| （あるかなきかのとげ）其取沙汰（そのとりざた）は種ゝ（さまざま）なれど帰（き）するところは元禄（げんろく）らしからず、今様（いまやう）めきたりといふに有（あ）るが如（ごと）く候。こは一応道理（おうだうり）ある説（せつ）には候へど、野生（やせい）などの考（かんがへ）にしては今様（いまやう）めきたりとて別（べつ）に差支（さしつか）へ無（な）かるべしと存（ぞんじ）候、昔（むかし）よりの小説（せうせつ）などを御覧（ごらん）あれ。いかなる大家（たいか）の作中（さくちう）にも必（かなら）ず何処（いづこ）にかその作者（さくしや）の影（かげ）のうつり居（を）るものに候、或（あるひ）は其作者自（そのさくしやみずか）らの性格（せいかく）の匂（にほ）ひたるあり。或（あるひ）は其時代（そのじだい）の感化（かんくわ）を受（う）け居（を）ることの識（し）らるゝありて、到底其取材（たうていそのしゆざい）の當時（たうじ）の世界（せかい）に直入（ちよくにふ）する能（あた）はず候絵画（くわいぐわ）に致（いた）しても左（さ）なりと存（ぞん）ぜられ候歌麿北斎（うたまろほくさい）の作（さく）にもあるお七吉（しちきち）三と雖（いへど）も亦決（またけつ）して元禄（げんろく）の西鶴（さいくわく）のものならず候。されば明治（めいじ）の今日（こんにち）の作者（さくしや）が描（ゑが）きし作品（さくひん）の今様（いまやう）めく事敢（ことあへ）て怪（あや）しむに足（た）らず、寧（むし）ろ北斎歌麿（ほくさいうたまろ）の式（しき）に傚（なら）はざりしを賞（しやう）すべきかと存（ぞんじ）候が貴意如何（きいいか）に候や併（しか）し此画（このぐわ）の吉（きち）三は能（よ）く写（うつ）し出（いだ）されたるにも拘（かゝ）はらず、お七（しち）の顔面（がんめん）に表情足（へうじやうた）らず、形似（けいじ）の上（うへ）にも何（なん）となくゆつたりせし所（ところ）なく窮屈（きうくつ）げに見（み）ゆるが大欠点（だいけつてん）かと思（おも）ひ候。其他（そのた）の色彩（しきさい）の技能（ぎのう）は賞賛（しやうさん）する丈（た）け野暮（やぼ）に有之（これあり）候。此他同子（このたどうし）の作（さく）なる某博士（ぼうはくし）の肖像（せうざう）と今（いま）一つの肖像（せうざう）は、其當人（そのたうにん）を知（し）らず候へども生気躍々（せいきやくやく）として実によき出来（でき）と存（ぞんじ）候。「春郊（しゆんかう）」も頗（すこぶ）る其情（そのじやう）を顕（あら）はし居（をり）候。黒田清輝氏（くろだきよてるし）の大隈伯（おほくまはく）の肖像（せうざう）は氏（し）が筆致（ひつち）に一種謂（しゆい）ひ能（あた）はざる味（あぢは）ひありて敬伏致（けいふくいた）し候。「庭（には）の隅（すみ）」も趣味津々洵（しゆみしんしんまこと）によき感興（かんきよう）を起（おこ）し候。藤島武（ふじしまたけ）二氏（し）の「蝶（てふ）」装飾用（さうしよくよう）とやらなるが野生（やせい）は此種（このしゆ）の画（ぐわ）を極（きは）めて好（この）み候へば暫（しば）し其前（そのまへ）を立（た）ち去（さ）り兼申（かねまうし）候。此他橋本邦助氏（このたはしもとくにすけし）の「朝顔（あさがほ）」の親切忠実（しんせつちうじつ）に描（ゑが）かれたると、中丸精（なかまるせい）十郎氏（らうし）の「草原（くさはら）」と幽趣（いうしゆ）とが気（き）に入（い）り申（まうし）候。同氏（どうし）の「モザイツク」珍（めづ）らしく見物仕但（けんぶつつかまつりたゞ）し其図案（そのづあん）の多（おほ）くがあまり西洋風（せいやうふう）にて彼地（かのち）のものを模（も）しなるならずやと思（おも）はれて妙（めう）ならず、かゝるものも今少（いますこ）しく日本化（にほんくわ）せば一層面白（そうおもしろ）かるべきことと存（ぞんじ）候。第（だい）五室（しつ）は外人（ぐわいじん）の作（さく）のみに有之（これあり）候。