| 秋半（あきなか）ばにて、自然（しぜん）の風物（ふうぶつ）も静寂（せいせき）になり、人（ひと）の心（こゝろ）も平穏（へいをん）になつて、何（なん）となうしんみりした絵画（かいぐわ）でも観（み）たくなる。思（おも）ふに展覧会（てんらんくわい）ハ春期（しゆんき）に催（もよほ）すべき者（もの）でハなくて、凡（すべ）て秋季（しうき）にするがよからう。この秋（あき）ハ戦争（せんそう）の影響（えいきやう）を受（う）けて、例年（れいねん）に比（ひ）して会（くわい）の数（すう）も甚（はなは）だ少（すくな）く、名作（めいさく）の出（で）さうな風（ふう）もなく、先（ま）づ白馬会位（はくばくわいぐらゐ）が多少（たせう）でも注目（ちうもく）を値（あたひ）するので、兎（と）に角我々（かくわれわれ）の目（め）に目新（めあたら）しい丈（だけ）でも陳腐（ちんぷ）な画題（ぐわだい）を型（かた）によつて描（ゑが）く日本画（にほんぐわ）よりハ観（み）て気持（きもち）がよい。しかし美術品（びじゆつひん）としてハ尚甚（なほはなは）だ幼稚（えうち）であつて、前途（ぜんと）ハ極（きは）めて遼遠（れうゑん）である。＠場中（ぢやうちう）の評判物（ひやうばんもの）ハ和田英作氏（わだえいさくし）の「お七吉（きち）三」で、最（もつと）も苦心（くしん）もしたさうだ、洋画家（やうぐわか）が歴史上或（れきしじやうあるひ）ハ小説上（せうせつじやう）の人物（じんぶつ）を描（ゑが）くのハ珍（めづ）らしいことで、一進歩（しんぽ）と見（み）てよいが、この製作（せいさく）ハ未（いま）だ称賛（しようさん）するに足（た）るとハ云（い）ひかねる。これでハ只今日（たゞこんにち）の女（をんな）に元禄式（げんろくしき）の衣服（いふく）を着（き）せたるに止（とゞ）まつて、お七と名（なづ）くる女（をんな）、即（すなは）ち邪気（じやき）のない恋（こひ）に酔（よ）へる一少女（せうぢよ）といふ面影（おもかげ）もない、況（いは）んや元禄（げんろく）の女（をんな）といふ特徴（とくちよう）の見（み）られやうがない、元々明治（もともとめいぢ）の女（をんな）をモデルにしたので、其（そ）のモデルハお七のやうな純潔（じゆんけつ）な恋（こひ）など解（かい）し得（う）べくもないのだから、顔面（がんめん）が題目（だいもく）に適（てき）しないのも止（や）むを得（え）ないことであらうが、吾人素人（ごじんしろうと）の考（かんが）へでハ、歴史的小説的人物（れきしてきせうせつてきじんぶつ）を描（ゑが）くにハ、モデルなどに拘泥（こうでい）するやうでハ真（しん）の傑作（けつさく）ハ出来（でき）まいと思（おも）はれる。洋画家口癖（やうぐわかくちぐせ）の写実々々（しやじつしやじつ）といつて、モデルの模倣（もはう）のみを絵画（くわいぐわ）の本領（ほんりやう）とするのなら、てんで歴史画（れきしぐわ）などハ画（ゑが）けぬ道理（だうり）だ。この画中（ぐわちう）の男女（だんぢよ）がお七や吉（きち）三とハ顔面（がんめん）も異（ことな）れバ、情操（じやうさう）も境遇（きやうぐう）も同（おな）じくハないのだから、それを捕（とら）へて、其（その）ままに写生（しやせい）して、八百屋（やをや）お七にならう筈（はず）がない。和田氏（わだし）ハお七吉（きち）三の恋（こひ）を描（ゑが）き出（だ）さんとするに當（あた）り、先（ま）づ何（なに）をねらつたのであらう。若（も）し頭髪（とうはつ）とか衣服（いふく）とかを元禄風（げんろくふう）にすれバ足（た）ると思（おも）つたのなら、浅見（せんけん）の至（いた）りである。兎（と）に角去年（かくきよねん）の同会出品（どうくわいしゆつぴん）の「思郷（しきやう）」に比（くら）べると色彩（しきさい）も表情（へうじやう）も遥（はる）かに劣（おと）つてゐるが、小説中（せうせつちう）の人物（じんぶつ）を撰（えら）び、一種（しゆ）の情緒（じやうちよ）を描（ゑが）かんとする勇気（ゆうき）だけハエライ。＠藤島武（ふぢしまたけ）二氏（し）の婦人（ふじん）の半身画（はんしんぐわ）ハ少（すこ）しも面白（おもしろ）くないと評（ひやう）した人（ひと）があつたが、予（よ）ハ甚（はなは）だ快（こころよ）く見（み）た。サツパリとして忌味（いやみ）がなくてよい。中沢弘光氏（なかざはひろみつし）の漁夫（れふゝ）も苦心（くしん）の作（さく）らしく、筋肉（きんにく）も巧（たくみ）に出来（でき）てゐるが海（うみ）が甚（はなは）だ粗末（そまつ）である。小林鐘吉氏（こばやししやうきちし）の海（うみ）ハ絵具（ゑのぐ）を凸（たか）くポツポツと浮（うか）べて、画面（ぐわめん）が醜（みにく）い。外（ほか）にもこんな種類（しゆるゐ）が多（おほ）いが、かうなると油絵（あぶらゑ）もいやになる。黒田岡田（くろだをかだ）の諸先生（しよせんせい）のも去年（きよねん）の出品（しゆつぴん）に比（ひ）して数（かず）も少（すくな）く、出来（でき）も悪（わる）い。＠特別室（とくべつしつ）でハ青木繁氏（あをきはんし）の鯖漁（さばれふ）が草稿（さうかう）のまゝだが、着想筆致群（しやくさうひつちぐん）を抜（ぬ）いてゐるのみで、裸体画（らたいぐわ）に注意（ちうい）すべきものもない。白耳義人（べるぎーじん）ウイツトマンとやらの真筆（しんぴつ）も数種陳列（すうしゆちんれつ）されてあつたが、これを無上（むじやう）に傑作（けつさく）だと難有（ありがた）がる日本画家（にほんぐわか）の気（き）が知（し）れぬ。美術眼（びじゆつがん）のない者（もの）ハ我々門外漢（われわれもんぐわいかん）のみでハなく、専門家（せんもんか）の目（め）も當（あて）にハならぬ。 |
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