| この日曜（にちえう）を雨（あめ）に閉（とざ）されて、書斎（しよさい）の篭城（ろうじやう）も曲（きよく）の無（な）い話（はなし）と、こゝに白馬会（はくばくわい）を見（み）に出（で）かけた。雨雲（あまぐも）ハ低（ひく）う、少（すこ）し暗（くら）いが、絵（ゑ）を見（み）るにハ丁度（ちやうど）いゝ天気（てんき）で、これがあんまり照（て）り過（す）ぎて、窓（まど）から白（しろ）い光線（くわうせん）がさし込（こ）むと、却（かへつ）て色彩（しきさい）も破壊（はくわい）してしまふので、十分（じうぶん）な観照（くわんせう）ハ覚束（おぼつか）ない。＠入口の門（もん）ハ今普請中（いまふしんちう）で、足場（あしば）がまだ掛（かゝ）つてゐる。今日（こんにち）ハ見物（けんぶつ）が極（きは）めて稀（まれ）で、入場券（にふぢやうけん）の売場（うりば）にハ人（ひと）さへない。中（なか）へ入（はい）つて先（ま）づ異（ちが）つたのハ、今度（こんど）ハ額面（がくめん）ごとに銘（めい）を打（う）つてない、たゞ室隅（しつぐう）に画題（ぐわだい）と筆者（ひつしや）とを表（あら）はした額（がく）が置（お）いてあるのみである。これハ頗（すこぶ）る面白（おもしろ）い方法（はうはふ）で、対観者（たいくわんしや）を高（たか）く買（か）つた仕方（しかた）、随（したがつ）て絵（ゑ）を解（かい）さない者（もの）ハ、何（なん）の画（ゑ）だか分（わか）らない、否（いな）それが画題（ぐわだい）を見（み）て初（はじ）めて分（わか）るやうな人（ひと）ハ、まづ縁（えん）の遠（とほ）い方（はう）である、そういふ人（ひと）にハ見（み）て貰（もら）つても、貰（もら）はないでも同（おな）じことだ。＠一渡（わた）り見（み）たが、一言（けん）すれバこの前（まへ）より寂寥（せきれう）の感（かん）がある、唯門（たゞもん）を出（で）ても記憶（きおく）に存（そん）してゐたのハ、ミレーの収穫（しうくわく）を写（うつ）した絵（ゑ）で、平和（へいわ）な生々（いきいき）な面影（おもかげ）が再現（さいげん）してくる。其隣（そのとな）りのハダイアナか、僕（ぼく）ハ知（し）らないが、ちつとも神々（かうゞう）しい情（じやう）が起（おこ）らない、三日月（みかづき）を手（て）にした具合（ぐあひ）、何（なん）となく無理（むり）で、情（じやう）を誣（し）ゐて描（えが）いたやうだ。お稽古（けいこ）のもあつたが、お師匠（しゝやう）さんのなりが拙（つたな）い、無論（むろん）この女（をんな）ハ黒人（こくじん）でハないが、なんだか女学生上（ぢよがくせいあが）りの、三段論法（だんろんぱう）でも擔（かつ）ぎ出（だ）しさうな人物（じんぶつ）で、苟（いやしく）も撥（ばち）をとつた姉（ねえ）さんと思（おも）はれない。この外（ほか）に新月（しんげつ）の下（もと）、海岸（かいがん）で笛（ふえ）を吹（ふ）いてゐるのがあつたが、全体（ぜんたい）があんまり黒過（くろす）ぎて、月（つき）があんまり際立（きはだ）つて貼（は）り付（つ）けたやうだ。しかしいろいろ面白（おもしろ）い作（さく）や、意匠（いしやう）を凝（こ）らした欧米（おうべい）の広告画（くわうこくぐわ）が例（れい）の如（ごと）くあるから、一目塵外（もくぢんぐわい）の楽（たのしみ）を享（う）けに行（い）つて見給（たま）へ。＠さて次（つぎ）に、序（ついで）といつてハ、会主（くわいしゆ）の熱誠（ねつせい）に対（たい）して済（す）まないが、紫玉会（しぎよくゝわい）へも入（はい）つて見（み）た、秋（あき）の絵（ゑ）が大分（だいぶ）あつたが、十円（えん）と価額（かゝく）をつけたのが、一番秋（ばんあき）らしい感（かん）じがした。こゝにもラフアエルの美人園丁（びじんゑんてい）を真似（まね）た図（づ）があつたが、其拙劣見（そのせつれつみ）るに足（た）りない。＠要（えう）するに白馬会（はくばくわい）も、まだこれつきりでハあるまい、定（さだ）めし傑作（けつさく）が後（あと）から続々出（ぞくぞくで）るのだらう、新聞（しんぶん）などでハ既（すで）に出揃（でそろ）つたとあるが、これハ願（ねが）はくば虚報（きよはう）でありたい。 |
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