ロドルフ、ウヰツマン氏（し）の「牧場（ぼくじやう）の朝霜（あさしも）」の画（ぐわ）は某氏（ぼうし）は読売新聞（よみうりしんぶん）にて攻撃（こうげき）せられしやうなりしが、野生（やせい）は流石（さすが）に外国（ぐわいこく）の画（ぐわ）なりとつくづく感心致（かんしんいたし）候其日（そのひ）の光（ひか）り朝（あさ）もやの工合（ぐあひ）など西洋（せいやう）の詩（し）を見（み）る心地致（こゝちいた）し候併（しか）し敢（あへ）てこれを傑作（けつさく）なりと推選不致（すいせんいたさず）候。ジユリエツト、ウヰツマンは閨秀（けいしう）なりと聞（き）きしが其（その）「白百合（しろゆり）」の図（づ）の如（ごと）き有髯男子（いうぜんだんし）も愧（はづ）かしきほどにて、一点紅粉（てんこうふん）の気（け）なきは驚（おどろ）くべく候。フエルナン、ケノップ氏（し）の風景（ふうけい）も会心（くわいしん）の作（さく）に有之（これあり）候、されど此等（これら）の作（さく）は邦人（ほうじん）にもなし得（え）らるべくと存（ぞんじ）候。第（だい）六室（しつ）の参考画（さんかうぐわ）の評判（ひやうばん）はあづかり第（だい）七室（しつ）にてはフエルナン、クノツフ氏（し）のエッチングの瀟酒（せうしや）なるを喜（よろこ）び申（まうし）候。山本森之助氏（やまもともりのすけし）の「夏（なつ）の朝（あさ）」も悪（あし）からず候。第（だい）八室（しつ）の三宅克巳氏（けかつみし）の水彩画数葉（すゐさいぐわすうえう）は実（じつ）に氏（し）が特長（とくちやう）を遺憾（ゐかん）なく発揮（はつき）せられて何（いづ）れも申分（まうしぶん）なき作（さく）に候水彩画流行（すゐさいぐわりうかう）の折柄定（をりがらさだ）めて野生（やせい）と同（おな）じく随喜（ずゐき）の徒多（とおほ）かるべしと存（ぞん）ぜられ候。今（いま）は詳細（しやうさい）を可申上暇（まうしあぐべきひま）これ無（な）く候へば試（こゝろみ）に野生（やせい）が好（この）める画（ぐわ）の題（だい）のみを挙（あ）げ候へば「茅屋（ばうをく）」「夕雲（せきうん）」「暴雲（ばううん）」「夏（なつ）の夕暮（ゆふぐれ）」「夏（なつ）の雲（くも）」等（とう）に有之（これあり）候。黒田清輝氏岡田（くろだきよてるしおかだ）三郎助氏（ろうすけし）のパステルの肖像風景共（せうざうふうけいとも）に又（また）一種（しゆ）いふ可（べ）からざる快感（くわいかん）を呼（よ）び候。第（だい）九室（しつ）にてはあまり眼（め）に留（と）まりしもの無（な）之候終（をは）りの第（だい）十室中（しつちう）にては児島虎次郎氏（こじまとらじらうし）の風景（ふうけい）、山本鼎氏（やまもとかなへし）の夏（なつ）が面白（おもしろ）しと思（おもひ）候、山本氏（やまもとし）の画（ぐわ）の蚊帳（かや）など洵（まこと）によく出来居（できをり）候但（たゞ）しあまり写実（しやじつ）に過（す）ぎたる蝿（はい）の多（おほ）きは厭（いと）はしく存（ぞんじ）候。丹羽林平氏（にはりんぺいし）の梨畑（なしばたけ）も正面向（しやうめんむき）に立（た）てる少女（せうぢよ）の顔貌（かほ）を妙（めう）ならずと致（いた）し候へども全体（ぜんたい）には佳作（かさく）なりと存（ぞんじ）候。橋本邦助氏（はしもとくにすけし）の絵葉書（ゑはがき）なかなか面白（おもしろ）く出来居（できをり）候ひき。右（みぎ）は過般悩中（かはんのうちう）の■（■■）を務（おさ）みて瞥見（べつけん）したるを又倉卒（またそうそつ）に筆（ふで）を走（はし）らし候ものなれば此絵（このよ）に秀抜（しうあつ）の作（さく）を漏（も）らし居（をり）候やも計（はか）られざれど、今（いま）は擱筆仕（かくひつつかまつり）候他日更（たじつさら）に申上（まうしあぐ）べき機会有之（きくわいこれある）べくと存（ぞんじ）候草々本宜 |
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