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◎コランの画陳列禁止-日本文明の汚点

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上野竹の台陳列館にて開催中の光風会展覧会へ三日(註・大正六年十一月)午前十時より保安部長、同課長、出版物検閲掛長、下谷警察署長入場の上故コラン氏遺作品五十七点の内裸体画三十七点は出版物として撮影を禁ぜられ其の内の四点は陳列を禁じ……(以下略)
 今回の催しはコラン先生が日本美術界の為めに非常に尽力された功積を偲び追悼の意味で遺品を集めて展覧会を開いたのであるが其の陳列品の中に於て最も有名な近世の自然を詩的方面から解釈した希臘の小説ダフニスクロエの挿絵の写真、嘗て市俄高世界博覧会にて名誉賞を得た裸体婦人の写真及ルクサンブールの世界博覧会で名誉賞を授けられた「花の時」の写真他一点の陳列を禁止されたが是等は世界の人々が立派な作品として名誉賞までも与へたものであるのに独り日本のみが是を猥褻なものとして陳列を禁じたのは実に非常識も亦甚だしいといはねばならぬ、一体猥褻でないといふのは何を標準として居るのか着物を着て居る絵でも可なり猥褻と認めらるゝものがあるが其は不問に附し裸体画なるが故に禁止すると云ふのは当局の美術思想が如何に幼稚であるかを証明するものである。畢竟美術上の判断によつて美術上の作品は処置すべきが当然なるに美術の何たるを解せざる一警察官が一己の感覚に訴へて是非するから衆人が見て猥褻でないものまでも猥褻なりとするので、今日の警察官の処置は随分公衆の知識を見縊つて居るものと云はねばならぬ、何はともあれ今回の陳列禁止は日本文明の汚点であつて之を救ふ道は只一途ある、それは美術に対する異常な機関を設け行政官と美術家と融合して国家の為め誠意を以て協定するのであるが、近来の如く政府が頻々として交替する時代に於ては何等の相談もする事が出来ないなら余等は只黙つて怒らず倦まず漸次に当局の思想を向上せしめて行かうと思ふのである。(鎌倉電話)
 (「東京朝日新聞」  大正6年1月4日)
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