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白馬会関係新聞記事 第2回白馬会展

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片々
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| 国民新聞 | 1897(明治30)/12/05 | 4頁 | 雑 |
◎今の文壇分析的の批評家あるも総合的の評家なし、片々の書に就て片々に批評するものは多しされど時代を比較し、経過を考量して評するの批評家に至つては甚だ乏し。@◎新進作家中新らしき描写をつとむるものに泉鏡花あり、小杉天外あり、田山花袋あり、小栗風葉あり、以上の四子を仮りに新派として見る時は、柳浪、水蔭、美妙、眉山の諸氏は之を旧派とせむ。@◎新派の諸氏必らずしも好作を出さず、旧派の諸氏必らずしも好作を出さずといふにあらず、或は其の小説家たるの技倆に至つては新派よりは旧派の諸氏の作の場数を多くこなしたるだけに遥か熱煉の所はあるべし、されど描写の法の緻密にして且つ新らしきを求むれば、所詮新派の特技なるべし。@◎新派、一名分析派ともいふべし、瞬間の移り行を細叙し、若しくは微細なる眼前の景象の変化を捕足して描写をつとむるにあり。小説といへば必らず発程ありて帰趣あるべきもの、始めありて必らず終りの纏りつかさるべからざるもの、人間の運命を写さゞるべからざるもの、首尾照応なかるべからざるもの、境遇の変転なかるべからざるもの、叙事、段落に相當の聨絡なかるべからざるものなどいふの側より見れば到底異端たるを免かれざるべし。某批評家の鏡花が近作を評して邪道に陥りたりといひしも故あることなり。@◎遮莫、新派は遂に新派として必らず今後の文壇に頭角を顕はすべく、或は以て一代の風潮を造るに至るやも知るべからず。@往年美妙斎が言文一致の文体を創始して「武蔵野」、「胡蝶」等を出すや、異説は紛々として少なからず世の視聴を聳動せり而かも遂に一代の風潮を作り出しぬ。@◎小説界に於ける旧文体を一掃し慣熟なる描写法を一掃し着意、結構其他陳套なる物料を一切掃排して新たなる機軸を出したるはすでに一と昔となりぬ 當時人目に慣熟せる文体といへば、美人の顔面を形容する中に「芙蓉の眦丹花の朱唇」なる麗ぶんを用ゐ「沈魚落雁、月閉花」などいふ名文を如何なる場所にも襲用して文の調子を作るを専らとされしものゝ、美妙、紅葉諸氏の出づるに随つて、特異の文体を創始し、前の汎人性を変じて多少の個人性を出すと同時に女顔の形容なども頗る細密の叙法に入り、多少科学的の筆を加ゆるに至りしが、それすら今は人目に爛熟して動もすれば陳腐となり見るに堪ゆべからざるに至れり。@◎柳浪の近作、水蔭の近作、眉山の近作、又或る種類よりいへば紅葉の近作なども、其言文一致の点より見るも、立案創意、材料の取り方より見るも流石に方今文運の劈頭に立つて雄視するだけ製作の面目は斬新なり、然れども一点其描写法に至つては決して新らしといふべからずして到底新派の諸氏に一籌を輸せざるを得ざるを憾む。@◎二葉亭四迷の「浮雲」の如き、頗る新たなる描写法を用ゐて當時の文壇に顕はれたるもの、「沈魚落雁」的文辞に慣熟せる當時の読者は殆んど之が消化に苦しみたるほどなりき。加旃新派の描写法に比較すれば今は其の「浮雲」すらも又旧きものとなりぬ。@斯く言へばとて予輩は決して新派諸氏の作の旧派の作に比較しての価値優れたりといふにはあらず、其作として価値に至つては或は遥かに劣等に位するやも知るべからざる事は不敏なる吾輩と雖も又夙に之を認識す、然れども其描写法の一種新たにして且つ細微の点を活写するの一点に至つては実に新派の諸氏に服せざるを得ず、其文章は拙劣、時としては全く法を為さゞる所もあるべし。其の趣向は凡庸、時としては全く小説の体を為さゞる所もあるべし、然れども今の作界に於ける陳々たる麗文の上に一頭地を抽で、斬新なる科学的描写をつとめ、絵画界に於ける紫派が空気、光線の強弱までも併せて写し出さんとするが如く、普通一般の作家が雲煙過眼視する瞬間の形象を描き出さんとする創意に至つては又奇特とするに足るべし。@◎或批評家はいふ、紅葉の文は、牙彫の人形の如く鏡花の文は石膏細工の肖像の如しと、偶々以て新旧二派の作意を味ふに至るべし。@◎読者は白馬会に「稽古」などいふ画の出る時節なりとて予輩が新派作家の描写法を称賛するものなど速了する勿れ、彼れも一時、是れも亦一時なり。麗文三百、美辞三千の今日、新派の描写法聊か異とするに足るべきも五年、七年の後には此の科学的描写法も又た自から陳腐のものとなり了らんこと必せり、然れども一代の風潮を動かし、新たなる好尚を開拓せんと期する作者の任として這般の創意又奇特とするに足るべし。@◎新派は旧派に比して独創多きも文辞は拙なり。怪画の語、不熟の語、人目に奇異なる新語の多くして普通の読書の読んで快味乏しく又其の一般娯楽を主とする小説的の面白味なくして俗受を得がたき、若し之をして小説の欠点といへば、新派の欠点は皆是れなり、而かも是れ新派の特色といふべし。@◎新派の領袖たる鏡花の近作「七本桜」予輩は作家が必ず世の評家に異端視され、邪道視され奇僻に陥りたりと叫ばれはせずやと危むの念なき能はず

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