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非敢建■於芸術境裡＠何試揮■於審美理上＠問。貴社（きしや）の妄語（ばうご）にて承知致（しようちいた）し候。新派（しんぱ）の油画（あぶらゑ）ハ、みなたゞのところをかき候とか。金（きん）ぶちの枠（わく）にて、とこにてものぞき候へバ、みな一々の油画（あぶらゑ）になり候とか。果（は）たして左様（さやう）のものに御座（ござ）候や。＠答。まさか左様（さやう）のものにも有之（これある）
まじく候へども、自然界（しぜんかい）とやら申し候もの中（ちう）より、ここかしこと、作者（さくしや）の撰（えら）みだて致（いた）し候ところハ、おのづから一つの癖有之（くせこれあり）候て、やがて様式（やうしき）とか定型（ぢやうけい）とか申し候ものに陥（おちい）りやすく、その陥（おちい）り候ひしものハ、またやがて厭（あ）きやすく、醍醐（だいご）の上味（じやうみ）もあまり食（た）べ飽（あ）き候へバ、漬物（つけもの）に茶漬（ちやづけ）のかた、却（かへツ）てこのもしく相成（あひな）り、松江（そんかう）の鱸（すゞき）、沖津（おきつ）の鯛（たひ）などの物好（ものこの）みも息（や）み候ことゝ存（ぞん）ぜられ候。さりとて食事（しよくじ）ハ一切茶漬（さいちやづけ）に限（かぎ）るなどゝ思（おも）ひ候ハ、以（も）つての外（ほか）のひがことゝ存（ぞん）じ候。同（おな）じ漬物（つけもの）の中（うち）にても、奈良漬（ならづけ）の瓜（うり）、大坂（おほさか）の千枚蕪（まいかぶ）なども御座（ござ）候間（あひだ）、それ等（ら）の特別（とくべつ）の趣味（しゆみ）を味（あぢわ）ひ分（わ）け候こと、無上（むじやう）なる口舌（こうぜつ）の楽（たの）しみに有之（これある）べく候。何（なん）でもよしたゞのところにてもよしとならバ、舌（した）ハ無用（むよう）のものと相成（あひな）り可申（まをすべく）候。新派（しんぱ）の洋画（やうぐわ）とても、さまで無感覚無趣味（むかんかくむしゆみ）のものにハ可無之（これなかるべく）候。然しながら教相判釈（けうさうはんしやく）の理（り）に飽（あ）き候てハ、智者大師（ちしやだいし）も、唱名念仏（しやうみやうねんぶつ）の外（ほか）なく相成（あひな）り候こと、誠（まこと）に無理（むり）もなきことに御座（ござ）候。＠問。新派（しんぱ）の油画（あぶらゑ）を俗（ぞく）に紫派（むらさきは）と申し候由承（よしうけたまは）り及（およ）び候。こハ何故（なにゆゑ）に御座（ござ）候や。＠答。これハたゞ新派（しんぱ）が好（この）みて紫（むらさき）の絵（え）の具（ぐ）を用（もち）ひ候故（ゆゑ）に御座（ござ）候。その派（は）の画家（ぐわか）にきゝ候へバ、物（もの）の陰（かげ）ハ紫（むらさき）の色（いろ）に見（み）え候との事（こと）に御座（ござ）候。なるほど天気（てんき）よき時（とき）の物（もの）の影（かげ）ハ、紫色（むらさきいろ）に見（み）え候事（こと）も有之（これあり）候へども、何時（いつ）でも紫（むらさき）に見（み）え候とハ如何（いかゞ）のものに御座（ござ）候や。それとも新派（しんぱ）の人（ひと）の目（め）にハ、左様相見（さやうあひみ）え候ことにや疑（うたが）はしく存（ぞん）じ居（を）り候。一幀（てい）の色（いろ）の調子（てうし）と申（もう）し候こと、油画（あぶらゑ）にてハやかましきことに有之（これあり）候へども、自然（しぜん）ハいつも紫調（してう）にハ成（な）り居（を）らずと存（ぞん）じ候に、撰（えら）みだてすることの嫌（きら）ひなる新派（しんぱ）が、特（こと）に色（いろ）の調子（てうし）だけ、紫調（してう）を択（えら）び候こと腑（ふ）におち申さず候。然（しか）しながらこの特徴（とくちよう）すら無（な）くなり候てハ、いよいよ便（たよ）りなきものにも相成（あひなり）候はむか。色（いろ）の調子（てうし）の上（うへ）にてハ、慥（たしか）に新趣向（しんしゆかう）に御座（ござ）候。