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白馬会関係新聞記事 第10回白馬会展

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白馬会(はくばくわい)の紀念会(きねんくわい)
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| 国民新聞 | 1905(明治38)/09/29 | 4頁 | 展評 |
絵葉書展覧会(えはがきてんらんくわい)の済(す)んだ跡直(あとたゞ)ちに白馬会(はくばくわい)の展覧会(てんらんくわい)が開(ひら)かれたり前(まへ)には入口(いりくち)へ大(おほ)きなポストを立(た)て之(これ)を黄(きいろ)く塗(ぬ)り上(あ)げしが今度(こんど)は入口(いりくち)へ冠木門(かぶきもん)を造(つく)り之(これ)を青(あを)く塗(ぬ)り立(た)てたり真逆(まさ)か絵(ゑ)も青(あを)いとの誑(なぞ)にはあるまじけれど何(なん)となく地味(ぢみ)の様(やう)な気(き)がして何時(いつ)もの白馬会(はくばくわい)とは思(おも)はれず出品(しゆつぴん)は新作半分旧作半分(しんさくはんぶんきうさくはんぶん)で此(こ)の旧作(きうさく)は同会(どうくわい)十週年紀念展覧会(しうねんきねんてんらんくわい)と云(い)ふ処(ところ)から会員各自進歩(くわいゐんかくじしんぽ)の跡(あと)を御目(おめ)にかける為(た)め特(こと)に費(ついえ)を擲(なげう)つて一旦人(たんひと)に売(う)り渡(わた)したものまで改(あらた)めて借(か)り集(あつ)めたるものゝ如(ごと)く口(くち)でばかり己(おのれ)はうまくなつたうまくなつたと吹聴(ふうちやう)しても世間(せけん)が左様信(さやうしん)じて呉(く)れぬ故実物(ゆゑじつぶつ)を持(も)ち出(だ)して比較(ひかく)して見(み)せるとの心底(しんそこ)なる可(べ)し新作(しんさく)には小林千古氏(こばやしせんこし)の出品数点(しゆつぴんすてん)あり日本(にほん)の展覧会(てんらんくわい)には初(はじ)めて顔(かほ)を出(だ)したる人(ひと)なれど斯道(しどう)に入(はい)つての履歴(りれき)は頗(すこぶ)る古(ふる)いものにて腕(うで)の確(たしか)な事亦(ことまた)一段(だん)なり黒田(くろだ)さんも久米(くめ)さんも何(いづ)れ愚(おろ)かと云(い)ふではなけれど今度(こんど)の展覧会(てんらんくわい)は何(なん)だか小林氏(こばやしし)一人(にん)の舞台(ぶたい)とも云(い)はま欲(ほ)しき有様(ありさま)にて美術学校(びじゆつがくかう)の若手(わかて)など殆(ほと)んど顔色(かほいろ)なしと申(まをし)ても差支(さしつかへ)なし三宅克己氏(みやけこくきし)の水彩画(すゐさいぐわ)も愈々出(いよいよい)でゝ愈々面白(いよいよおもしろ)く殊(こと)に今度(こんど)のには広重(ひろしげ)あたりが好(この)んで使(つか)つた濃(こ)い藍色(あいいろ)を借(か)りて来(き)て随分変(ずゐぶんかは)つた筆(ふで)を見(み)せたものもあり水絵(すゐさい)に於(おい)ては何様(どう)しても當今此(たうこんこ)の人(ひと)を推(お)さねばならず林忠正氏(はやしちうせいし)が巴里(ぱり)から持(もつ)て帰(かへ)つたコランの『詩(し)』は特別天蓋付(とくべつてんがいつき)の御師匠株程(おししやうかぶほど)あり見(み)れば見(み)る程味(ほどあじ)が出(で)て来(く)るが妙(めう)なり人気役者(じんきやくしや)の和田英作(わだえいさく)さんは不相変(あひかはらず)『衣通姫』などゝ云(い)ふ柔(やさし)い処(ところ)を書(か)いて居(を)れど此(こ)の前(まへ)の『お七吉(きち)三』の様(やう)に筆(ふで)がニヤケては居(をら)ず何方(どう)かと云(い)へば真面目(まじめ)の作(さく)なり小林萬吾氏(こばやしまんごし)の『静御前(しづかごぜん)』も色(いろ)は兎(と)に角落(かくお)ちつきは十分(ぶん)にしてコランの御前立(ごぜんだて)に撰(えらま)れた丈(だ)けのものあり意外(いぐわい)に善(よ)くこなして居(を)るのは和田(わだ)三造(ざう)の『農馬(のううま)』序(じよ)ノ口(くち)に打込(うちこ)まれ乍(なが)ら異彩(いさい)を放(はな)つて居(を)るのは南(みなみ)とか云(い)ふ人(ひと)の風景画(ふうけいぐわ)なり

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