| 日長（につちやう）が原（はら）の深翠（しんすゐ）に痩れたる色（いろ）を見（み）ず、清水堂（きよみづどう）の霜葉（えふ）ハ猶浅紅（なほせんこう）をだに染（そ）め出さぬに、不忍池畔旅雁（しのばずちはんりよがん）一羽（ぱ）の声（こゑ）ありて、立田姫（たつたひめ）ハ早（はや）くも盛粧（せいせう）を凝（こ）らせり、第（だい）五号館（がうくわん）に、桜が岡（をか）に。其第（そのだい）五号館（がうくわん）に在（あ）るものを白馬会（はくばくわい）と為（な）し、桜が岡（をか）に在るものを日本美術協会絵画展覧会（にほんびじゆつけふくわいくわいぐわてんらんくわい）とす。前者（ぜんしや）ハ後者（こうしや）より早（はや）きこと五日、後者（こうしや）ハ前者（ぜんしや）より晩きこと五日、各妍（かくけん）を競（きそ）ふて騒客（そうかく）■杖（つえ）を曳（ひ）く■待つ。＠■■本邦固有（■■ほんぽうこいう）の美点線（びてんせん）、一ハ海外新来（かいぐわいしんらい）の粋陰影（すゐいんえい）、其奉（そのほう）ずる処相背馳（ところあひはいち）し、落（お）つれバ同（おな）じ山水人物（さんすゐじんぶつ）、然（しか）も斉（ひと）しき神（かみ）の掌（つかさ）どる処（ところ）なるのみならず、協会（けふくわい）ハ列品（れツぴん）を新造（しんぞう）し、白馬会（はくばくわい）ハ白布（しろぬの）を全館（ぜんくわん）に張（は）る、殆（ほとん）ど其盛挙（そのせいきよ）も相斉（あひひと）し、然（しか）■■も彼（かれ）に優（まさ）る処（ところ）ありて、是（こ）に劣（をと）るところ無（な）からんや。いで！＠満場壁（まんじやうかべ）となく、天井（てんじやう）となく、白布（しろぬの）を以（もつ）て隙（すき）もなく張（は）り詰（つ）め、光線（くわうせん）の為（ため）と、場（じやう）■装飾（さうしよく）を旺（さか）んにし、金蕋青葉（こんずゐあおば）の■椰子（■■やし）一枝を、各出品（かくしゆつぴん）、月桂冠（げつけいかん）となし、出品数（しゆつぴんすう）三百九十余点出品人員（よてんしゆつぴんじんいん）三十有余名（いうよめい）、爰（こゝ）に白馬会（はくばくわい）ハ形造（かたちつく）られたり。＠入場第（にうじやうだい）一に眼（め）に映（えい）ずるを、広瀬勝平の十五図とす中（なか）に漁夫岩上（りようふがんじやう）に立（た）つ、魚篭（うをかご）を脇（わき）にしたる大図（たいづ）あり、次を和田英作の十七図とす、美人物（じんぶつ）を思（おも）ふの大図（たいず）ハ、其中央（そのちうおう）に掲出（けいしゆつ）されたれど、顔■怒（がん■■いか）るが如（ごと）く又驚（またおどろ）くがごとく、憂愁（いうしう）の体那辺（ていなへん）に在つて存（そん）するかを疑（うたが）ふ、恐（おそ）らくハ是物（これもの）を思（おも）ふにあらずして、将（まさ）に発狂（はつきやう）せんとする刹那妙（せつなめう）といふべし。其小図（そのせうづ）の夕照（ゆうせう）に至（いた）つて、即（すなは）ち紫派（むらさきは）の■色（■■しよく）かと思（おも）はるゝ処（ところ）を認（みと）む、次（つぎ）に湯浅一郎を通貨（つうくわ）して、中沢弘光に移（うつ）り、其夕映空（そのゆうばえそら）の野色（やしよく）を図（づ）したるを見（み）て、斑々（はんはん）たる紫点（してん）ハ鳥（とり）の乱飛（らんぴ）するのなるか、木葉の翩々（へんぺん）を写したるなるかを疑（うたが）ひしが遂（つひ）に要領（ようりやう）を得（え）ず、窪田喜作の海浜の図に至（いた）つてハ、寧（むし）ろ憫笑（びんせう）すべし、初め遠（とほ）くより見（み）て盤上（ばんじやう）の林檎（りんご）と思ひしハ、近まさりて漸（ようや）く魚篭（うをかご）四五の、行儀能（よ）く並（なら）びたるなりと会得（えとく）したれど、篭口（かごくち）の宛然林檎の切口（きりくち）に似（に）たるぞ浅猿ましけれ |
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