| 実際家 理屈家（りくつか）は柄（がら）に相応して何処（どこ）までも理屈家で行くと云ふから僕（ぼく）はやはり実際家（じつさいか）で遣（や）らかさう、黒田君は日本人をモデルに遣（つか）つて此画を描（か）いたと云ふことだがアンな胴（どう）の短（みじ）かい足（あし）の長い女（おんな）が日本人にあるだらうか疑（うたが）はしいね、併し世間（せけん）は広（ひろ）いもので或る人が此画（このえ）を見て此位のは田舎（ゐなか）の機織女（はたおりをんな）に幾許（いくら）もあると云つたさうだ、これも疑（うたが）はしい話（はなし）だが若（も）しあつたらお目（め）に掛（かか）りたいね、夫れにまた手（て）の工合（ぐあひ）が如何にも面白（おもしろ）くない、まるで太（ふと）い堅（かた）い骨の上にスグ皮（かは）を着（き）せたやうで如何（いか）にもいかつい、これが少女（せうぢよ）の手か腕（うで）かと思へば何となく不愍（ふびん）を思はれるやうな感（かん）じが起る、少女の体相（たいそう）を剥出（むきだ）しに写すと云ふなら清（きよ）らなふくよかな■■■■■■■■に択（えら）びたいものだ、此点から云ふと黒田氏が■■■■た浴後之少女（よくごのせうぢよ）の方が余程優（よほどまさ）つてるやうに思はれる、彼是（かれこれ）比較にはならないね＠外見家 モウ一つお儲（まけ）に云つて置（お）きたいのは肉色（にくいろ）だ、外の二面（めん）は兎も角もとして左（ひだり）の方の肌膚（はだ）の蒼過（あおす）ぎるのは少（すこ）し変（へん）ぢやないか、これは去年（きよねん）の展画場（てんぐわぢやう）に懸けた同じ人の奥田氏の像（ざう）と同じく窓紗（まど■■）から漏（も）れ来る日光を背面（はいめん）に受けた所とか何（なん）とか多分は外光（ぐわいくわう）に曰（いわ）くがあるのだらう、けれども今度（こんど）の場合にはソンな選択（せんたく）は諦（や）めた方が善（い）いかと思ふ、また或（あ）る人が引合（ひきあひ）に出るが肺病（はいびやう）やみの身体（からだ）のやうだと云つてるものがある、僕（ぼく）は夫れほどには思（おも）はないが何うも得策（とくさく）とはいひ悪（にく）い＠邪推する人 仏蘭西（フランス）のシャバンは裸体画（らたいぐわ）を描くに能くカウ云ふ法（はふ）を用ひるさうだ、シャバンには業（げふ）を受（う）けない黒田君のことだから隣（となり）の家（うち）の流儀（りうぎ）も此位には出来（でき）ると云ふところを見（み）せたのかも知（し）れぬぞ＠有難がる人
モシモシ些（ち）とお手柔（てやはら）かに願ひたい、苛政虎（かせいとら）の如しと云ふのは政治向（せいぢむき）の比喩（たとへ）ですが可評（かひやう）も猫（ねこ）か鼠（ねずみ）ぐらゐには當（あた）ります、私（わたくし）はこの画を見（み）ると有難（ありがた）くッて堪（たま）りません、団十郎が日蓮（にちれん）を勤（つと）めますとお拈（ひねり）が沢山上（たくさんあが）ると云ふことですが此画にも文久銭位（ぶんきうせんくらゐ）は投げても善（よ）いかと思（おも）ひます、モシ御信心（ごしんじん）のお方お方お方＠きほひ肌 ソウともソウとも、マツとウンと云（い）つてお遣（や）んなさい、早（はや）い談話（はなし）が日本画は人物（じんぶつ）がいけないのイヤ陰影法（いんえいほふ）が欠（か）けてるのと生意気（なまいき）なことを云つてる油絵手（あぶらゑかき）の内でデス、一二人（にん）を除（のぞ）くの外はナンでせう、百花之図（くわのづ）を描（か）けば葬式（さうしき）のときの造華（つくりばな）のやうなものを描くし巖（いは）を描（か）けば八頭（やつがしら）のやうなものを描（か）いて居ませう、ソンな人の中（なか）で苟（いやし）くも、善（よ）うがすか苟くもですよ、苟（いやし）くも此位（このくらゐ）に描きこなすと云ふのは感心（かんしん）ぢやありませんか、人は善（よ）く云ひます、黒田サンは暇（ひま）を潰（つぶ）して手間（てま）を潰（つぶ）してカウ云ふ物を描（か）いて居られるのが仕合（しあはせ）だと云（い）つてませう、ですがデス、其仕合（しあわせ）な身分で居てセツセと勉強（べんきやう）してカウ云ふ大作を拵（こしら）へると云ふのが其所（そこ）が己（お）れの気に入てる所（ところ）だ、サア誰（だ）れでも来（こ）い相手（あいて）になる＠裁判官 