| ◎北連蔵氏の『魚売』此（これ）も大物（おほもの）の一にして苦心（くしん）の作（さく）とは覚（おぼ）ゆれど、何人（なにびと）が見（み）るも其色（そのいろ）の余（あま）り心地（こゝち）よからざるに加（くは）へて、女（をんな）の腕（うで）の長（なが）き魚売（さかなうり）の足（あし）の先（さき）の短（みぢか）きなど、人物（じんぶつ）の輪廓研究（りんかくけんきう）を欠（か）きたるは惜（をし）むべし、衣襞（ひだ）も縄（なは）の糾（よ）られたらんが如（ごと）し、景色画（けいしよくぐわ）にては『雨後の月』先（ま）づは見（み）らるれ但（た）だ雨後（うご）といふ趣（おもむき）は如何（いかゞ）あるべきにや＠◎藤島武二氏（し）の作（さく）には肖像、逍遥、池畔納涼等（とう）の人物画（じんぶつぐわ）あり、軽（かる）く筆（ふで）をすりたる如（ごと）き画風（ぐわふう）は、仏（ふつ）に所謂（いはゆる）『フロツチー』なるべきも、其全面（そのぜんめん）に渉（わた）れる為（た）め面（■る）たりにはパステル画（ぐわ）の様（やう）にも見（み）ゆべし、其輪廓（そのりんかく）の概（おほか）たは正（ただ）しきこと、氏（し）の作（さく）に於（おい）て最（もつと）も賞（しやう）すべき所（ところ）、但（た）だ逍遥の一女（じよ）の指（ゆび）の辺（あた）り面白（おもしろ）からざるのみ、大作（たいさく）の納涼氏（し）が得意（とくい）なるフロツチーに上（のぼ）りし暁（あかつき）こそ待（ま）たるれ＠◎湯浅一郎氏の『海村の少女』唯（た）だ少女（せうじよ）を立（た）たせて其傍（そのかたはら）に鶏（にはとり）を添（そ）へたる、写真（しやしん）なれば兎（と）も角絵画（かくゝわいぐわ）としては其組立（そのくみたて）の余（あま）りに幼（をさな）からずや、少女（せうじよ）は少（すこ）し平（ひら）た過（す）ぎ、衣（きぬ）の色（いろ）も今少（いますこ）し明（あか）るからんにはなど思（おも）ひぬ、日向（ひなた）と影（かげ）の別（わかち）は一（ひ）と通（とほ）り得心（とくしん）したり、景色（けいしよく）には『森戸の晩景』筆軽（ふでかる）くして本地（ほんち）の風光饒（ふうくわうゆた）かにも見（み）らるべし＠◎長原孝太郎氏は稍（や）や進歩（しんぽ）せる滑稽画（こつけいぐわ）を以（も）て既（すで）に知（し）らるゝなる人（ひと）なり、此度（このたび）は本画（ほんぐわ）を出（い）だされ、而（し）かも其筆（そのふで）の力（ちから）ありて画方（かきかた）の正直（しやうじき）なる氏（し）が技倆（ぎりやう）の程（ほど）を知（し）るべく又其（またそ）が将来（しやうらい）の期望（きぼう）を卜（ぼく）すべきなり、『矢口の墓靄』情趣味（ぜうしゆあじは）ふべく、『雪景』の前（まへ）に立（た）てる木（き）の枝（えだ）など面白（おもしろ）きことなり＠◎中村勝次郎氏は根（ね）が京都生立（をひたち）の画家（ぐわか）なるが、近年研励（きんねんけんれい）の効（かう）は著（いちじ）るしく此会（このくわい）に見（あら）はれぬ、『隅田の雨』前景（ぜんけい）の筆充分（ふでじうぶん）ならざるが為（た）め水（みづ）の直下（ちよくか）するやう見（み）ゆれど、着色充分（ちやくしよくじうぶん）に雨中（うちう）の景（けい）を得（え）たり中沢弘光氏の『汐干狩』色（いろ）に於（おい）て見（み）るべく但図柄（たゞづがら）に合（あ）はしては小品（せうひん）なるが損（そん）なるべし、丹羽林平氏の『蓮田』他（た）の色（いろ）の生硬（せいこう）なるはあらで、筆（ふで）も軽（かろ）き方（ほう）なり＠◎和田英作、白瀧幾之助ニ氏（し）の作（さく）に就（つい）ては既（すで）に評（へふ）せし者（もの）あり、今其残（いまそのゝこ）れるを挙（あぐ）れば、和田氏（し）は淡々筆（たんたんふで）を着（つ）け来（きた）る処情趣自（ところじやうしゆおのづ）から掬（きく）すべきものあれど、為（た）めに仕事（しごと）の疎（そ）に趨（はし）れる疾（やまい）あり、白瀧氏（し）は之（これ）に反（はん）して筆稍（ふでや）や重（おも）く仕事（しごと）も過（すぎ）る程（ほど）なるはあれど為（た）めに其軽重加減（そのけいちようかげん）の間（あひだ）の妙趣（