| 去（さ）る廿九年創立以来我国洋風画会（ねんそうりついらいわがくにやうふうぐわかい）に新運動（しんうんどう）を起（おこ）し、幾多（いくた）の貢献（こうけん）をなした白馬会（はくばくわい）は八日総会（そうくわい）を開（ひら）いた結果満場（けつくわまんじやう）一致（ち）を以（もつ）て解散（かいさん）する事（こと）に決（けつ）した、正式（せいしき）の解散式（かいさんしき）はやがて桜花爛漫（おうくわらんまん）たる四月（ぐわつ）を期（き）して挙（あ）げられるさうだ、創立者（さうりつしや）の一人岩村透男（にんいはむらとはるだん）の解散（かいさん）に関（かん）する談話（だんわ）を掲（かゝ）げる＠其一 男爵 岩村 透＠私（わたし）は白馬会創立者（はくばくわいそうりつしや）の一人（にん）であるけれども既（すで）に十年程前（ねんほどまへ）に退（しりぞ）いたのであるから唯局外者（たゞきよくゞわいしや）としての感想（かんそう）を述（の）べるに過（す）ぎない。白馬会創立當時（はくばくわいさうりつたうじ）の日本洋画界（にほんやうぐわくわい）は固（もと）より一般美術界（ぱんびじゆつかい）の形勢（けいせい）は今日（こんにち）の状態（じやうたい）とは遥（はる）かに異（ことな）つてゐた。新帰朝（しんきてう）の画家（ぐわか）が當時（たうじ）の状態（じやうたい）を慊（あきた）らなく思（おも）ひ何等（なんら）かの新運動（しんうんどう）を起（おこ）さんと同志（どうし）の者協議団結（ものけふぎだんけつ）した之（こ）れが創立（さうりつ）の直接原因（ちよくせつげんいん）である。然（しか）し當時（たうじ）の美術界（びじゆつかい）に対（たい）する不満足（ふまんぞく）と見（み）るのは非常（ひじやう）に狭（せま）い解釈（かいしやく）で其（そ）の実（じつ）は明治美術界引（めいじびじゆつかいひ）いては社会全体（しやくわいぜんたい）の有様（ありさま）に不満足（ふまんぞく）で有（あつ）たのだ。今日（こんにち）では美術（びじゆつ）が非常（ひじやう）に社会（しやくわい）一般（ぱん）から重（おもん）ぜられ新聞雑誌上美術（しんぶんざつしゞやうびじゆつ）に関（くわん）する記事（きじ）を見（み）ない事（こと）はない位（くらゐ）であるが、創立當時（さうりつたうじ）の状態（じやうたい）は実（じつ）にみぢめなもので新聞雑誌（しんぶんざつし）に其等（それら）の記事（きじ）の現（あらは）れる事（こと）は極（きはめ）て稀（まれ）であつた。當時（たうじ）の新帰朝者（しんきてうしや）は西洋（せいやう）の生活（せいくわつ）と美術（びじゆつ）の親（したし）い関係（くわんけい）を直接眼（ちよくせつめ）にしてきたのであるから我国（わがくに）に於（おい）ても如何（どう）かして美術（びじゆつ）を重要視（ぢうえうし）させたい、生活問題（せいくわつもんだい）の上（うへ）に重（おも）く見（み）させたいと言（い）ふ望（のぞみ）を抱（いだい）たと云（い）ふ切（せつ）な要求（えうきう）に駆（か）られたのだ、洋画（やうぐわ）の真面目（まじめ）な研究（けんきう）と當時存在（たうじそんざい）した団体事業（だんたいじげふ）の仕方（しかた）、言（い）はゞ展覧会（てんらんくわい）に対（たい）する不満足（ふまんぞく）も原因（げんいん）であつたに相違（そうゐ）ない、當時（たうじ）の展覧会（てんらんくわい）と云（い）へば極（きは）めて不整頓（ふせいとん）なものであつたが陳列法（ちんれつはふ）を改善（かいぜん）したり仏国（ふつこく）あたりの展覧会（てんらんくわい）にあるが如（ごと）き目録（もくろく）を作（つく）つたり、従来（じうらい）の勧工場風（くわんこうばふう）の陳列（ちんれつ）を改（あらた）めて美術品（びじゆつひん）を楽（たの）しむ場所（ばしよ）として設計（せつけい）しやうとする企（くはだ）て等（とう）は我国（わがくに）では白馬会（はくばくわい）が先鞭（せんべん）をつけた事業（じげふ）である。＠十五年以前（ねんいぜん）には斯（か）かる有様（ありさま）であつたのが其後漸々発展（そのごぜんぜんはつてん）して種々（しゆじゆ）の美術団体（びじゆつだんたい）も増（ま）して来（く）るに四年前（ねんぜん）からは政府（せいふ）の事業（じげふ）として美術展覧会（びじゆつてんらんくわい）が催（もよふ）されると云（い）ふ状態（じやうたい）になり、従（したが）つて社会（しやくわい）よりは重視（ぢうし）され日々（にちにち）の問題（もんだい）となるに至（いた）つたのは独（ひと）り白馬会（はくばくわい）のみの力（ちから）でなく一般（ぱん）の進歩（しんぽ）の致（いた）す所（ところ）であるが公平（こうへい）な眼（め）で見（み）れば確（たしか）に白馬会（はくばくわい）が全体（ぜんたい）の運動（うんどう）に寄与（きよ）する所（ところ）の少（すくなく）なかつたと云（い）ふ事（こと）は断言（だんげん）して憚（はゞか）らない。