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◎雪の絵の興趣-雪の色

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雪は白い単調のものではない、無論何物にでも色の変化はあるが、雪の色には特に美しい変化がある。
 雪は常に色や調子の変化が見える。或は赤く或は青く、或は緑を帯び、光線や空気や周囲の景物の映帯する時に、決して雪は雪其物丈の単純な白ではない。雪の色が白いといふ時は殆どないと云つていゝ。そして他の周囲の関係から、其色が柔かで、穏かな調和をなして気持がよい。
 雪の降つて居る最中には私は描く事が無いではないが至て少ない、夫れは降つて居るときは全体の有様から面白味があるけれど色の上から興味を感ずる場合が稀なのでついつい描く気が出ずに了ふ。又パラパラ降る細い点々よりも霽れてからの大きい豊かな気持に引付けられるので、多く降り止んだ後の雪景を採るのである。
 私は柔かな、穏かな調子、快い調和を好むで、それを現さうと思つて描く。それを描き現はすのは非常に六ケ敷いが、私はそれを描て見るのが楽しみなのである。
 草や木にも日光や時間の関係で、色や調子に変化はあるが、又快い色の調子や色の調和を見出しもするが、雪には其色の変化と同時に樹木などに対して調和の快さが明かに現はれる。日の蔭つた時や、暮方や、夕日のさす時、朝日の映る時、何れの時でも愉快な調和が見られる。
 私は風景画の専門家でもなく亦特に雪景を得意がつて居るのでもない、技巧の上では研究も到らず、中々思ふ通りには行かないが、唯其快い色の調和や、美しい色の調子を描き現はさうとするのが楽みなので、研究よりも興味で筆を執るのである。(談)
  (「美術新報」13-9  大正3年7月18日)
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