| 黄花紅葉（くわうくわこうえふ）の好時季（かうじき）、御地（おんち）の山野（さんや）は定（さだ）めて皆（みな）一斉（せい）に錦様（きんやう）の衣（ころも）を著（つ）け居（をり）候事（こと）ならむ、都市（とし）に在（あ）る身（み）は何事（なにごと）にも不自由無（ふじいうな）けれど独（ひと）り泉石（せんせき）の清福（せいふく）を享受（きやうじゆ）せられざるは深憾（しんかん）の至（いたり）に候されど毎年此節東台（まいねんこのせつとうだい）に開催（かいさい）せらるゝ絵画展覧会（くわいがわてんらんくわい）は慥（たし）かに帝都（ていと）の一名物（めいぶつ）にて他（た）に看（み）る可（べ）からざるものに有之（これあり）候へば、少（すこ）しく其評判（そのひやうばん）を御聴（おきゝ）に入（い）れ可申（まをすべく）候。如御承知野生（ごしようちのごとくやせい）は美術文芸（びじゆつぶんけい）の作品（さくひん）が唯好（たゞす）きなりといふ迄（まで）にして別（べつ）に燃犀（ねんさい）なる批評眼（ひゝやうがん）を有（いう）し居（を）るものにあらねば、所謂従吾所好的（いはゆるしようごしよかうてき）の漫言（まんげん）と知友（ちいう）などの談論（だんろん）とを併（あは）せて御覧（ごらん）に入申候（いれまうし）候、先（ま）づ白馬会（はくばくわい）より相初（あひはじ）め申（まを）すべきか＠白馬会展覧会（はくばくわいてんらんくわい）も九回目（くわいめ）と相成（あいなり）候が近来（きんらい）に到（いた）り著（いちじる）しく野生（やせい）に感ぜらるゝは、全体（ぜんたい）の作品（さくひん）が極（きは）めて真面目（まじめ）の研究（けんきう）となりたる事（こと）に候當初（たうしよ）二三回迄（くわいまで）は画題（ぐわだい）の上（うへ）にも色彩（しよくさい）の上（うへ）にも唯々先輩（ただただせんぱい）の後（あと）を追（お）ふのみに勉（つと）むるらしく相見（あひみ）へ、従（したが）つて会場（くわいじやう）の作品どれもこれも似（に）たものゝ様（やう）なりしが、此頃（このごろ）に至（いた）りては然（しか）らず、英国風（えいこくふう）あり和蘭陀（おらんだ）あり独逸風（どくいつふう）ありて最初（さいしよ）の如（ごと）き似而非仏蘭西風（えせふらんすふう）のみならす各自（かくじ）に研究（けんきう）して、時（とき）に一種（しゆ）の日本風（にほんふう）をも観取（くわんしゆ）する様（やう）に至（いた）りしは斯道（しだう）の為（た）め実（じつ）に慶賀（けいが）すべきの現象（げんしやう）と存（ぞんじ）候、されば未（いま）だ名（な）なき青年作家（せいねんさくか）の作にも風趣掬（ふうしゆきく）すべきもの少（すくな）からず候＠第（だい）一室（しつ）にては伊藤直和氏（いとうなほかず）の「霜月（しもづき）の半（なか）ば」を野生（やせい）は面白存（おもしろくぞんじ）候。第（だい）二室（しつ）に入（いり）ては先和田（まづわだ）三造氏（ざうし）の「暮（くれ）の務（つとめ）」に眼（め）が著（つ）き申（まうし）候之（これ）は伊豆大島風俗（いづおほしまふうぞく）を写（うつ）せる大幅（たいふく）の画（ぐわ）にて中々（なかなか）に親切（しんせつ）なる作（さく）に有之（これあり）候色彩（しきさい）も浮華（ふくわ）ならず形似（けいじ）も整（とゝのひ）たる方（はう）に候唯牛（たゞうし）のみが較平板（やゝへいばん）に見申（みえまうし）候が残念（ざんねん）に候同氏（どうし）の作大島（さくおほしま）三原山（はらやま）の噴火山（ふんくわざん）の状（じやう）も能（よ）き画（ぐわ）に候ひし。