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白馬会関係新聞記事 第9回白馬会展

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白馬会画評(はくばくわいぐわひやう)(二)
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| 四絃 | 都新聞 | 1904(明治37)/11/10 | 5頁 | 展評 |
第(だい)二室(しつ)、榎本彦(えのもとげんし)の小品(せうひん)の中(うち)、月見草(つきみぐさ)などハ佳(よ)い方(はう)である。然(しか)し色(いろ)を落(おと)し過(す)ぎてゐるのと筆力(ひつりよく)が無(な)いのハ欠点(けつてん)だ。@和田(わだ)三造氏(ざうし)の為朝百合(ためともゆり)(三十六)ハ描(か)きこなしから色(いろ)など凡(すべ)て好(よ)く馴(な)れてはゐるが葉(は)の色(いろ)が少(すこ)し弱過(よはす)ぎる様(やう)で有(あ)る。「暮(くれ)の務(つと)め」ハ場中有数(ぢやうちういうすう)の大作(たいさく)の方(はう)で有(あ)るが全体(ぜんたい)が黒(くろ)ずんだ色(いろ)が多(おほ)くて目(め)に立(た)つ様(やう)だ。牛(うし)の色(いろ)なども面白(をもしろ)く人物(じんぶつ)の形(かたち)なども好(よ)いが、踞(きよ)してゐる老人(らうじん)と牛(うし)との権衡(けんかう)ハ如何(いかゞ)であらう。然(しか)し年少気鋭(ねんせうきえい)の士(し)が僅(わづ)かに美術学校(びじゆつがくかう)を出(で)たばかりで、之丈(これだけ)の作(さく)を之丈達者(これだけたつしや)に描(か)きこなして居(ゐる)のハ偉(い)とす可(べ)き者(もの)で有(あ)らうと思(おも)ふ。@次(つぎ)に有(あ)る「三原山(みはらやま)」の方(はう)ハ空(そら)の色(いろ)が非常(ひじやう)な欠点(けつてん)で裾野(すその)の辺(へん)ハ技巧(ぎこう)が好(よ)く顕(あら)はれてゐる。@大久保梅子氏(おほくぼうめこし)の静物(せいぶつ)と竹林(ちくりん)とハ近頃珍(ちかごろめづ)らしい物(もの)だが、之(これ)ハ竹林(ちくりん)の方(はう)ハ寧(むし)ろ出品(しゆつぴん)しない方(はう)が好(よ)かつたらうと思(おも)ふ。静物(せいぶつ)を描(ゑが)いた人(ひと)の腕(うで)としてハ風景(ふうけい)の空(そら)と草屋根(くさやね)とハ全(まつた)く見劣(みをとり)がする。@熊谷守(くまがひもり)一氏(し)の自画像(じがざう)ハ場中(ぢやうちう)の白眉(はくび)で有(あ)る。成程他(なるほどた)にハ人(ひと)の目(め)に触(ふ)れ易(やす)い物(もの)ハ有(あ)るが、其等(それら)ハ只世人(たゞせじん)の目(め)を惹(ひ)き付(つ)けると云(い)ふに止(とゞま)つて、此(こ)の画(ゑ)の様(やう)に真面目(まじめ)に画(ゑ)を描(ゑが)かうと思(おも)つて描(ゑが)いた画(ゑ)ハ少(すく)なく又此(またこ)れ丈成巧(だけせいこう)してゐるのハ場中(ぢやうちう)に極(きは)めて少(すく)ない。@成程(なるほど)、処々(しよしよ)の新聞雑誌(しんぶんさつし)に賞讃(しようさん)されてゐる青木繁氏(あほきしげるし)の「海(うみ)の幸(さち)」ハ面白(おもしろ)いものに相違(さうゐ)なく、彼(あ)の位(くらゐ)に描(か)く技倆(ぎりやう)ハ確(たしか)に注意(ちうい)するに足(た)るもので有(あ)るが「海(うみ)の幸(さち)」ハ決(けつ)して完全(くわんぜん)してゐる画(ゑ)でハ無(な)い。何人(なにびと)が見(み)ても未成品(みせいひん)と断定(だんてい)するもので有(あ)る。勿論未成品(もちろんみせいひん)だから画(ゑ)が拙(まづ)いと云(い)ふ理由(わけ)ハ無(な)いが、青木氏(あほきし)の技倆(ぎりやう)ハ完全(くわんぜん)した画(ゑ)を出(だ)してから初(はじ)めて実際(じつさい)の技倆(ぎりやう)ハ顕(あら)はれるので「海(うみ)の幸(さち)」を以(もつ)て未(いま)だ俄(にはか)に青木氏(あほきし)の真価(しんか)を確(たしか)める訳(わけ)にハ行(ゆ)かぬと同(おな)じく他(た)に之(こ)れ位完成(ぐらゐくわんせい)した画(ゑ)を出品(しゆつぴん)した熊谷氏(くまがひし)に対(たい)して世人(せじん)が余(あま)り注意(ちうい)しないのハ、随分不思議(ずゐぶんふしぎ)な事(こと)と云(い)はねばならぬ。即(すなは)ち一ハ文士又(ぶんしまた)ハ好事(かうず)の士(し)の好奇心(かうきしん)に投(とう)ずる画(ゑ)で有(あ)るし、一ハ何人(なにびと)も目(め)を惹(ひ)く事(こと)が少(すく)ない肖像画(せうざうぐわ)で有(あ)るから、世評(せひやう)に上(のぼ)らないのも或(あるひ)ハ道理(だうり)で有(あ)るかも知(し)れぬ。@小林鍾吉氏(こばやししようきちし)の「雨後(うご)」ハ和田(わだ)三造氏(ざうし)のと相対(あひたい)した大作(たいさく)で有(あ)る。雨後(うご)の光線(くわうせん)を顕(あら)はさうとした苦心(くしん)の跡(あと)ハ明(あきらか)で有(あ)るが、空(そら)に出(で)てゐる樹木(じゆもく)の色(いろ)が空(そら)の色(いろ)との調和(てうわ)を欠(か)いてゐるのと舟(ふね)の色(いろ)の黒(くろ)ずんでゐるのが欠点(けつてん)だ。@小品(せうひん)にハ「曇(くもり)の海(うみ)」と「夕陽(ゆふやけ)の海(うみ)」ハ洒々(しやしや)たる筆(ふで)の中(うち)に感(かん)じが好(よ)く顕(あらは)れてゐる。「風(かぜ)の海(うみ)」ハ度(ど)ぎつい色(いろ)が多(おほ)く最(もつと)も拙(つた)ない方(はう)だ。

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