不立文字（ふりふもんじ）の禅宗（ぜんしう）が、葛藤語（かツとうご）だけハ取（と）り立（た）て候ことにも似（に）たらむか。なほ精（くはし）きこと承（うけたまは）り候上（うへ）にて、重（かさ）ねて御答致（おこたへいた）すべく候。＠問。日本画（にツぽんぐわ）と洋画（やうぐわ）との優劣（いうれつ）につきて、やかましきこと沙汰（さた）しあひ候よし聞及（きゝおよ）び候。果（は）たして優劣の御座（ござ）候ものにや。劣者（れつしや）ハ廃滅に帰（き）すべきものに御座（ござ）候や。その辺御意見承（へんごいけんうけたまは）りたく候。＠答。そハなほ日本料理（にツぽんれうり）と西洋料理（せいやうれうり）とを比（くら）べ候やうなるものに似（に）たることゝ存（ぞん）じ候。うまきものハどちらにても宜（よろ）しき事（こと）と思（おも）はれ候。趣味（しゆみ）の違（ちが）ひ候もの色々有之（いろいろこれあり）候てこそ面白（おもしろ）かるべく候へ。梅（うめ）と桜（さくら）とを較（くら）べ候て、梅（うめ）を劣（おと）れりとするものありとて、梅（うめ）ハなくなり申さず。桜（さくら）を勝（まさ）れりとするものありとて、天下（てんか）みな桜（さくら）にハなり申さゞる儀（ぎ）に候。色（いろ）ハ桜（さくら）、香（にほ）ひハ梅（うめ）、日本料理（にツぽんれうり）の淡泊（たんぱく）なる西洋料理（せいやうれうり）の滋味深（じみふか）さ、何（いづ）れも物（もの）にハそれぞれの特長有之（とくちやうこれあり）、彼（か）の長（ちやう）ハ此（こ）の短（たん）ある代（かは）りに、此（こ）の得ハ彼（か）の失（しつ）なるところも御座（ござ）候。偏見の比較ハ畢竟総体の優劣を決するに足らずと御考（おかんが）へ可被成（なさるべく）候。梅（うめ）の香（か）を誇（ほこ）り、桜（さくら）の色（いろ）を自慢致（じまんいた）し候ハ、まづそれぞれのそれ屋（や）に御任（おまか）せおき可然（しかるべく）候。まして画（ぐわ）などハどちらも段々進歩（だんだんしんぽ）も致（いた）し、変化（へんくわ）も致（いた）し候。杓子定規（しやくしゞやうぎ）にて千歳（せんざい）の是非（ぜひ）を決（けツ）し候ハ、不覚（ふかく）の至（いた）りに可有之（これあるべく）候。然（しか）し何（いづ）れも成（せい）に安（やす）んじ候油断（ゆだん）ハ大敵（たいてき）に御座（ござ）候。＠問。日本画（にツぽんぐわ）ハ洋画（やうぐわ）の画稿（したゑ）に同（おな）じと申し候人（ひと）も御座（ござ）候由（よし）、これハ如何（いかゞ）のものに御座（ござ）候や。＠答。これも異（い）なことに候。俳句（はいく）ハ和歌（わか）の草稿（そうかう）なりと申し候ことも有之（これあり）候はゞ、その説（せつ）も立（た）ち候ことゝ存（ぞん）ぜられ候。また水墨（すゐぼく）ハ呉装（ごさう）の下画（したゑ）に限（かぎ）られ、着色（ちやくしよく）の彫像（てうぞう）ハ、素刻（きぢぼり）の彫像（てうぞう）に勝（まさ）るものにも有之（これあり）候にや、その道（みち）の人（ひと）に聞（き）きたきことに御座（ござ）候。京（きやう）ハ大坂（おほさか）に行（ゆ）く途中（とちう）なるが故（ゆゑ）に、京（きやう）ハ大坂（おほさか）に劣（おと）るとハ聞（き）き候はず。大坂（おほさか）に参（まゐ）り候はねバ都会（とくわい）にてハ無之（これなく）候はゞ、左様（さやう）申されぬこともなけれど、京（きやう）も大坂（おほさか）も都会（とくわい）たることハ一様（やう）に御座（ござ）候。たゞその風俗地形（ふうぞくちけい）などの異（こと）なり候ハ、所謂趣味（いはゆるしゆみ）とか体（たい）とか申し候ものゝ同（おな）じからざるにたぐへられ申すべく候。＠問。油画（あぶらゑ）ハ顔料濃厚（がんれうのうこう）よく誤筆（ごひつ）を塗抹（とまつ）し得（うる）が故（ゆゑ）に、改削自由（かいさくじいう）にして、善画（ぜんぐわ）を作（つく）りやすく、日本画（にツぽんぐわ）ハ一筆揮灑（ぴつきさい）、即（すなは）ち改（あらた）むべからざるが故（ゆゑ）に難（かた）しと申し候、果（は）たして左様（さやう）のものに御座（ござ）候や。