| △すべて団体（だんたい）には団体（だんたい）の特色（とくしよく）があるものだが、白馬会（はくばくわい）には殊（こと）に之（これ）が著（いちじる）しいと思（おも）ふ。大体（だいたい）の上（うへ）から言（い）ふと、或（あ）る一種（しゆ）の方式（はうしき）が殊（こと）に色（いろ）の上（うへ）に慣用（くわんよう）されてゐるやうに思（おも）はれる。趣味（しゆみ）の一致（ち）と云（い）つて了（しま）へばそれまでの事（こと）であるが、研究（けんきう）の上（うへ）にも発展（はつてん）の上（うへ）にも之（これ）は少（すくな）からぬ弊害（へいがい）を与（あた）へるものだと信ずる。例（たと）へばミケランジエロが出（で）ると天下靡然（てんかひぜん）として彼（かれ）のゴツゴツした表皮（へうひ）のみを追（お）うてレオナードの所謂胡桃（いはゆるくるみ）を袋（ふくろ）に入（い）れた様（やう）なものが頻（しき）りに持（も）てはやされると云（い）ふ有様（ありさま）で、昔（むかし）も今（いま）も変（かは）らぬことであるが、如何（いか）にも見識（けんしき）の無（な）い話（はな）しである。＠△白馬会（はくばくわい）の総大将（そうたいしやう）とも見（み）るべき黒田清輝氏（し）は今度（こんど）も十数点最（すうてんもつと）もスケツチ的（てき）の小（ちひ）さい物（もの）ばかりであるが、どことなく品（ひん）のよい所（ところ）がある。厳粛（げんしゆく）とか壮美（さうび）とか云（い）ふ方面（はうめん）には欠乏（けつぼふ）してゐるが、優美（いうび）にして洒落（しやらく）な、一口（くち）で云（い）へばイキな処（ところ）に特長（とくちやう）がある。見（み）て心持（こゝろもち）のよい画（ゑ）である。併（しか）し今（いま）の日本（にほん）は此（こ）の方面（はうめん）のみで満足（まんぞく）する事（こと）は出来（でき）まい。何（なに）も時流（じりう）に媚（こ）びて云（い）ふわけではないが、今少（いますこ）しく現代的懊悩（げんだいてきあうなう）の血（ち）の通（かよ）つた作品（さくひん）に接（せつ）し度（た）い。然（しか）るに白馬会（はくばくわい）は此（こ）の要求（えうきう）に対（たい）して殆（ほと）んど全（まつた）く無関係（むくわんけい）である。彼等（かれら）の大部分（だいぶぶん）は此（こ）の黒田氏（くろだし）の短所（たんしよ）とも見（み）るべき薄（うす）い、軽（かる）い、白（しろ）ツぽい、弱々（よわよわ）しい調子（てうし）のみを受（う）け継（つ）いで、其他（そのた）の方面（はうめん）をば全（まつた）く閑却（かんきやく）してゐるやうに思（おも）はれる。＠△総（そう）じて我国（わがくに）の大家先生等（たいかせんせいら）は欧米（おうべい）の人（ひと）に比（くら）べて其（そ）の寿命（じゆみやう）が短（みじか）い。一度大家（どたいか）になるともう真面目（まじめ）な研究（けんきう）などはしなくなつてアーチストとしての価値（かち）はだんだんに落（お）ちて行（ゆ）くやうに思（おも）はれる。殊（こと）に當年（たうねん）の秀才（しうさい）和田英作、岡田三郎助二氏（し）の如（ごと）きは殊（こと）に此感（このかん）が甚（はなはだ）しい。＠△和田君の婦人の肖像の前（まへ）に立（た）つて吾輩（わがはい）はどうしても温（あたゝか）い血（ち）の通（かよ）うた人間（にんげん）とは判断（はんだん）することが出来（でき）なかつた。筆使（ふでつか）ひは流石（さすが）に器用（きよう）であるが、テクニツクの論（ろん）は此処（こゝ）で無用（むよう）と思（おも）ふ。