| △翠色深（りよくしよくふか）き上野竹（うへのたけ）の台（だい）に白馬会展覧会（はくばくわいてんらんくわい）を観（み）た、開会匆々（かいくわいそうそう）なので出品目録（しゆつぴんもくろく）も出来（でき）て居（を）らず、無名（むめい）の人（ひと）の作（さく）がこれか、大家（たいか）の作（さく）があれか、どれがどれやら一向分（かうわか）らない、作家（さくか）の名前（なまへ）や画題（ぐわだい）を見（み）なければ絵（ゑ）の解（わか）らぬ人（ひと）には少々（せうせう）お気（き）の毒（どく）だが、いつそ署名（しよめい）も画題（ぐわだい）もつけづに開会（かいくわい）するのも面白（おもしろ）かろう＠△出品総数（しゆつぴんそうすう）六百五六十だ相（さう）だが、画面（ぐわめん）の大（おほき）いのは数（かぞ）へる程（ほど）しか無（な）く、小幅（せうふく）のもので充（み）ち充（み）ちて居（ゐ）る、宛然勧工場（まるでくわんこうば）だ、絵（ゑ）と絵（ゑ）の間（あひだ）が僅（わづ）かしかないので、どんな名画（めいぐわ）でも此（こん）な処（ところ）に陳（なら）べられてはたまつたものでない、場所（ばしよ）の自由（じゆう）が出来（でき）ぬ爲（た）め、調子（とーん）の軽（かる）い渋（しぶ）い気持（きもち）の宜（い）い絵（ゑ）なぞも、勢（いきほ）ひ強（つよ）いギラギラするものゝ側（そば）へ持（も）つて行（ゆ）く様（やう）な場合（ばあひ）も出来（でき）るのだ、之（こ）れに依（よ）つて見（み）るも完全（くわんぜん）な展覧会場（てんらんくわいぜう）を造（つく）るのは目下（もくか）の急務（きうむ）だと思（おも）ふ。＠△小（ちい）さいものゝ多（おほ）い故（せい）か甚（はなは）だしい悪作（あくさく）は少（すく）なく、概（がい）して歩調（ほてう）が揃（そろ）つて居（ゐ）る、特（とく）に所謂大家（いはゆるたいか）ならぬ人（ひと）の作（さく）に甚（はなは）だ立派（りつぱ）なものが見（み）へる、要（えう）するに此（こ）の二三年間（ねんかん）の洋風画（やうふうぐわ）の進歩（しんぽ）は著（いちゞる）しいもので、自己発揮（じこはつき）と芸術上（げいじゆつぜう）の自覚（じかく）とか云（い）ふ風（ふう）の観念（くわんねん）が、青年画家（せいねんぐわか）の頭（あたま）に湧（わ）いて来（き）たからで、甚（はなは）だ喜（よろこ）ぶべき現象（げんせう）だ、かの徒（いたづ）らに先輩（せんぱい）の鼻息（びそく）を伺（うかゞ）うて絵（ゑ）をかいて居（ゐ）る人（ひと）よりか数等（すうとう）うれしい、三四年（ねん）も故郷（こけう）の絵（ゑ）を見（み）なかつた最新帰朝（さいしんきてう）の先輩（せんぱい）も、此（こ）の成績（せいせき）を見（み）て其（そ）の進歩（しんぽ）の顕著（けんちよ）なるに驚（おどろ）き且（か）つ喜（よろこ）んだ事（こと）と思（おも）ふ＠△が、此（こ）の中（うち）の或（あ）る者（もの）には頗（すこぶ）る見當違（けんたうちが）ひをやつて居（ゐ）るものがある、或（あるひ）は独仏（どくふつ）あたりの漫画雑誌（まんぐわざつし）の挿絵（さしゑ）を真似（まね）たり、思（おも）ひ違（ちが）ひの印象派（いんせうは）らしいものを始（はじ）めたり、文部省展覧会（もんぶせうてんらんくわい）で受賞（じゆせう）したものと同趣味同筆法同構想（どうしゆみどうひつはふどうこうさう）のものを無理（むり）に作（つく）つたりして居（ゐ）るものがある、これ等（ら）は無論研究生（むろんけんきうせい）の作（さく）ではあらふが、これ等諸君（らしよくん）の考（かんがへ）が聞（き）いて見（み）たい、不見識極（ふけんしきゝは）まる話（はなし）だ、此（こ）の人達（ひとたち）は新帰朝者（しんきてうしや）の齎（もた）らした作風（さくふう）の評判（へうばん）がよいと、盲目（めく）らになつて直（たゞ）ちに其筆法（そのひつぱふ）をのみ真似（まね）る、コー云（い）ふのが来（きた）るべき文展（ぶんてん）へ出（で）る事（こと）だろう情無（なさけな）い＠△参考室（さんかうしつ）にはベラスクエスとか、コランとか、泰西古今（たいせいこゝん）の大家（たいか）の肉筆（にくひつ）やコローが掲（かゝ）げられてある、写真版（しやしんばん）でなければ見（み）る事（こと）も出来（でき）ず、憧憬（あこがれ）ぬいて居（を）つた情人（ぜうにん）に接（せつ）して、胸（むね）をとゞろかした人（ひと）も多（おほい事（こと）と思（おも）ふ、毎年同会（まいねんどうくわい）の此（こ）の参考室（さんかうしつ）に出（で）るものは甚（はなは）だ有益（いうえき）なものであるから益々此（ますますこ）の方面（はうめん）に力（ちから）を盡（つく）されん事（こと）を切望（せつばう）するは、自分独（じぶんひとり）の希望（きばう）ではあるまい＠△情緒的（ぜうちよてき）な物語風（ぶつごふう）なものでなければ絵（ゑ）でない様（やう）に思（おも）つて居（ゐ）る一部（ぶ）の人士（じんし）や、写生即（しやせいすなは）ち芸術品（げいじゆつひん）ではない、頭（あたま）がないなぞと知（し）つたかぶりしてケなして居（ゐ）る人達（ひとたち）も、此（こ）の頃（ごろ）の同展覧会（どうてんらんくわい）を見（み）たら始（はじ）めてお眼（め）がさめる事（こと）と思（おも）ふ |
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