御高教願（ごかうけうねが）ひ上（あ）げ候。＠答。これも少々（せうせう）をかしきことに候。小学校（せうがくかう）の生徒（せいと）が鉛筆（えんぴつ）ハゴムがきく故（ゆゑ）、毛筆（まうひつ）にて書（か）くよりも、善（よ）く書（か）けると申し候に同（おな）じことに御座（ござ）候。ゴムハきかず候ても、書（しよ）に熟（じゆく）したる人（ひと）ハ、毛筆（まうひつ）にて見事（みごと）に書（か）き候。小学生徒（せうがくせいと）の分斎（ぶんざい）にてこそ、左様（さやう）な痴言（ちげん）も申され候へ。苟（いやしく）も大人（おとな）のものゝ申すべきことにハ候はず。日本画（にツぽんぐわ）にても柳炭（やきふで）なり下絵（したゑ）なりにて練（ね）り上（あ）げ候上（うへ）にて認（したゝ）め申し候。ぶッつけにかき候文人画（ぶんじんぐわ）などハ、なべて墨戯（ぼくげ）とハ申し候なり。下絵（したゑ）にて練柳炭（ねりやきふで）を用（もち）ひ候中（なか）に、改削（かいさく）の自由（じいう）ハ充分有之（じうぶんこれあり）候。その上（うへ）にて思（おも）ひ誤（あやま）り有之（これあり）候か、またハ下絵（したゑ）にて試（こゝろ）み候通（とほ）りに、筆（ふで）の行（や）れ候はぬハ、下手（へた）と申し候外（ほか）なく。下手（へた）ゆゑに善画（ぜんぐわ）の出来（でき）ぬハ、改（あらた）められぬが故（ゆゑ）にハ無御座（ござなく）候。土台（どだい）の手腕既（しゆわんすで）にまづくバ、いくら改削自由（かいさくじいう）にても、到底善画（たうていぜんぐわ）ハ出来申（できまを）さゞるべく候。然（しか）しながら暴紙（ふくさがみ）などに作（つく）り候草画（さうぐわ）ハ格別（かくべつ）のことにて、御話（おはな）しの妄語（ばうこ）の如（ごと）き趣（おもむき）も全（まツた）く有之（これあり）候。それさへ手腕老熟（しゆわんらうじゆく）して胸中成竹（きようちうせいちく）ある人（ひと）にハ何（なん）の苦（く）もなきことに候べし。＠問。太陽（たいやう）の美術欄（びじゆつらん）に刀剣考（たうけんかう）ありとて、刀剣（たうけん）も美術品（びじゆつひん）かとの妄語相見（ぼうごあひみ）え申し候が、如何（いか）なるわけに御座（ござ）候や。＠刀剣（たうけん）の美術品（びじゆつひん）ならぬハいふまでもなし。がそ太陽（たいやう）の美術欄（びじゆつらん）に編入（へんにふ）せられたりとて、美術品（びじゆつひん）となり候ことも無之（これなく）候。太陽（たいやう）の記者（きしや）とても、刀剣（たうけん）を美術品（びじゆつひん）なりと思（おも）ひて編入（へんにふ）したるにも可無之（これなかるべく）。その装飾（さうしよく）の附属物（ふぞくぶつ）などが、往々美術史（わうわうびじゆつし）の材料（ざいれう）にも相成（あひな）り候こと有之（これあり）候より、入（い）れどころなきに出（い）でし事（こと）とも弁（べん）ぜられ可申（まをすべく）候。正太夫（しやうだいふ）がドンガラガン調（てう）と嘲（あざけ）り候ひしも、或（あるひ）ハこの辺（へん）にも及（およ）ぼされ可申（まをすべく）と一笑（せふ）の外（ほか）なく候。兎（と）に角（かく）これハ御賢考（ごけんかう）を煩（わづらは）すまでもなき瑣事（さじ）に御座（ござ）候。なほ次（つぎ）の御問題（ごもんだい）ハ、来週（らいしう）の附録（ふろく）にて御答（おこた）へ可申上（まをしあぐべく）、外（ほか）にも御疑（おうたが）はしきこと御座（ござ）候はゞ、御遠慮（ごえんりよ）なく御問（おんと）ひこし可被成（なさるべく）、小生（せうせい）にて分（わ）かりかね候義（ぎ）ハ、朋友（ほういう）にも先進（せんしん）の人（ひと）にも聞（き）き合（あは）せ、可成詳細（なるべくしやうさい）に御返事可申上（ごへんじまをしあぐべく）候。 （未完） |
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