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緒    言
 平成13年に独立行政法人となって以来すでに4年を経過し、当研究所の諸業務は、5カ年の中期目標に基づく中期計画に従って作成された各年度計画によって着実に実施され、その成果をあげてきています。
 平成16年度の調査・研究・協力活動を振り返ってみますと、先ずは、黒田記念館における画期的な研究展示があげられます。これは、美術部における美術史・美学的研究と、協力調整官―情報調整室の最新のデジタル技術を応用して、原作品の鑑賞とともに、通常の人間の視覚では得ることのできない画像を体験していただくことで、作品の理解をさらに深めていただこうという試みでした。様々な光学的研究を先導的に推進してきている当研究所ならではの成果といえます。また、これまで研究が後れていた近代朝鮮美術の研究に、韓国の研究者も交えて取り組みました。これにより、西洋の強い影響を受けて発展した近代日本の表現が、さらに海を越えて朝鮮半島へと受容されていく美術文化伝播の重層性が浮き彫りにされてきました。
 日韓に関しては、屋外文化財に及ぼす影響についての共同研究を実施してきましたが、新たに日韓ともに課題となっている石造文化財保存の研究開発を共同で実施すべく契約の調印をしました。今後とも、友好交流のために、両国の研究者による共同研究を通して共通の課題解決のための地道な交流の積み重ねをしていきたいと考えます。
 ところで、昨年末をもって、文化財の燻蒸に広く使用されてきた臭化メチルが、地球のオゾン層破壊をもたらすということで国際的に全廃されましたが、当研究所では、以前から全廃後の生物被害対策として、文化財害虫事典の出版や、これからの対策の要である総合的有害生物管理(IPM)のためのガイドブックの発行、及びそれを映像化したビデオを作成して、その啓発普及を図ってきており、今年度は、それらを踏まえてカビ対策をテーマとした研究会を開催しました。今後も研修を通してIPMに関する理解を深め、文化財・地球環境双方にとって有用な活動を推進するとともに、このような先導的研究の幅をさらに広げ、文化財行政に資する研究を積極的に実施したいと考えています。
 このような地域行政にも役立つ施策としては、地道ながら7年にわたって続けている、全国の地方公共団体の文化財担当者や伝承活動に実際に携わっている方々を対象とした民俗芸能研究協議会があり、民俗芸能の公開活用と保存継承の狭間に立つ行政の在り方・方策づくりに寄与してきています。そういう意味で当研究所では、近年全国的に盛んになりつつある新たな祭りの創造活動が、現代の民俗芸能として定着するかどうかの動向を調査し始めており(本年度は「YOSAKOIソーラン祭り」対象)、これも今後の文化財行政の課題を先取りした先行的な研究と考えています。
 文化庁からの要請による高松塚・キトラ両古墳壁画の保存対策については、奈良文化財研究所との一体的・緊密な連携と、文化庁の指導の下、緊急対策を実施するとともに、恒久的な保存方策づくりのための、あらゆる角度からの調査・研究を進めてきており、遠からずその方針が得られるはずです。
 最後になりましたが、国際協力については、従来からのアジアを主とした事業を展開しましたが、特に西アジア諸国文化遺産保存修復協力事業による人材育成の一環として、アフガニスタンとイラクから考古学や修復の専門家を招き、今後現地の人々の手による調査や保存が行えるよう、奈文研と連携しながら研修事業を実施しました。さらに、バーミヤーン遺跡の継続調査を実施して、探査による地下遺構の発見、踏査による未知の壁画洞窟の発見、壁画下地材の分析による制作時代の特定など多くの成果をあげるとともに、バーミヤーンの遺跡保存管理計画案を作成しました。また、そのためのユネスコ・専門家国際会議が当研究所を会場に開催されましたが、これに合わせて、日本の資金が使用されているバーミヤーン遺跡保存事業の重要性について、国民の皆様の理解と持続的な支援を得るための国際シンポジウムも開催しました。
 今日、創造的研究や効率的な研究の特化が強くいわれていますが、より優れた成果を生み出すためには、基礎的・継続的・広範な調査研究も極めて重要であり、当研究所はまさにそのような研究体制の中から生まれた即応力と自由な創意により、今日的・先導的な研究成果もあげてきているかと考えています。

 2005(平成17)年5月

独立行政法人文化財研究所
東京文化財研究所
所長  鈴 木 規 夫
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