| ◎白馬会（はくばくわい）（完）＠△肖像 描（ゑが）かれたるハ伊藤侯（いとうこう）にして、描（ゑが）きし画家（ぐわか）ハ山本芳翠氏（やまもとはうすゐし）なり。氏（し）ハ親（した）しく侯（こう）に昵近（じつきん）せるの人（ひと）、加（くは）ふるに画壇（ぐわだん）の老手（らうしゆ）を以（もつ）てす。其能（そのよ）く真面目（まじめ）に侯（こう）を表象（へうしやう）し得（う）べきハ固（もと）よりいふまでもなし。されどこの肖像（せうざう）ハ侯（こう）としてハ余（あま）りに余所行的（よそゆきてき）なり。余（あま）りに機械的（きかいてき）なり。侯（こう）の肖像（せうざう）を描（ゑが）きて一見看者（けんかんしや）をして眉宇（びう）の間（あひだ）に能（よ）く其侯（そのこう）たるを知（し）るを得（え）せしむるハ、敢（あへ）て芳翠氏（はうすゐし）の老手（らうしゆ）を労（らう）せずとも、普通（ふつう）の看板画工（かんばんぐわこう）も尚能（なほよ）く之（これ）を描（ゑが）き得（う）べし、通（つう）を描（ゑが）くハ難（かた）く奇（き）を描（ゑが）くハ易（やす）し、侯（こう）の肖像（せうざう）として求（もと）むる所（ところ）ハ其余所行的相貌（そのよそゆきてきさうばう）に非（あら）ずして日常生平（にちじやうせいへい）の容貌（ようばう）を描（ゑが）くに在（あ）り。極（きは）めて其自然（そのしぜん）の態度（さま）を描（ゑが）くに在（あ）り。是（こ）れ最（もつと）も難事（なんじ）なるべし。然（しか）れどもこの難事（なんじ）ハ老手芳翠氏（らうしゆはうすゐし）にして初（はじ）めて能（よ）くし得（う）べく、他人（たにん）の企及（きゝふ）する所（ところ）にあらざるべき歟（か）、余輩（よはい）の敢（あへ）て之（これ）をいふもの、蓋（けだ）し芳翠氏（はうすゐし）に待（ま）つあるが為（た）めのみ。＠△海 海（うみ）の画（ぐわ）四幀共（ぢやうとも）に黒田清輝氏（くろだきよてるし）の筆（ふで）なり。黒田氏今回（くろだしこんくわい）の出品（しゆつぴん）ハ何（いづ）れも小幀（せうぢやう）のみ、大作（たいさく）と認（みと）むべきものゝ展列（てんれつ）されざるハ、同会（どうくわい）の領袖（りやうしう）といふ丈（だけ）に、何（なん）となく物足（ものた）らぬ心地（こゝち）せらる。＠今回（こんくわい）の列品中（れつぴんちう）、海（うみ）と題（だい）し、波（なみ）と題（だい）するもの少（すく）なからず、小林萬吾氏（こばやしまんごし）が春の海、海の夕日、波四幀（ぢやう）、柴崎恒信氏（しばさきつねのぶし）が海、出口清（でぐちせい）三郎氏（らうし）が海、丹羽林平氏（にはりんぺいし）が朝の海、中村勝治郎氏（なかむらかつぢらうし）が海二幀（ぢやう）、湯浅（ゆあさ）一郎氏（らうし）が浪二幀（ぢやう）など指折（ゆびを）り来（きた）れバ、此（これ）と類似（るゐじ）の題目数々（だいもくしばしば）あるべけれど、どの海（うみ）もどの波（なみ）も大同小異（だいどうせうい）にて、春（はる）か秋（あき）か、夏（なつ）か冬（ふゆ）か、はた又朝（またあさ）やら夕（ゆふ）やら昼（ひる）やら判然（はんぜん）せざる、到底（つまり）ハ思想（しさう）の至（いた）らず、技巧（ぎかう）の如何（いかん）にもよるべけれど、霊腕（れいわん）一揮何（きなん）とか斯（かゝ）る個景色（こけいしよく）を明（あきら）かに表（あらは）されたきものなり。さなくバ技術家相互（ぎじゆつかさうご）の間（あひだ）に於（おい）てこそ、一見其巧拙（けんそのかうせつ）を批判（ひはん）し得（う）べけれ、素人（しろうと）にハ只其絵（たゞそのゑ）の具（ぐ）の塗抹（とまつ）されたる形（かたち）を無意識（むいしき）に見（み）るのみにて、洵（まこと）に乾燥無味（かんさうむみ）の感（かん）あれバなり。黒田氏（くろだし）の海四幀（ぢやう）の中（うち）、二六六号（がう）ハ如何（いか）にも能（よ）く描（ゑが）き成（な）されたる如（ごと）く見（み）ゆれど、小林萬吾氏（こばやしまんごし）の殊更（ことさら）春の海（うみ）と題（だい）したるに比（くら）べて、たゞの海（うみ）と春の海（うみ）とにハ、其処（そこ）に如何（いか）なる特殊（とくしゆ）の区別（くべつ）の表明（へうめい）されたるべきや、海の如何なる景色に作家の感じて、之を画面に上さむとまで思入りたるかを、明（あきら）かに看者（かんしや）をして会得（ゑとく）せしめざるハ遺憾（ゐかん）の次第（しだい）なり。尤（もつと）も此（こ）ハ啻（たゞ）に如上（によじやう）の題目（だいもく）のみならず、他（た）の風景画（ふうけいぐわ）にもこれと同（どう）一轍（てつ）に出（い）でたるもの、数多（あまた）あることゝ知（し）るべし。＠要（えう）するに今回（こんくわい）の白馬会（はくばくわい）ハ昨年（さくねん）に比（ひ）して確（たしか）に進歩したるハ事実（じじつ）なり。唯昨年（たゞさくねん）の如（ごと）く、裸体画（らたいぐわ）の出陳（しゆつちん）あるも、警察眼（けいさつがん）の進歩（しんぽ）せしによるか、之（これ）に対（たい）して干渉（かんせふ）する所（ところ）なかりし為（た）め、子供（こども）らしき騒（さわ）ぎハなかりしと雖（いへど）も、同会（どうくわい）が非常（ひじやう）の人気（にんき）を以（もつ）て世間（せけん）に歓迎（くわんげい）されつゝあるも事実（じゞつ）なり。そハ同会（どうくわい）が明治廿九年第（ねんだい）一回（くわい）の展覧会（てんらんくわい）を開（ひら）きし以来年々着実（いらいねんねんちやくじつ）の進歩（しんぽ）を示（しめ）し、且（か）つ其画（そのぐわ）の看者（かんしや）に実感（じつかん）を与（あた）ふること大（だい）なるを以（もつ）てなるべし。以上（いじゃう）ハ只其（たゞその）一斑（ぱん）を紹介（せうかい）したるのみ。其全豹（そのぜんべう）ハ之（これ）を現場（げんぢやう）に臨（のぞ）んで看取（くわんしゆ）せよ。（明日より日本美術協会評に入る、仏）
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