|
編輯総長机下（へんしうそうちやうきか）、頃日（けいじつ）上野辺の新流行語（しんりうかうご）に人間萬事白馬会（にんげんばんじはくばくわい）と申（まを）す諺（ことわざ）有之候右（みぎ）は御承知（ごしようち）の如（ごと）く白馬会展覧会（はくばくわいてんらんくわい）は年々収支相償（ねんねんしうしあひつぐな）はざる有様（ありさま）にて本年（ほんねん）も一同心配致（どうしんぱいゝた）し例（れい）の裸美人（らびじん）にて一ト儲（まう）けと存（ぞん）じ居（を）り候所端（そろところはし）なくも警視庁の御目玉（おめだま）に触（ふ）れ腰巻（こしまき）の厄（やく）に罹（かゝ）り一同落膽（どうらくたん）せし間（ま）もなく此事天下（このことてんか）の大評判（だいひやうばん）となり観者堵（くわんしやと）の如（ごと）く裸美人（らびじん）の災難（さいなん）白馬会の幸福（かうふく）となつて世（よ）の禍福吉凶（くわふくきつきよう）は真（しん）に絆（あざ）なへる縄人間萬事塞翁（なわにんげんばんじさいをう）ならぬ白馬会（はくばくわい）と此諺（このことわざ）の新流行（しんりうかう）を来（きた）せし次第（しだい）に有之候（これありそろ）＠裸美人（らびじん）の公示（こうし）に関（くわん）しては小生別（せうせいべつ）に意見有之且（いけんこれありか）つ美術家（びじゆつか）とモデルの関係（くわんけい）に就（つ）き謂（い）ふ可（べか）らざる弊害（へいがい）あるを知（し）るものに有之候へども既（すで）に裸美人（らびじん）を出品（しゆつぴん）せしむる以上（いじやう）は何故（なにゆゑ）に是（これ）に腰巻（こしまき）せしむるが如（ごと）き姑息（こそく）の処置（しよち）を執（と）りしや殆（ほと）んど解（かい）す可（べか）らざる義（ぎ）に候＠是（これ）が為（た）め白馬会の観覧者（くわんらんしや）は恰（あたか）も蟻（あり）の甘（あま）きに就（つ）くが如（ごと）く皆此裸美人（みなこのらびじん）の下（もと）に集（あつま）り口々（くちぐち）に云（い）ひ罵（のゝし）る所（ところ）を聴（き）けば『イヤ是（これ）では少（すこ）しも情を起（おこ）さない』『ナーニさうぢやないあの腿（もゝ）の辺（あたり）を見玉（みたま）へ』などゝ美術的美醜（びじゆつてきびしう）の批評（ひゝやう）は公然獣慾的発情如何（こうぜんじうよくてきはつじやういかん）の猥褻論（わいせつろん）となり果（はて）は甲乙（たれかれ）ステツキを延（の）ばし欄（てすり）を越（こ）え公然腰巻（こうぜんこしまき）を引卸（ひきおろ）し透（すか）し見（み）る程（ほど）に午前（ごぜん）の腰巻胸（こしまきむね）に及（およ）べるもの午後特（ごごこと）に日没（にちぼつ）には腰巻緩（こしまきゆる）んで殆（ほと）んど間（かん）一髪（ぱつ）の有様（ありさま）に有之候（これありそろ）＠風俗（ふうぞく）を取締（とりしま）るの警視庁、一視同仁（しどうじん）なる警視総監は宜（よろ）しく午前の縦覧者（じうらんしや）と午後の縦覧者（じうらんしや）を区別（くべつ）して一は胸部以下（きようぶいか）を見（み）せしめず他（た）は殆（ほと）んど間（かん）一髪（ぱつ）の要所迄（えうしよまで）を熟覧（じゆくらん）せしむるの不公平（ふこうへい）ある可（べか）らず況（いは）んや裸美人（らびじん）の直前（すぐまへ）に喧々囂々発情賛否論（けんけんごうごうはつじやうさんぴろん）を公唱（こうしやう）せしむるに於（おい）てをやに御座候（ござそろ）＠是（こゝ）に於（おい）てか小生（せうせい）は警視庁風俗取締（ふうぞくとりしまり）の趣意（しゆい）を体（たい）し茲（こゝ）に謹（つゝし）んで裸美人（らびじん）の側（がは）に立番（たちばん）の巡査（じゆんさ）を配置（はいち）し彼（か）の腰巻（こしまき）を引卸（ひきおろ）すもの並（ならび）に発情賛否（はつじやうさんぴ）を公論（こうろん）するものを厳重（げんぢう）に取締（とりしま）らん事（こと）を警視総監に建議仕（けんぎつかまつ）り候拝具（そろはいぐ） |
目次 |
戻る 
進む 