東京文化財研究所 > 刊行物 > 東京文化財研究所年報 > 2003年度目次
緒    言
 平成13年4月1日に独立行政法人として再出発した当研究所の活動も、早 3 年を経過したが、その調査・研究の諸活動は着実に成果を上げてきている。いうまでもなく、東京文化財研究所の諸業務は、文部科学大臣から指示された「中期目標」を達成すべく立案され、文部科学大臣によって認可された5ヶ年を単位とする「中期計画」に従って作成された年度計画によって実施されている。しかし、5ヶ年という年限は決して短いものではなく、その間にも中期計画にはない緊急的な対応が求められる場合もある。平成15年度でいえば、国内問題では前年度より文化庁から要請されていた高松塚古墳やキトラ古墳の保存対策の計画が実行に移された。また、国際問題ではアフガニスタンの文化財保存協力について、現地での活動が実施された。このような中期計画にない緊急対応は、相当な人的、時間的負担が伴うわけで、当研究所の順調なる計画遂行という眼で見ると、決して望ましいことではないが、当研究所の果たすべき責務として、積極的に対応してきた。また、国内外の緊急対応が、当研究所の将来にとって有意義かつ有用な結果をもたらすよう常に考えながら対応していくことも重要と考えている。幸い、経常的な業務は恙無く進行し、所期の成果をあげている。なお、海外における活動においては、常に事件や事故の危険性に対する危機管理が重要である。平成15年度においても、SARS(重症急性呼吸器症候群)発生地域での活動や、アフガニスタン・カーブル市内における所員滞在ホテルでの爆発事件の対応を通じて、危機管理についての対応策の見直しを図った。
 調査・研究活動においては、MOA美術館所蔵の国宝・紅白梅図屏風における表現技法が、当研究所の高解像度の画像形成技術と科学分析によって、従来の美術史の常識を覆すものであったことが判明し、シンポジウムでの発表は大きな反響を呼び、今後の研究に一石を投じた。各種研究会も例年に増して開催され、それぞれの研究領域における先端的な研究成果の発表がなされ、新たな指標を提示するものとして評価を得ている。特に年1回の国際研究集会は、平成15年度は修復技術部が担当し、10年ぶりに東洋独自の技法である漆に因んで「漆が語る国際交流」をテーマとして開催され、欧米を中心に数多く所在する近世以降の輸出漆器の修復についての各国の考え方等について活発な議論がなされた。近年の国内における漆芸品修復への関心の高まりだけでなく、海外における漆芸品への興味の広がりを反映してか、3日間で延べ400人以上の参加を得たことは、この種の研究集会としては異例のことであり、当研究所の活動が評価されたようである。文化庁からの要請による高松塚古墳やキトラ古墳の保存対策については、当研究所と奈良文化財研究所との一体的な協力体制によって第一次の計画が実施され、次年度以降の本格対応への足掛かりをつくることができた。平成14年度に実施した国際研究集会「うごく モノ―時間・空間・コンテクスト―」は高い評価を得たが、その報告書が平成15年度に刊行されて、国内はもとより、海外においても評価が広がってきている。当研究所の業務は、文化庁における文化財行政の一翼を荷う立場にもあるが、その一つとして、文化庁が行う「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財の記録作成事業」を、実演記録用舞台を活用して積極的に実施していることも、地味な活動ではあるが、当研究所の重要な責務と位置付けている。
 国際協力事業も年々対象地域が拡大してきているが、平成15年度の特記事項としては、アフガニスタンの文化遺産保護支援活動の開始で、バーミヤーン遺跡保存事業や、考古遺物の保存修復技術研修会を現地で実施することができたことである。西アジア地域の文化財保存対策という点でいえば、国際文化財保存修復研究会が「日干し煉瓦の保存」をテーマとして掲げたが、直近に発生したイランでの地震により日干し煉瓦により造られたバムの城塞址が崩壊し、結果的に時宜を得た研究会となった。しかしこのことは、偶然というよりも、日干し煉瓦の脆弱性に日頃から着目していた研究員の先見の明というべきで、自由な研究発想が成果をあげた例であり、今後その方面の具体的有用な研究の進展が課題となる。
 常に今日的、先端的な新たな視点からの発想を持って活動していることは、当研究所の特性であるが、そのもととなっているのは、当研究所の業務の大きな部分を占める、経常的・継続的・基礎的な調査・研究であることも確かであり、その両立こそが重要であると考えている。

 2004(平成16)年5月

独立行政法人文化財研究所
東京文化財研究所
所長  鈴 木 規 夫
 © 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所