| 社員は昨日（さくじつ）某所に於（おい）て黒田清輝氏と邂逅（かいこう）す問（と）ふに裸体画禁止説（らたいぐわきんしせつ）の一件を以（もつ）てす氏曰（いは）く若し警保局に於（おい）て一般の裸体画（らたいぐわ）を禁ぜんとすること実（じつ）ならば日本官吏の余（あま）りに無能（むのう）なるを惜（をし）まざるべからず画（ぐわ）の猥褻（わいせつ）に渉（わた）ると否（いな）とは必（かなら）ずしも衣服（いふく）を纏（まと）ふと絡（まと）はざるとに関（くわん）せず衣服（いふく）を纏（まと）へるものといへども画様（ぐわよう）の如何（いかん）に依（よ）りて猥褻（わいせつ）となるべく而（しか）して其猥不猥（そのわいふわい））は衣（い）の長短大小（ちやうたんだいせう）に由（よ）らざること明（あきら）かなり元来（ぐわんらい）、俗人（ぞくじん）の目（め）に視（み）て猥褻（わいせつ）か不猥褻（ふわいせつ）か見界（みさかひ）の附（つ）き易（やす）きは文章（ぶんしやう）よりも画（ぐわ）を以（もつ）て特（とく）に然（しか）りとす警保局に於て小説を視（み）て風俗（ふうぞく）を壊乱（くわいらん）するや否（いな）やを判別（はんべつ）するは敢（あへ）て難（かた）きを感（かん）ぜざる所なるべく小説且（か）つ然（しか）りとせば画（ぐわ）の猥不猥（わいふわい）を鑑別（かんべつ）すること蓋（けだ）し易々（いい）たらん聞（き）く裸体画の中（ちう）にて真（しん）に美術（びじゅつ）の模型（もけい）となるべきものと他の猥褻（わいせつ）に流（なが）るゝものとを鑑別（かんべつ）するは難事（なんじ）なるがゆゑ寧（むし）ろ一般に裸体画（らたいぐわ）を禁（きん）ずべしとの説（せつ）、其筋（そのすじ）に起（おこ）れりと然（しか）るに画（ぐわ）が猥褻（わいせつ）の意（い）に出（いづ）るや美術の巧匠（かうしやう）に成（な）れりやは常識（じやうしき）あるもの一見して之（これ）を知（し）るに難（がた）からず若（も）し見界（みさかひ）の附き難（かた）きを理由（りいう）として一般に裸体画（らたいぐわ）を禁（きん）ずるが如（ごと）き妄挙（ぼうきよ）に出（い）づることあらば是れ日本政府が無能無識（むのうむしき）を世界に表白（へうはく）するものなりと云々、氏は白馬会に出品（しゆつぴん）したる智（ち）、感（かん）、情（じやう）の三美人に就（つ）きて曰（いは）く智、感、情の文字（もんじ）は少（すこ）しく當字（あてじ）に似（に）たるが當初（とうしょ）、画家の三派なる理想（りさう）、引証（いんしよう）、写実（しやじつ）の意を表（あらわ）さんとして筆（ふで）を執（と）りたるものに外（ほか）ならず這（こ）は深（ふか）き意味（いみ）あるにあらずして理想（りさう）を智（ち）、引証（いんしよう）を感（かん）、写実（しやじつ）を情（じやう）に改（あらた）めたるまでの事（こと）なりと |
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