| 洋画会（やうぐわかい）に覇（は）を称（しよう）する白馬会（はくばくわい）と太平洋画会（たいへいやうぐわくわい）とは相前後（あひぜんご）して上野竹（うへのたけ）の台陳列館（だいちんれつくわん）に絵画展覧会（くわいぐわてんらんくわい）を催（もよほ）す事（こと）になつた白馬会（はくばくわい）は本月中旬（ほんげつちうじゆん）より太平洋画会（たいへいやうぐわくわい）は本日（ほんじつ）より開（ひら）いて各自其特長（かくじそのとくちやう）を競（きそふ）といふのは蓋（けだ）し斯道（しだう）の研究上大（けんきうじやうおほい）に資（し）する所（ところ）があらう、白馬会（はくばくわい）が今回（こんくわい）の呼物（よびもの）は湯浅藤島両氏（ゆあさふぢしまりやうし）の帰朝土産（きてうみやげ）である之（これ）を外（ほか）にしては研究所生徒（けんきうしよせいと）の習作（しふさく）が主（おも）で黒田岡田其他（くろだをかだそのた）の幹部諸氏（かんぶしよし）の小品（せうひん）もある、総出品（そうしゆつぴん）六百五十七点（てん）といふ大多数（だいたすう）だが細（こま）かい作品（さくひん）が多（おほ）い夫（それ）でも殆（ほと）んど配列（はいれつ）に困（こま）つたらうと思（おも）ふ程犇々（ほどひしひし）と押合（おしあ）つて居（ゐ）る、仮令生徒（たとひせいと）の習作（しふさく）を採（と）るにしても今少（いますこ）し何（なん）とか制限（せいげん）を附（つけ）て観者（くわんしや）の疲労（ひらう）と倦怠（けんたい）とを防（ふせ）いで貰（もら）ひたい、併（しか）し出品数（しゆつぴんすう）の多（おほ）いのは一方（ぱう）には洋画界（やうぐわかい）の門派（もんは）が甚（はなは）だしく膨脹（ばうちやう）して来（き）た一現象（げんしやう）と見（み）れば斯界（しかい）の爲（た）め慶（けい）すべき事（こと）である、瞥見（べつけん）した中（なか）で二三素人評（しろうとひやう）を記（しる）せば青山熊治氏（あをやまくまぢし）の「アイヌ」は大作（たいさく）として可成整（かなりとゝの）つて居（ゐ）る、男女（なんによ）のアイヌが爐（ろ）を囲（かこ）みて酒宴（しゆえん）を開（ひら）いて居（ゐ）る人物（じんぶつ）の表情（へうじやう）も申分（もうしぶん）なく爐火（ろくわ）に映（えい）じた一老人（らうじん）の体格（たいかく）や皮膚（ひふ）の色（いろ）も成功（せいこう）と云（い）つてよい、爐（ろ）の火炎（くわえん）は少（すこ）し強烈（きやうれつ）に過（すぎ）た、熊谷守（くまがやもり）一氏（し）の「轢死（れきし）」は暗黒（あんこく）の調子（てうし）はよいが悲惨（ひさん）の感（かん）じは起（おこ）らない起（おこ）つた所（ところ）でコンナ非美術的画題（ひびじゆつてきぐわだい）は遠（とほ）ざけたい南薫造氏（みなみくんざうし）の「ワルタムの古寺（こじ）」外数点（ほかすてん）は水彩画（すゐさいぐわ）としての研究（けんきう）の深（ふか）い所（ところ）が見（み）える、黒田清輝氏（くろだきよてるし）のパステル画（ぐわ）「婦人（ふじん）の肖像（せうざう）」は入念（にふねん）の作（さく）だ外（ほか）二点（てん）も流石（さすが）に高（たか）い所（ところ）がある岡田（をかだ）三郎助氏（ろすけし）「女（をんな）の顔（かほ）」外（ほか）一点（てん）は画稿（ぐわかう）として妙味（めうみ）はある湯浅（ゆあさ）一郎氏（らうし）の水彩画（すゐさいぐわ）は色（いろ）の変化（へんくわ）に富（と）んだ心地（こゝろもち）のよい作品（さくひん）だ、同氏（どうし）の油絵（あぶらゑ）「読書（どくしよ）」外数点（ほかすてん）は孰（いづ）れも婦人