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白馬会関係新聞記事 第5回白馬会展

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白馬会瞥見(はくばくわいべつけん)
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| 香夢生 | 二六新報 | 1900/10/22 | 1頁 | 展評 |
此程白馬会展覧会(このほどはくばくわいてんらんくわい)を両(りやう)三度窺(どのぞ)いて、思(おもひ)ついた事(こと)を少(すこ)し許書(ばかりか)いて見(み)ることとなツた、蟷螂(たうらう)の斧(おの)を揮(ふるつ)て龍車(りうしや)に向(むかふ)の譏(そしり)は免(まぬが)るまいが、正直(しやうじき)な用捨(ようしや)ない素人(しらうと)の評(ひやう)(?)は、ナカナカ情実(じやうじつ)ある諛言多(ゆげんおほ)い黒人(くらうと)の評(ひやう)(!)に勝(まさ)ることあるを生(せい)は堅(かた)く信(しん)ずる、老婆能(らうばよ)く白居易(はくきよい)の詩(し)を評(ひやう)し、田夫能(でんぷよ)く応挙(おうきよ)の画(ゑ)を誹(そし)るを得(え)ば生(せい)に於(おい)て何(なに)かあらむだ、白馬会一口評(はくばくわいひとくちひやう)と同様(どうやう)に愛読(あいどく)の栄(えい)を賜(たま)はらば幸甚(かうじん)@△高木誠一氏の「ひなた」 椽先(えんさき)の便所(べんじよ)と鉢前(はちまへ)とに日(ひ)の當(あた)ツてるツマラヌ処(ところ)を画(か)いたのだが、真面目(まじめ)に手際(てぎは)よく出来(でき)て居(ゐ)る、光線(くわうせん)の植込(うゑこみ)や戸(と)に當(あた)ツて居(ゐ)る工合(ぐあひ)などは十分(ぶん)に能(よ)く現(あらは)れて居(ゐ)る、通例(つうれい)、大作(たいさく)にのみ手(て)を付(つ)けたがるのに、独(ひと)り氏(し)が斯(かゝ)るツマラヌ処迄(ところまで)も、誠実(せいじつ)に研究(けんきう)して見(み)やうとしたのは感心(かんしん)なことである、△塩見競氏の「渓流」 俗塵(ぞくぢん)を離(はな)れた山間(さんかん)に、たゞ一つ建(た)てる茅舎(わらや)の傍(そば)の痩岩■石(さうがん■■せき)の間(あひだ)を小川(おがは)が潺々(せんせん)として流(なが)れて夏(なつ)を世外(よそ)の趣(おもむき)が遺憾(ゐかん)なく現(あら)はされて、さながら渓流(けいりう)に臨(のぞ)める心持(こゝろもち)がする、又色彩(またしきさい)には一種(しゆ)の面白味(おもしろみ)がある前途多望(ぜんとたぼう)と言(い)ふべしだ@△田中寅造氏の「山村(さんそん)の夕暮(ゆふぐれ)」 暮色蒼然(ぼしよくさうぜん)として山(やま)と家(いへ)とを覆(おほ)ひし工合(ぐあひ)は能(よ)く画(か)かれて暮方(くれがた)の景色(けしき)が申分(まをしぶん)なく説明(せつめい)せられてあるが屋後(をくご)の畑(はた)を無造作(むざうさ)に画(か)かれたのは感心出来(かんしんでき)ない△出口清三郎氏の「花売」 面白(おもしろ)い題目(だいもく)を撰(えら)ばれた、花(はな)には申分(まをしぶん)がないが花売(はなうり)の姿勢(しせい)が一体(たい)に悪(わる)く、足(あし)や手(て)の工合(ぐあひ)は殊(こと)にマヅイ、これは下絵(したえ)の不確(ふたしか)な為(ため)である、其(それ)から松と女との隔(へだた)りがなく、為(ため)に松(まつ)が女(をんな)の後(うしろ)にある書割(かきわり)のやうに見(み)えて可笑(をかし)い、又庇下(またひさしした)の花売(はなうり)や花(はな)に影(かげ)が差(さ)して居(ゐ)るのに、窓(まど)の内(うち)の女(をんな)の顔(かほ)から室内(しつない)に迄差(までさ)して居(を)らぬのは理(り)に合(あ)はぬ、影(かげ)を室内(しつない)に迄及(までおよ)ぼして庭(には)に光線(くわうせん)を取(と)ツたら、室内(しつない)と庭(には)との区別(くべつ)がつき、背景(はいけい)の説明(せつめい)が十分(ぶん)に出来(でき)るだらう

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