めうしゆ）を失（うしな）ふとなきにあらず、彼（かれ）に彼（か）の長（ちやう）ありて景色（けいしよく）に長（ちやう）じ、此（これ）に此短（このたん）ありて人物画（じんぶつぐわ）には長（ちやう）ずるものと謂（い）ふべし和田氏（し）の『少女読新聞図』顔（かほ）は輪郭（りんくわく）も色（いろ）も可（か）なれど、其四肢（そのしし）に至（いた）りては例（れい）の仕事（しごと）の疎（そ）なる之（これ）が煩（わづらひ）を為（な）し、輪廓（りんくわく）も甚（はなは）だ危（あや）ふ気（げ）なり『医師の肖像』も体（からだ）に同（おな）じ難（なん）はあるべし、景色画（けいしよくぐわ）の小品（せうひん）には『花園の小春』鶏頭花（けいとうくわ）の日光（につくわう）を受（う）けて弥々紅（いよいよくれなひ）なる処（ところ）、其色（そのいろ）の俗（ぞく）ならざる特（とく）に賞（しやう）すべく水（みづ）を汲（く）める少女（せうじよ）の姿勢（しせい）より水（みづ）の色（いろ）など何（いづ）れにおかしからぬはなし、『野塘の薄暮』は例（れい）の仕事（しごと）も親切（しんせつ）にして、暮方（くれかた）の空（そら）の趣（おもむき）、枯木の様樹（さまき）と空（そら）の釣合（つりあひ）など総（すべ）て難（なん）なく小品中（せうひんちう）の傑作（けつさく）なるべし、『快晴』の疊点法（でふてんはふ）なる、『犬吠の燈台』の篦（へら）にて画（ゑが）けるなど、研究上面白（けんきうじやうおもしろ）きことなり、『貝拾』は先（ま）づ其組立（そのくみたて）に於（おい）て賞（しやう）すべき歟（か）、＠◎白瀧氏の『春の浜辺』規模（きぼ）の大（おほ）いなるは自（おのづか）ら氏（し）の景色画（けいしよくぐわ）たるに背（そむ）かざるべし、組立（くみたて）も面白（おもしろ）くはあれど浜辺（はまべ）の色遠近（いろえんきん）の調（てう）を欠（か）けり、『暮色』と『雪晴』筆（ふで）の力（ちから）も強過（つよすぎ）るほどなるは悦（よろこ）ぶべきも、例（れい）の仕事（しごと）の廻（めぐ）る処（ところ）より、遠景樹木（えんけいじゆもく）の画方兎角（かきかたとかく）に重（おも）く、岩（いは）をも画（か）かん筆工合（ふでぐあい）の如（ごと）く見（み）へずや、『みぞれ』の一画（ぐわ）は唯（た）だ此病（このやまひ）を免（まぬ）かれ、遠景（えんけい）は軽（かる）く船（ふね）の辺（あた）り力（ちから）ありて水（みづ）も穏（おだ）かなる処（ところ）、みぞれの情趣描（じやうしゆえが）き得（え）て妙（みやう）を極（きは）めぬ＠◎美術学校学生（びじゆつがくかうがくせい）の俊才中此会（しゆんさいちうこのくわい）に新顔（しんがほ）として現（あら）はれたる諸氏（しよし）こそ筆（ふで）の痕（あと）のなかなかに望多（のぞみおほ）きが見（み）らるれ、山本森之助氏の画（ゑ）は比較的（ひかくてき）に輪廓（りんくわく）も正（ただ）しけれど色（いろ）は何（いづ）れも寒（さむ）き方（かた）なり『畦道』を尤（いう）とす、広瀬勝平氏は色（いろ）の柔（やはら）かなる勝（すぐ）れたり『晩帰』特（とく）に見（み）るべし、田中寅三氏の『紀州の浜』水（みづ）の色佳（いろか）なり、磯野吉雄氏の『田舎路』大物（おほもの）としては其組立不充分（そのくみたてふじうぶん）なれど木（き）と水（みづ）の色悪（いろわる）からず、矢崎千代治氏の『九條の朝ぼらけ』丹羽禮介氏の秋、赤松麟作氏の草苅など見（み）るべき所（ところ）もあるべし＠◎菊池鋳太郎氏の彫刻（てうこく）、合田清氏の彫版（てうはん）、室（しつ）の一隅我本領（ぐうわがほんれう）を誇（ほこ）れるの風情見（ふぜいみ）ゆ、菊池氏が『枯野』『河原』を描（えが）き、佐野昭氏が今年（こんねん）は彫刻（てうこく）ならで、『冬の野』『多摩川』等（とう）を描（えが）きたる、人（ひと）は其多能（そのたのう）に感（かん）ずるなるべし、今泉一飄氏の『画家の大難物』『加減乗除』等得意（とくゐ）の滑稽画亦妙（こつけいぐわまたみやう）に客足（きやくあし）を留（とど）めつゝあり（完） |
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