（ふじん）の肖像（せうざう）で忠実（ちうじつ）な写生（しやせい）を示（しめ）したもの、「ルクサンブルク公園（こうゑん）」外数点（ほかすてん）は新（あたら）しい軽（かる）い書方（かきかた）だが色（いろ）が能（よ）く出（で）て居（ゐ）て深（ふか）い印象（いんしやう）を与（あた）へるのは妙（めう）だ、氏（し）の技倆（ぎりやう）の進歩（しんぽ）は以上（いじやう）の小品（せうひん）でも十分（ぶん）に認（みと）められる、小林萬吾氏（こばやしまんごし）や中沢弘光氏（なかざはひろみつし）の作品（さくひん）は平素（へいそ）の技倆（ぎりやう）を発揮（はつき）した程（ほど）の者（もの）もない矢崎千代治氏（やざきちよぢし）の油絵（あぶらゑ）は何処（どこ）かに新（あたら）しい空気（くうき）の篭（こも）つて居（ゐ）る作品（さくひん）が多（おほ）い中（なか）にも「小児（せうに）の肖像（せうざう）」と「水遊（みづあそび）」は最（もつと）も面白（おもしろ）い、山本森之助氏（やまもともりのすけし）の「夕凪（ゆふなぎ）」は海上（かいじやう）の夕陽（せきやう）、極（きは）めて美（うつく）しく極（きは）めて念入（ねんいり）の大作忠実（たいさくちうじつ）に自然美（しぜんび）を現（あらは）した油絵（あぶらゑ）として傑作（けつさく）と云（い）つて宜（よ）からう、同（おな）じ人（ひと）の「雨（あめ）の山（やま）」や「漁火（いさりび）」など皆同意味（みなどういみ）の成功（せいこう）を示（しめ）して居（ゐ）る、跡見泰氏（あとみたいし）の作品中（さくひんちう）では「泊船（とまりぶね）」の波紋（はもん）の調子（てうし）、俗受（ぞくうけ）かは知（し）らぬが気持（きもち）のよい描方（かきかた）だ、藤島武（ふぢしまたけ）二氏（し）の滞欧紀念（たいおうきねん）「油絵（あぶらゑ）」は孰（いづれ）もスケツチながら思（おも）ひ切（き）つた色（いろ）を使（つか）つて調子（てうし）の整（とゝの）つて居（ゐ）るのは一見（けん）して練熟（れんじゆく）の作品（さくひん）と認（みと）められる＠参考品（さんかうひん）として湯浅氏（ゆあさし）の模写（もしや）された名画（めいぐわ）はヴエラスケスの作（さく）が多（おほ）い孰（いづれ）も大々的作品（だいだいてきさくひん）で就中（なかんづく）「織女（しよくぢよ）」「官女（くわんぢよ）」は人物（じんぶつ）も多（おほ）く光線（くわうせん）や色彩（しきさい）も複雑（ふくざつ）だが真（しん）に迫（せま）つて居（ゐ）る、ムリヂヨの約翰（ヨハネ）の図（づ）なども正（まさ）に真物（ほんもの）かと思（おも）ふほどだ斯（かゝ）る好土産（かうみやげ）を齎（もたら）して画界（ぐわかい）に提供（ていきよう）した氏（し）の功労（こうらう）は特筆（とくひつ）に値（あたひ）する、殊（こと）に十分原画（ぶんげんぐわ）の妙（めう）を発揮（はつき）して居（ゐ）るものと信（しん）ぜらるゝので模写（もしや）としても貴重（きちよう）なものだ参考品（さんかうひん）には此外（このほか）コランやコルモンの画稿（ぐわかう）、藤島氏模写（ふぢしましもしや）のシヤヴアンヌ筆壁画（ひつへきぐわ）の一部（ぶ）「鶏（にはとり）」などある以上（いじやう）の外尚習作的新作品（ほかなほしふさくてきしんさくひん）は少（すくな）くないが概（がい）して通例（つうれい）の出来（でき）で水平線以上（すゐへいせんいじやう）に出（で）て居（ゐ）ないので一々挙（いちいちあ）げる事（こと）は御免蒙（ごめんかうむ）る（マツ） |
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