白馬会展覧場（完）＠樺山伯の像と逍遥の図とは、画材（ぐわざい）が画材なれば人の に付きやすく、菊圃と山寺とは、画材（ぐわざい）が画材なれば人の眼（め）に付きがたし、世の画（ぐわ）を評（ひやう）するものも亦殆ど前の二面（めん）を掲（あ）げて、後の二面を忘（わす）れたり、＠然れども新派が立脚（りつきやく）の根底（こんてい）とする一種独特（しゆどくとく）の筆致（ひつち）を表現（へうげん）し、かねて黒田氏の伎倆如何（ぎりやういかん）を窺（うかが）ふに足るべきものは、則ち前の二面（めん）になくして後の二面にあり、就中（なかんづく）その菊花（きくくわ）を写（うつ）したるものにありとす、＠菊圃は、遠山（ゑんざん）の一角曙光（かくしよくわう）を放（はな）ち、夜はほのぼのと明（あ）け初（そ）めたれども、菊を植（う）ゑたる数歩の圃（はたけ）は、いまだ全く明（あ）け離（はな）れず、朝靄模糊（てうあいもこ）として仄暗（ほのぐら）き中に、数株（すうしゆ）の菊花（きくくわ）光（ひか）るがごとく輝（かがや）きぬ、黒田氏はこれを描（えが）くに極めて粗筆（そひつ）を須（もち）ひ、軽々（けいけい）腕（わん）をふるつて近（ちか）くこれを視（み）れば、乱筆漫塗（らんぴつまんと）殆ど画を成（な）さず、前（さき）に光（ひか）るがごとく見えたる英（はなぶさ）も唯点々色彩（てんてんしきさい）を塗抹（とまつ）したるのみ、しかも数歩を距（さ）りてこれを仰（あふ）げば、秋暁（しうげう）の風色宛（ふうしよくえん）として眼（め）に在り、真（しん）に得易からざるの才（さい）とす、＠由来（ゆらい）新派が外（ほか）に向つて喋々（てふてふ）する写空描光（しやくうびやうくわう）の法は、能（よ）くこの一幅（ふく）の画面（ぐわめん）に表現（へうげん）して遺憾（ゐかん）なきが如し、蓋（けだ）し黒田氏の菊を描（ゑが）くや、必ずしも一茎（けい）一葉（えふ）を明瞭（めいれう）に写さず花弁（くわべん）の一片々々を微細（びさい）に別（わか）たず、その為すところを旧派（きうは）に比（ひ）すれば雲泥（うんでい）の相違（さうゐ）あり、極端（きよくたん）の略筆を須（もち）ひて顧（かへり）みざるは、恰も文人画（ぶんじんぐわ）の画法に類（るゐ）す、則ち黒田氏は写生的植物（しやせいてきしよくぶつ）として写さずして、官能的外象（くわんのうてきぐわいざう）として写したり、物（もの）の當（まさ）に有るべき形（かたち）を描かずして、眼（め）に方（まさ）に映（ゑい）ずる姿（すがた）を描きたり、一定の時間（じかん）に正視（せいし）したる物像（ぶつざう）を写さずして、転瞬（てんしゆん）の間に電（いなづま）の如く映（えい）ずる印象（いんせう）を写したり、而して画面（ぐわめん）を造（つく）る所以の主力（しゆりよく）は、挙（あ）げて明暗（めいあん）の調和（てうわ）を保全（ほぜん）するの一点に帰（き）しぬ、新派が能（よ）く空（くう）を写し又能（よ）く光（くわう）を描くと云へる所以は、誠（まこと）にかゝる画法を取ればなるべし、＠若（も）し人あり、払暁■（ふつけうとぼそ）を開いて前栽（せんざい）の菊圃（きくほ）を見る、倏忽（しつこつ）の間、わが視野（しや）に在るものは當（まさ）にこの画面（ぐわめん）の如くならん、是れその官能（くわんのう）に感得（かんとく）する印象（いんざう）を直に取りて画面に上（のぼ）すを得たればなり、菊圃は蓋（けだ）し新派の約束（やくそく）を踏（ふ）みて好成蹟（かうせいせき）を得たるものと云ふべし、＠菊圃は、無論場中（むろんぢやうちう）第一の出来（でき）なり、之を造（つく）りたる黒田氏の伎倆（ぎりやう）は、優（いう）に白馬会の領袖（りやうしう）たるに足るべし、然れどもこは唯狭（せま）き白馬会の一群（いちぐん）に付て言ふのみ、＠山寺は、その能（よ）しとする所画材（ぐわざい）の組立（くみたて）にあり、故に新派の特色（とくしよく）を表（あら）はすの点に付ては、菊圃に劣（おと）ること遠し、蕭條（しやうでう）たる草庵、障子（しやうじ）に傍ふて経机（きやうづくえ）あり、着古（きふる）したる袈裟（けさ）の天井に懸（か）かるあり、内に枯木（こぼく）の如き老僧（らうそう）、茶（ちや）をや煮（に）るらん火を吹いて満面朱（まんめんあけ）を注（そゝ）ぎぬ、黒田氏は秋の物語の老僧をば、歌（うた）の中山清閑寺（せいかんじ）の某僧（ぼうそう）に得りと聞くされば此画材（このぐわざい）をも清閑寺（せいかんじ）に得たるならん、濁世（だくせい）を厭離（おんんり）して修行（しゆぎやう）に余念なき仏徒（ぶつと）の生涯写（しやうがいうつ）し得て頗る妙（めう）なり、他の晴（は）れ晴れ（ば）れしき画面と相対（あひたい）して、殊におもしろきを覚（おぼ）ゆ、＠小代為重代の皇軍上陸の図は、又なき大作なり、わが軍隊（ぐんたい）の澎湖嶋（はうこたう）に上陸して、初めて列（れつ）を正したる状（さま）を写しぬ、或る評者（ひやうじや）の云へる如く、人物の配合全体（はいがふぜんたい）の位置（ゐち）総て宜し、骨（ほね）を折（お）りたる点に至つては更（さら）に大に宜し、見答（みこたへ）ある作なり、これに次（つゞ）いては蝦夷菊を写したるものを善（よ）しとす、＠之を要（よう）するに白馬会は新店（しんみせ）なり、短（たん）日月の間に斯くまで品物（しなもの）を並（なら）べたるは、その労（らう）大なりとす、然れども新店なるが故に、未だ煮切（にえき）らざるもの少からず、その真面目（しんめんもく）は次回を待（ま）つて見るべし、＠白馬会の旧派（きやうは）の間に立つて、新画風（しんぐわふう）を伝へたるは、恰も如拙周文等の気韻画（きゐんぐわ）が、宮廷画（きうていぐわ）の後を承（う）けて出でたるが如し、洋画の一新時期（しんじき）と見るも大差（たいさ）なからん、
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