芸能における「移動」の意味―民俗芸能の場合を中心として―

宮田 繁幸(みやた しげゆき)
東京文化財研究所
主著等: 「全国のにわかの現状」『人と芸能』3号(1997年)
「有川十七日祭のにわか」『人と芸能』2号(1995年)
「広島の甲山にわかについて」『藝能懇話』9号(1995年)
「大衆芸能と文化財保護行政」『人と芸能』創刊号(1994年)

 芸能における「移動」の意味を考える場合、無形の所産であるという芸能の特性から、有形のモノの移動とは異なった観点が必要とされるだろう。
 まず、モノはその実体が空間的・時間的に動くことを以て「移動」したと認識されるが、物理的には無形である芸能は、それ自体が実体として存在しているわけではなく、演じる人間と演じる場(空間・時間)があってはじめて、その存在が認識されるから、芸能における移動の具体的な姿は、演じる人間に関する移動と、その演じられる場に関する移動という形で認識される。
 また、モノにおける「移動」の場合、それがAからBへ移動すれば、移動元のAにはそのモノは存在しなくなるが、芸能における「移動」の場合必ずしも移動元からその芸能が消え去ることを意味しないという違いもある。
 次に、芸能における移動を考える場合、演者や演じる場の制約が比較的少ないいわゆる無形文化財として認識される古典芸能と、その制約が比較的大きい民俗文化財として考えられる民俗芸能とでは、そのもつ意味にはかなり大きな違いがある。
 そこで本発表では、論点を明確にするため、芸能における移動の意味をまず以下のように類別し、それぞれについて特に移動の持つ意味の大きいと思われる民俗芸能の場合を中心として考えてみたい。
 第一は、演じる人間だけが移動する場合である。ここでは、大阪府能勢町に伝承されている「能勢の浄瑠璃」を例として、特定芸能が「伝承」されることの意味を考える。
 第二は、演じる場所だけが移動する場合である。ここでは、岐阜県美濃市の「流しにわか」を例として本来演じる場所を移動することを前提とし移動することに格別の意味を持つ芸能の場合と、三重県鈴鹿市の「かんこ踊り」を例として種々のイベントでの公開など本来の場所から離れた特別の上演の場合とを取り上げる。
 第三は、演じる人間及び演じる場がともに移動する場合である。これには、芸能の伝播・模倣・流行などの現象が当てはまろう。特に近年の特徴的な現象として、「高円寺阿波踊り」や「よさこいソーラン踊り」等、本来特定地域の芸能であったものが、全国的な流行となっているケースを取り上げてみたい。
 以上の三つの場合について、具体的な民俗芸能の場合を例としながら、それぞれの場合における「移動」の意味と、その芸能に及ぼす影響について考察する。