＠斯（か）く今日（こんにち）の洋画界（やうぐわくわい）、のみならず全体（ぜんたい）の美術界（びじゆつかい）の有様（ありさま）が創立當時（さうりつたうじ）の事情（じゞやう）と異（ことな）り、當時（たふじ）の人々（ひとびと）が理想（りさう）としてゐた所（ところ）は多（おほ）くの点（てん）に於（おい）て成就（じやうじゆ）し、一段落着（だんらくつ）いたと言（い）ふ形（かたち）で之（これ）からは技術（ぎじゆつ）の研究（けんきう）、制作（せいさく）と云（い）ふ事（こと）が益々個人的（ますますこじんてき）ならざるを得（え）ないと同時（どうじ）に区々（くゝ）たる當派（たうは）の団結（だんけつ）を旨（むね）とせず大局面（たいきよくめん）から打算（ださん）して運動（うんどう）せねばならぬと云（い）ふ時代（じだい）になつてゐる、斯（かゝ）る点（てん）に於（おい）て白馬会（はくばくわい）の人々（ひとびと）が時勢（じせい）を洞観（どうくわん）し解散（かいさん）と決（けつ）したのは非常（ひじやう）に時（とき）を得（え）た事（こと）であり結構（けつこう）な事（こと）であると思（おも）ふ兎（と）も角白馬会（かくはくばくわい）の事業（じげふ）は熟（じゆく）して落（お）ちる時（とき）が来（き）たのだ、目的（もくてき）は殆（ほと）んど貫徹（くわんてつ）せられたのだ、勿論白馬会（もちろんはくばくわい）が當時（たうじ）の状態（じやうたい）に不満足（ふまんぞく）で起（た）つたのであるのだが亦（ま）た今日（こんにち）の美術界（びじゆつかい）に不満足（ふまんぞく）であるならばやがて又新（またあたら）しい団体（だんたい）が生（しやう）じて来（く）る事（こと）は疑（うたが）はれない。＠其二 満谷国四郎 白馬会解散（はくばくわいかいさん）の事（こと）に就（つ）き昨夜太平洋画会（さくやたいへいやうぐわくわい）の満谷国（みつやくに）四郎氏（らうし）を日暮里（につぽり）の寓（ぐう）に訪（と）ふて感想（かんさう）を聞（き）く。雨静（あめしづ）かなる階上（かいじやう）に氏（し）は徐（おもむ）ろに語（かた）る。＠ヤア白馬会（はくばくわい）の解散（かいさん）の事（こと）ですか、突然（とつぜん）でまだ何（なん）ともお話（はなし）は出来（でき）ませんね、実（じつ）は只今忙（たゞいまいそが）しい仕事（しごと）をして帰（かへ）つたばかりですから…それに今朝一寸新聞（けさちよつとしんぶん）を見（み）て知（し）つた位（くらゐ）のもので之（こ）れから如何（どう）なるか幹部（かんぶ）の方々（かたがた）の考（かんが）へが那辺（なへん）にあるか其（それ）も判（わか）りませんけれども僕（ぼく）一個人（こじん）の考（かんが）へとしては今迄（いまゝで）の様（やう）に技倆（ぎりやう）の競争（きやうさう）は団体（だんたい）として続（つゞ）けて見（み）たいと思（おも）ひます。恐（おそ）らく私共（わたくしども）の太平洋画会（たいへいやうぐわくわい）の人々（ひとびと）は白馬会（はくばくわい）の解散（かいさん）などゝ云（い）ふ事（こと）は少（すこ）しも念頭（ねんとう）に置（おい）てゐなかつたらうと思（おも）ふ。殊（こと）に若（わか）い人々（ひとびと）の胸（むね）には太平洋画会（たいへいやうぐわくわい）にしろ白馬会（はくばくわい）にしろ研（みが）き上（あ）げた腕（うで）の競争（きやうさう）を楽（たの）しみにして知（し）らず知（し）らずの内（うち）に向上（かうじやう）して行（ゆ）く人（ひと）もあつたらうと思（おも）ふ此点（このてん）に於（おい）て白馬会解散（はくばくわいかいさん）の事（こと）は誠（まこと）に遺憾（ゐかん）と感（かん）ずるのである。尤（もつと）も今後（こんご）に於（おい）て白馬会（はくばくわい）と太平洋画会（たいへいやうぐわくわい）とが大合同（だいがふどう）でもして我（わ）が洋画界（やうぐわかい）の為（ため）に向上（かうじやう）して行（ゆ）くと云（い）ふ事（こと）になるのならば其（そ）れは大問題（だいもんだい）ですが兎（と）に角僕（かくぼく）は未（ま）だ解散（かいさん）と云（い）ふ事（こと）を新聞紙（しんぶんし）で見（み）ただけで別（べつ）に之（こ）れと云（い）つて感想（かんさう）も纏（まとま）つてゐません。 |
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