白馬会展覧場＠新派（しんぱ）は後（おく）れて出（い）でたりと雖も、既（すで）に数十年を経過（けいくわ）したり、その間（かん）前人の遺型（ゐけい）に依（よ）らず、力（つと）めて一新画法（しんぐわはふ）を出ださんとしたるの結果（けつくわ）は、能く効（かう）を奏（そう）して、能く空気（くうき）を写（うつ）し、又能く日光（につくわう）を描（ゑが）くを得たり、是れ新派に属（ぞく）する人の、或はアンプレツシヨニストの称（しよう）を嫌（きら）ひて、自（みづか）らプレ子リストと称するものある所以（ゆゑん）なり、＠新派は自得（じとく）の画法（ぐわはふ）に依りて、もろもろの新（あたら）しき製作（せいさく）を為しぬ、雨（あめ）、霧（きり）、靄（もや）、晨（あした）、夕等（ゆふべとう）の画材（ぐわざい）の如き、前人の独立（どくりつ）しては描（ゑが）きたること稀（ま）れなるものを、巧（たくみ）に物（もの）したるが如きも其一なり、新派のこれを為（な）すや、誠（まこと）に容易にして数行（すうかう）の飛禽（ひきん）と茅屋野径（ぼうをくやけい）の点景（てんけい）を須（もち）ひず、只纔（たゞわづか）に一塊（くわい）の土壌（どじやう）と一本の枯木（こぼく）あれば、則ち直（ぢき）に腕（わん）を奮（ふる）つて趣味津々（しゆみしんしん）たる好画面（かうぐわめん）を造（つく）り成（な）せり、＠近（ちか）く例（れい）を挙（あ）ぐれば、黒田清輝氏が甞つて明治美術会（めいじびじゆつくわい）に出だしたる暁（げう）、晩等（ばんとう）の数品の如きは、故道（こだう）の繋縛（けいばく）を脱却（だつきやく）したる新派の特性（とくせい）なりと云ふを得べし、橋本雅邦氏等の率（ひき）ふる遂初会（つゐしよくわい）が、これに似通（にかよ）ひたる画材（ぐわざい）を国画（こくぐわ）の上に施（ほどこ）したるは、強（あなが）ち新派の画法（ぐわはふ）に直接（ちよくせつ）の感応（かんおう）ありしにあらざるべきも、恐（おそ）らくは二者相交通（あひかうつう）する所ありしならん、＠山水の画材（ぐわさい）は、国画（こくぐわ）にありて殆どその能（のう）を盡（つく）せり、今新派は国画の画材（ぐわさい）を以て画材となし、これを仕上（しあ）げるに写空描光（しやくうびやうくわう）の法を用ひ、極めて鮮明（せんめい）にして極めて快活（くわいくわつ）なる画面（ぐわめん）を造れり、故に此点に付（つ）いては国画の上に、更（さら）に一段の風姿を添（そ）へたるものと云ふべし、然れども新派は深（ふか）く画材（ぐわさい）の結構（けつかう）に苦（くるし）むものにあらず、土壌（どじやう）、石塊（せきくわい）、一條（でう）の野径（やけい）、一堆（たい）の稲叢（いなむら）等も詳察精写（しやうさつせいしや）し、或は満幅（まんぷく）、空濶（くうくわつ）なる郊野（かうや）を写（うつ）し出だすことあり、當面（たうめん）に人の網膜（もうまく）を打来（うちきた）るものを采（と）りて、直（ぢき）に再現（さいげん）せしむるの能（のう）に至ては、新派は能（よ）く自然（しぜん）を描（ゑがく）ものと云はざるを得ず、＠かゝるが故に新派の製作（せいさく）を評（ひやう）せんとするもの、或は美麗（びれい）なる額縁（がくぶち）を遠眼鏡（とほめがね）として、苟且（かりそめ）にも映（えい）じ来るものをば悉く描写（びやうしや）すと云へり、言ふ意（こころ）は新派が画材（ぐわさい）を采（と）るにあたり、結構調和（けつかうてうわ）を忽（ゆるがせ）にして動（やゝ）もすれば乱採（らんさい）に陥るを斥（せき）せんとなり、こは真（まこと）に善く今の画（ぐわ）を評（ひやう）するものゝ言（ことば）を代表（だいへう）せり、今の画を評（ひやう）するものは、皆画材の複雑（ふくざつ）ならんを望（のぞ）み、先づこれを造る画家（ぐわか）の結構（けつかう）如何を見（み）んと欲するものなれはなり、＠今の画（ぐわ）を評（ひやう）するものは、あまり画題（ぐわだい）の選択（せんたく）に労（ろう）せり、画家の架上（かじやう）に臨（のぞ）むや、画以外（ぐわいぐわい）の或る意味（いみ）を附（ふ）せんことを望めり、外山正一、杉浦重剛氏等の評家（ひやうか）皆然らざるは無（な）し、然れども画は必（かなら）ずしも小説的技巧（せうせつてきぎかう）を能とせず、自然（しぜん）の一截片（さいへん）を拾（ひろ）ひ取りてそが侭（まゝ）これを写（うつ）すも、争（いか）でか伝神（でんしん）の妙（めう）を現（あら）はさでやは、画家の歴史画宗教画（れきしぐわしうけうぐわ）を造るは、固（もと）より可（か）なり、唯（たゞ）これを造（つく）るものは胸裏燃（きやうりも）ゆるが如き想火（さうくわ）なかるべからず、些（さ）の信仰心（しんかうしん）なき洋画家が天女神将（てんぢよしんしやう）を描（ゑが）きて、啻（たゞ）に古作家（こさくか）の後塵（こうぢん）を逐（に）ふこと能はざるのみならず、風姿態度（ふうしたいど）の吾家の炊婦走僕（すゐふそうぼく）に類（るゐ）するが如（ごと）きは、決（けつ）して策（さく）の得たるものにあらず、われは唾（だ）して再び造（つく）らざれと言はんのみ、今の画題（ぐわだい）を喋々（てふてふ）する評家は、その嘗つて謬（あやま）らざるもの殆ど稀（ま）れなり、＠新派の画風を揚（あ）げて洋画（ようぐわ）の能事畢（のうじおは）れりと為すべからざるは、此処（こゝ）に断（こと）はるまでも莫（な）からん、特に白馬会の陳列品（ちんれつひん）の如き、多（おほ）くは短日月（たんじつげつ）の間に成（な）りたる軽々（けいけい）の作にして、会（くわい）の伎倆（ぎりやう）すら満足には表（あら）はし居らず、いはんや新派の画風（ぐわふう）をや、然れども新派の賞揚（しやうやう）すべき特性（とくせい）を具（そな）へたるは、是れ亦断（こと）はるまでも莫（な）し、白馬会は新来（しんらい）の客（かく）として、洋画界中（ようぐわかいちう）最も気鋭（きえい）なり、最も開展暢達（かいてんやうたつ）の見込あり、願（ねがは）くは明治美術界の如く、めちやめちやにして不熱心（ふねつしん）ならざれ、
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