敦煌文書とアーカイブ 赤尾栄慶
マーク・バーナード
中野照男
|
||||||||||||
わが国で敦煌文献の真贋が論じられるようになったのが、1950年代になってからであった。国内有数の古写経コレクションである守屋コレクションが京都国立博物館に寄贈されたのは、1954年のことであり、その守屋コレクション中の敦煌写経に疑問をもったのが、藤枝晃である。それらの図版と解題を収めた『守屋孝蔵氏蒐集 古経図録』が出版されたのが1964年であったが、その解題の編集作業に関わって以来、藤枝晃はこのコレクションの偽写本問題を熱心に追求した。この問題を一般が認知したのは、1986年1月に朝日新聞が、藤枝論文に基づき、京都国立博物館の敦煌写経に偽物があると報道した後であった。 しかし、わが国では敦煌文献の真贋が積極的に議論されているとは言い難い。この問題に積極的な発言をしたのは藤枝晃と池田温である。大雑把にまとめると、藤枝晃は、真物はオリジナルでなければならないという立場に立ち、池田温は、贋物を頭から否定するのではなく、オリジナルの正確な模写であるならば、贋物といえども価値を認めたいという立場に立つ。二人の立場は、オリジナルに関わる重要な問題を提起していると言えよう。 敦煌文献の真贋を明らかにする研究手法としては、藤枝晃によるコディコロジー(写本学)研究、ジャン・ピエール・ドレージュによるモルフォロジー(形態学)研究、両者の研究を取り入れた赤尾栄慶による書誌学的研究がある。それらは、敦煌文献をまずモノとしてとらえ、モノの部分に関わるデータを詳細に収集し、それらの諸データを類型的に比較、分析する研究態度である。基本的に目視によるデータ収集であるために、測定する研究者によって、規準が異なり、データにばらつきがでる場合があり、またデータを分析する際にも、研究者の経験や能力が影響を及ぼすことも多い。このような弊害を少なくするために、最近は、科学的な研究手法、分析手法によって得られたデータも重要視されている。 海外では、IDP(The International Dunhuang Project)が、この問題を正面から取り上げて議論した。IDPは、大英図書館の敦煌文献のアーカイブを拠点として、スーザン・ウィットフィールドが主幹をしているプロジェクトであるが、ここが、1997年6月30日から7月2日まで、Forgeries of Dunhuang Manuscripts in the Early Twenthies Century というワークショップを開催した。この折りに、スタイン将来の敦煌文献にも偽物が含まれることが認知され、すでにその折の議論の報告書も刊行されている。 本討論では、敦煌文献の真贋、保存と修復、科学的調査、研究拠点としてのアーカイブの形成などを観点として、敦煌文献研究の歴史と展望について議論したい。 |