| 白馬会（はくばくわい）が歳並（としなみ）の展覧会（てんらんくわい）は又（また）もや上野（うへの）の秋（あき）を飾（かざ）ることとなつた。戦雲今（せんうんいま）や極東（きよくとう）の天（てん）を閉（とざ）して霊神（れいじん）は最不幸（もつともふかう）なる地位（ちゐ）に屈（かゞ）む可（べ）く余儀（よぎ）なふせらるゝ時（とき）、此比較的健全（このひかくてきけんぜん）なる絵画（くわいぐわ）の展覧（てんらん）が例年程（れいねんほど）に顧（かへり）みられざるかの観（くわん）あるは致方（いたしかた）のないことである。＠展覧（てんらん）の方法（はうはふ）は昨年（さくねん）の蕪雑（ぶざつ）とは打替（うつてかは）つて甚能（はなはだよ）く整頓（せいとん）せられて居（を）る。大体（だいたい）の形勢（けいせい）を通観（つうくわん）すると、稍著（やゝいちじ）るしく思（おも）はれるのは、昨年和田氏（さくねんわだし）の「夕（ゆふ）なぎ」に現（あら）はれたる如（ごと）き、夕雲（ゆふぐも）の赤（あか）きを地平線近（ちへいせんちか）くに有（いう）する海景（まりん）の多（おほ）いことで、此最（このさい）たるは山本森之助氏（やまもともりのすけし）のそれ、和田（わだ）三造氏（ざうし）の「大島（おほしま）」も亦此類（またこのるゐ）の佳作（かさく）である。黒田清輝氏（くろだきよてるし）は大隈伯（おほくまはく）の肖像（せうざう）と小品（せうひん）の幾枚（いくまい）を以（もつ）て質素（しつそ）に代表（だいへう）せられて居（を）り、藤島武（ふぢしまたけ）二氏（し）は半和半洋的婦人（はんわはんやうてきふじん）の胸像数幅（きようざうすうふく）を出（いだ）して淡泊（たんぱく）なる色彩（しきさい）と軽妙（けいめう）なる筆（ふで）と装飾的（さうしよくてき）なる扱（あつか）ひとを呈出（ていしゆつ）し、岡田（をかだ）三郎助氏（ろすけし）は「元禄美人（げんろくびじん）」の習作（すたでい）とパステルの景色等（けいしよくとう）を捧（さゝ）げて居（を）る。＠最確実（もつともかくじつ）なる写真家的立場（しやしんかてきたちば）に在（あ）るものは、中沢弘光氏（なかざはひろみつし）の作（さく）で、一人（ひとり）の男（をとこ）が暑（あつ）い夏（なつ）の日中（につちう）に陸上（りくじやう）の舟（ふね）の中（なか）に足（あし）を投出（なげだ）し、左手（さしゆ）を眼（め）の辺（ほとり）に挙（あ）げて日（ひ）を除（よ）けつゝ海（うみ）の方（はう）を眺（なが）むる処（ところ）、外光（ぐわいくわう）の明（あか）るい美（うつ）くしい色（いろ）は、少（すくな）からぬ快感（くわいかん）を吾人（ごじん）に与（あた）ふるのである。湯浅氏（ゆあさし）の婦人窓（ふじんまど）に凭（よ）る図（づ）は肉色（にくしよく）に多少（たせう）の遺憾（ゐかん）はあるとしても、極（きは）めて真面目（まじめ）の作衣服（さくいふく）は殊（こと）に善（よ）く出来（でき）て居（を）る。＠和田英作氏（わだえいさくし）のお七吉三（きちさ）「恋（こひ）の曙（あけぼの）」は評判（ひやうばん）もので画題（ぐわだい）の単調（たんてう）を破（やぶ）つて面白（おもしろ）いけれど、吉三（きちさ）に女（をんな）のモデルを用（もち）ひたる痕（あと）を留（とゞ）め、家屋（かをく）の遠近法（ぺるすぺくちーぶ）の急（きふ）に過（す）ぎたるなど欠点（けつてい）に数（かぞ）へられるであらう。三宅克己氏（みやけかつみし）は独特（どくとく）の水彩画（すゐさいぐわ）を以（もつ）て、青木繁氏（あをきしげるし）は例（いつも）ながらの神秘的絵画（しんぴてきかいぐわ）を以（もつ）て場内（ぢやうない）に異彩（いさい）を添（そ）へて居（を）る。年少作家（ねんせうさくか）の中（なか）では橋本邦助（はしもとくにすけ）、和田（わだ）三造等数氏（ざうらすうし）が秀出（しゆうしゆつ）して居（を）ると思（おも）ふ。（赤紐子） |
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