又（また）「為朝百合（ためともゆり）」「静物（せいぶつ）」も一顧（こ）の値有之（あたひこれあり）候。熊谷守（くまがやもり）一氏（し）の自画像（じぐわぞう）は尤（もつと）も佳作（かさく）と存（ぞんじ）候。榎本彦氏（えのもとひこし）の「夕暮（ゆふぐれ）の松原（まつばら）」も風韻掬（ふうゐんきく）すべく候。第（だい）三室中（しつちう）には中沢弘光氏（なかざわひろみつし）の「海辺（うみべ）」を白眉（はくび）と致（いた）し候。後向（うしろむ）ける漁郎（ぎよらう）の形（かたち）も光線（くわうせん）のさまも佳（よ）く特（こと）に遠景（ゑんけい）の色彩（さいしき）など洵（まこと）に佳（よ）き感（かん）じを与（あた）へられ候「雛妓（すうぎ）」も亦可憐（またかれん）に候ひき。湯浅（ゆあさ）一郎氏（らうし）の「つれづれ」はよく題意（だいい）に■（かな）ひたる態度（たいど）を描（ゑが）かれ候哉（かな）と敬伏致（けいふくいたし）候併（しか）し顔（かほ）の表情足（へうじゃうた）らずしてモデル離（ばな）れがして居（を）らぬ所（ところ）が欠点（けつてん）かと存（ぞんじ）候。安藤仲太郎氏（あんどうなかたらうし）の風景画多（ふうけいぐわおほ）き中（うち）（９０）と（９２）とを野生（やせい）は好（この）み申（まうし）候。其他太田喜（そのたおほたき）二郎氏（らうし）の「泉（いづみ）」大久保健児氏（おほくぼけんじし）の「斜陽（しやえう）」など佳作（かさく）と存（ぞん）ぜられ候＠第（だい）四室（しつ）は大家連（たいかれん）のもの多（おほ）く連（つら）ねられ候。岡田（をかだ）三郎助氏（らうすけし）の「千九百年巴里（ねんぱり）の紀念（きねん）」といふ命題（めいだい）はあまり妙（めう）ならねど其作品（そのさくひん）は結構（けつかう）にして流石（さすが）に外国（ぐわいこく）にて研究（けんきう）せられたる程（ほど）のことはありと思（おも）ひ候「冬（ふゆ）」も他（た）に這般（しゃはん）の画様多（ぐわやうおほ）き中（うち）にありて慥（たしか）に一頭角（とうかく）を抜（ぬ）き居（をり）候「元禄（げんろく）の面影（おもかげ）」は奇麗（きれい）に御座（ござ）候ひしも、やゝこしらへ過（す）ぎたらずやと存（ぞん）ぜられ候「上野霊廟内（うへのれいびやうない）の一部角（ぶかく）」これも矢張画（やつぱりゑ）は面白（おもしろ）く出来（でき）たれと此題（このだい）が野生（やせい）の気に入（い）らず候。次（つぎ）に和田英作氏（わだえいさくし）の「有（あ）るかなきかのとげ」と題（だい）せる大幅（だいふく）は近来評判高（きんらいひやうばんたか）き彼（か）のお七吉（きち）三の画（ゑ）に有之（これあり）候これは今以（いまも）つて世間（せけん）にいろいろと取沙汰申居（とりざたまうしをり）候て野生（やせい）の如（ごと）きは一寸其是非（ちよつとそのぜひ）の判断（はんだん）に苦（くる）しみ申（まうし）候。由来該画（ゆらいぐわいが）は同氏（どうし）が多数（たすう）の月日（つきひ）を費（つひや）されたる苦心惨憺（くしんさんたん）の作（さく）也と聞及（きゝおよび）候へば茲（こゝ）に少（すこ）しく所謂取沙汰（いはゆるとりさた）なる下馬評（げばひやう）を記（しる）し尚愚見（なほぐけん）をも陳述（ちんじゆつ）して貴兄（きけい）の御判（おはん）を願（ねが）ふ可（べく）候。 |
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