吾輩（わがはい）は先（ま）づ第（だい）一に「人間（にんげん）」を要求（えうきう）する。岡田君の肖像三枚（まい）も之（これ）と殆（ほと）んど同格（どうかく）である。幾（いく）ら贔屓目（ひいきめ）に見（み）ても若（わか）い血（ち）のある生々（いきいき）した女（をんな）とは見（み）えぬ。実在（じつざい）でなくて物（もの）の影（かげ）の様（やう）な感（かん）じである。＠△まだ目録（カタローグ）も出来（でき）てゐなかつたが、確（たし）か柳敬助君の作（さく）と思（おも）はれる二枚（まい）のスタヂーが出（で）てゐた。之（これ）は同会（どうくわい）を通（つう）じて傑出（けつしゆつ）した物（もの）と思（おも）ふ。吾輩（わがはい）の鑑定（かんてい）が違（ちが）はねば、之（これ）は多分紐育（たぶんにうようく）での研究（けんきう）であらうと思（おも）はれる。男（をとこ）の肖像（せうざう）の方（はう）が初期（しよき）だけに忠実（ちうじつ）な行（ゆ）き方（かた）であるが、女（をんな）の方（はう）は余程後（よほどおく）れてロバートヘンライの感化（かんくわ）を受（う）けてると見（み）えて非常（ひじやう）な進境（しんきやう）を示（しめ）してゐる。入場（にふぢやう）して二分間（ふんかん）と吾輩（わがはい）の足（あし）を止（とゞ）めたのは此（この）作品丈（さくひんだけ）である。＠△此頃（このごろ）は人物画（じんぶつぐわ）は面倒（めんだう）なだけに風景画（ふうけいぐわ）の方（はう）に赴（おもむ）く人（ひと）が多（おほ）い傾向（けいかう）がある。それも極（きわ）めてざつとしたスケツチが大部分（だいぶぶん）を占（し）めてゐる。橋本邦助、太田三郎、中沢弘光諸氏（しよし）の如（ごと）きも大（おほ）きい作（さく）よりはスケツチ風（ふう）のものに見（み）るべき点（てん）がある。大（おほ）きい作（さく）は随分（ずゐぶん）まづいのがある。中沢君は頻（しき）りと日光（につくわう）を受（う）けてる処（ところ）を試（こゝろ）みられてゐるが、まだまだ弱（よわ）い。アンリ、マルタンなどの行（ゆ）き方（かた）はどうしてどうしてあんな話（はなし）ではない。＠△最（もつと）も詩的（してき）の行（ゆ）き方（かた）は山本森之助氏（し）である。俗気（ぞくき）のないおもしろいのが多（おほ）い。久（ひさ）しく外国（ぐわいこく）にゐた出口、矢崎両氏（りやうし）の作品（さくひん）が数点（すうてん）あるが、巧拙（こうせつ）は別（べつ）として、向（むか）うでやつて来（き）ただけに目先（めさき）が違（ちが）つてゐる。＠△裸体（らたい）は二枚（まい）しか出（で）てゐない。矢田部氏（し）の半身（はんしん）の女（をんな）などは随分怪（ずゐぶんあや）しいものだ。＠△水彩（すゐさい）では三宅克巳氏（し）のが一番（ばん）いゝ。大（おほ）きいのでは「木下蔭（このしたかげ）」は余（あま）り緑（みどり）が勝（か）ち過（す）ぎてゐる。物（もの）の部分（ぶゞん）を細密（さいみつ）に出（だ）す爲（ため）に大体（だいたい）を傷（きずつ）けてゐる点（てん）が見（み）える。小（ちひ）さい作（さく）で仲々面白（なかなかおもしろ）いのがある。通（つう）じて落付（おちつ）いた心持（こゝろもち）が出（で）てゐる。之（これ）が我輩（わがはい）の感興（かんきよう）を引（ひ）いた。 |
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