いろいろお説話（はなし）もあつたが最後（さいご）に私が云つて置（お）きたいことがある、此裸体画（このらたいぐわ）は前に真面目君（まじめくん）も云はれた通り大体無難（だいたいぶなん）の作だ、當今洋画家（とうこんやうぐわか）も沢山あるやうだが先づ此位（このくらゐ）に遣るものは無いと云つても善（よ）からう、確に（たしか）これ迄はなかつたやうだ、前（まへ）に誰（だ）れだか日本人にしては肢体（からだ）の釣合（つりあひ）が悪いと云ふ説（せつ）も見えたが彼（あ）れは西洋でもモデルの完全無欠（くわんぜんむけつ）といふのは少ないもので骨格（こつかく）が善いと思へば肉色（にくいろ）が悪い、頭付（あたまつき）が善いと思へば腕（うで）が太過（ふとす）ぎると云ふやうな訳（わけ）で是れはと思ふものは至つて得難（えがた）い、其所（そこ）で画家は画面（ぐわめん）に上（のぼ）せる段になつて幾分（いくぶん）かは直すし又直（なほ）しても善（よ）からうと思はれる、術語（じゆつご）で云ふと六箇敷（むつかしく）なるから掻摘（かいつま）んで云へば既（すで）にモデルの実体（じつたい）を離れて画面（ぐわめん）に上る場合には最早（もはや）画家の芸術（げいじゆつ）に化（くわ）せられたもので画家の感想（かんさう）も十分含蓄（がんちく）されたものだから造画（ぞうぐわ）の後に翻（かへ）つてモデルの如何を問ふの必要（ひつえう）はあるまい、勿論（もちろん）画面の巧拙（かうせつ）は画家の伎倆（ぎりやう）に依ることでこれは別問題（べつもんだい）であるが画家が自身（じしん）の感想（かんそう）を顕現するに當（あた）つて終（つひ）にモデルと変（かわ）つたものを進出す、即ちモテルの実体（じつたい）を直（なほ）すと云ふことは美術の準縄（じゆんじやう）に違（たが）はざる限り許（ゆる）して善い■■■■（判読不能）■■■■た権理であるが日本人■■■■（判読不能）■■■■モソツと胴（どう）の長い足の短（みじ）かい下腹（したばら）のブクブクしたのを写（うつ）せと云はぬ許りに放言（はうげん）するのは些と僻論（へきろん）の誹（そしり）を免かれまいと思ふ、次に浴後之少女（よくごのせうぢよ）と此画面とを比較（ひかく）して此画面の肉色（にくいろ）を非難（ひなん）したものがあつた、浴後之少女（よくごのせうぢよ）は欧羅巴人を写し此画面（このぐわめん）は日本人を写（うつ）したのであるから之を均（ひと）しなみに云ふのは不倫（ふりん）の対比（たいひ）と云はなければならない、併（しか）し彼方（あなた）の少女は之を刺（さ）せば鮮（あざや）かなる血汐（ちしほ）のサツと迸（ほとばし）るかと思はれ此方（こなた）の少女は之を刺（さ）せば黒（くろ）き血（ち）のポタリポタリと落（おち）るかと思はれる此感（このかん）じの相違（さうゐ）があるから非難をするのも無理（むり）はなからう、少（すこ）しく推測（すゐそく）に過ぎるかは知（し）らないが是等（これら）の弊（へい）は大方黒田君が地（ぢ）に金色（こんじき）を用ひたのに因（よ）ることだと思（おも）はれる、其外いろいろの弊（へい）が皆爰（みなここ）に原因して居ると思はれる、柔（やわら）かき少女の肌膚（はだ）を写すにスグ其側（そのそば）は一面に金色燦爛（きんしょくさんらん）として居るから並一通（なみひとゝほ）りでは強き色き蹴落（けおと）されて少女の肢体（からだ）が浮出（うきだ）さない、夫れに相応（ふさわ）しき色を用ひやうとすると肉色（にくいろ）も自然（しぜん）に強くなり骨（ほね）も堅くなり肢体総体（からだそうたい）が何処（どこ）となくいかつくなる、前（まへ）に手の工合（ぐあひ）を非難（ひなん）したものがあつたが彼（あ）れは卓見（たくけん）で僕の考（かんが）へでは矢張金地（やばりきんぢ）との配合（はいがふ）から生じた弊（へい）だと思ふ、地（ぢ）に金色（こんじき）を応用したのは黒田君の新案（しんあん）と云へば新案に相違（さうゐ）ない、けれども之が為めに黒田君は人（ひと）に知れない苦労（くらう）をしたやうに見（み）える、其証拠（そのしようこ）は三面共に黒（くろ）き太（ふと）き輪郭（りんくわく）を用いて明に地（ぢ）と画（ゑ）との間を区別（くべつ）したり又今日でも少女（せうぢよ）の肢体（からだ）は浮出（うきだ）してると云ふよりも寧（むし）ろ沈（しづ）んで居る、総（すべ）ての弊（へい）がその原因を爰（ここ）に発して居る所（ところ）から云へば黒田君は自身（じしん）の新案（しんあん）の為めに自身の伎倆（ぎりやう）を狭（せば）められたと評（ひやう）しても宜（よろ）しかろう＠わる口 また出（で）た、僕は先（さき）に画題（ぐわだい）の区別を知てるのはお手前一人（てまへひとり）なんだらうと云つたが、あつたよ、守中居士（しゆちうこじ）と云ふ評家（ひやうか）は感の分は善く其性情（そのせいじやう）が発揮されて居ると云つたから僕は訂正（ていせい）して分（わか）るもの〆て一人半（守中は感（かん）は能（よ）く分り智（ち）は半分（はんわか）りのやうにかいてるから画面は奇数（きすう）だが丁度半（ちやうどはん）になる）として置（お）く、併し爰（こゝ）に面白（おもしろ）いことがあるのは守中は感（かん）を中央（ちうおう）の画だと云ふのに読売（よみうり）の雑録記者は右（みぎ）の画（ゑ）だとかいてる、して見れば此見方（このみかた）も随分（ずゐぶん）アヤフヤなものだ |
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