自然だと云ふのも一向服（かうふく）しがたい説（せつ）だ、それから評者は用筆（ようひつ）の一点張（てんばり）で、その余のことには評し及ばなかつたが、この画面（ぐわめん）に現はれたる六人の人物（じんぶつ）はおのおの個々（こゝ）の感情（かんじやう）を無難（ぶなん）に顕現（けんげん）して居るやうに思ふ、これは無論結構（むろんけつかう）に関することだが評中（ひやうちう）に漏（も）れて居るから一言補（おぎな）ふて置く、おなじ人の旧作（きうさく）三面の裸体画（らたいぐわ）は識者（しきしや）が初めて如法の描方（べうはう）もて造（つく）つたものだと云つたが、この画も風俗画（ふうぞくぐわ）として前に匹儔（ひつちう）なきものと云つても善からう |
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