日本における美術史研究が20世紀の最後の10年ほどの間に大きな変化を遂げたことは誰にも否定できない事実だろう。とりわけ近代美術史研究の活躍が目立った。その功績は、美術史がそれまで暗黙の前提としてきた「美術」の普遍性が自明のものではなく、あくまでそれが歴史的に形成されたものであることを明らかにした点にあった。
1997年12月、ちょうど今から5年前に開催された前回のシンポジウム「今,日本の美術史学をふりかえる」は、このような美術史研究の動向を見定める中間報告であったと同時に、結果として、その潮流全体を見渡した収支決算報告にもなった。あらためて鮮明になった事実は、「美術」と、その原型であるファイン・アーツ、ボザールなどとの間にいくつものズレや捻れが生じてきたこと、また、さまざまな不可視の枠組みに「美術」が絡め取られてきたことだった。多くの場合、それは「美術」が人為的な制度として受容されたことに起因していた。
それではなぜ、あるものは「美術」になり、あるものは「美術」にならなかったのだろうか?ここには価値形成の問題が横たわっている。価値とは、共時的に見れば、さまざまな差異、非対称、ヒエラルキーからなる構造体であり、通時的に見れば、歴史的に形成された堆積物のようなものである。だが、価値の生成と変遷の仕組みを明らかにすることは容易でない。ある価値が維持されるには集合的な同意が不可欠であるため、その価値が、いつ、誰によって、どのようにして作り出されたかを詮索しても、その仕組みは明らかにならないからである。
この厄介な問題を考えるためには、価値が付与されるモノの側からその仕組みを眺める方法が残されている。試みに、ひとつの概念モデルを提案してみたい。それは、ある物体がひとつの敷居をまたぎ越したとき、その物体の価値が変化するという、ごく単純なモデルだ。対象は美術品であろうとなかろうと構わない。このモデルを現実のモノに当てはめるとき、検証すべき事柄は、モノが敷居を越えることを可能にする諸条件である。
このモデルはさまざまな現実の敷居に適用できるだろう。国境やジェンダーはその好例だ。どちらも、あくまで人為的ないし社会的なものだが、一度できあがってしまうと、遙か昔から存在していたような顔をして、ごく自然なものとして振る舞うようになる。このような例はいくつも見つかるだろう。多くの場合、価値の仕組みをそのまま摘出するのはむずかしいが、敷居の越境者や逸脱者の側に立ったとき、虚と実の間を揺れ動くその真の姿が見えてくるのではあるまいか。
今回のシンポジウムは「うごくモノ」を主題に掲げている。ここに示したモデルはひとつの試みの例にすぎないが、この主題のなかから、21世紀を展望する新しい視野が開けてくることを期待したい。
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