|
白馬会（はくばくわい）と云（い）へバ新派洋画家（しんぱやうぐわか）の会（くわい）として其（そ）の名高（なたか）し今（い）ま此会員諸氏（このくわいゐんしよし）の腕（うで）を揮（ふる）ひたる油絵（あぶらゑ）の展覧会（てんらんくわい）に臨（のぞ）みて失望（しつぼう）したるハ（第（だい）一）に何（いづ）れの油絵（あぶらゑ）も色合薄（いろあひうす）ボケて快豁（くわいかつ）ならず霞（かすみ）を隔（へだ）てゝ月（つき）を見（み）るの観（くわん）ある事是（ことこれ）なり（第（だい）二）に自然（しぜん）の景色（けいしよく）を写（うつ）すに偏（へん）して意匠（いしやう）の見（み）るべきもの無（な）き事是（ことこれ）なり（第（だい）三）に草木（さうもく）の色合光線等往々自然（いろあひくわうせんとうわうわうしぜん）の美（び）と相適（あひかな）はざる事是（ことこれ）なり（第（だい）四）に人物（じんぶつ）の顔色揃（がんしよくそろ）ひも揃（そろ）ひて日（ひ）に焼（や）けたるが如（ごと）く黒（くろ）ずみ居（を）る事是（ことこれ）なり（第（だい）五）に大作（たいさく）の乏（とぼ）しき事是（ことこれ）なり、色合（いろあひ）の薄（うす）ボケ居（を）る事（こと）ハ満堂殆（まんだうほと）んど皆然（みなしか）りと云（い）ふべく只安藤仲太郎氏（たゞあんどうちうたらうし）の筆（ふで）に成（な）れるものゝ中（うち）二三快豁（くわいかつ）なるものあるのみ意匠（いしやう）に乏（とぼ）しき事（こと）も亦（ま）た殆（ほと）んど一般（ぱん）に及（およ）べる弊（へい）にして茶畑（ちやばたけ）の図（づ）、稲叢（いなむら）の図（づ）など其（そ）の甚（はなは）だしきものなり、畢竟自然（ひつきやうしぜん）の景（けい）を写（うつ）すに偏（へん）したる故（ゆゑ）ならんが只意匠（たゞいしやう）の見（み）るべきハ黒田清輝氏（くろだきよてるし）の筆（ふで）に於（おい）て之（これ）を見（み）る、色合光線等（いろあひくわうせんとう）の自然（しぜん）と相適（あひかな）はざるハ悉（ことごと）く然（しか）りと云（い）ふにあらねど多（おほ）くハ然（しか）りと云（い）はざるを得（え）ず木蔭（こかげ）を漏（も）るゝ日光（につくわう）が大木（たいぼく）の幹（みき）や女（をんな）の着物（きもの）に写（うつ）りて金紙（きんがみ）をベタ貼（は）りしたるが如（ごと）くに見（み）ゆる抔（など）ハ不感服（ふかんぷく）の手際（てぎは）なり黒田氏（くろだし）の作中（さくちう）にも亦（ま）た此欠点（このけつてん）あり彼（か）の昔話（むかしばなし）とか云（い）ふ大作（たいさく）を以（もつ）て例（れい）せバ緑葉（りよくえふ）の間（あひだ）に紅葉（もみぢ）の見（み）ゆる様（さま）なども一寸見（ちよつとみ）れバ山火事（やまくわじ）でもあるかの如（ごと）くにて見栄（みば）え宜（よろ）しからず、人物（じんぶつ）の顔色（がんしよく）の黒（くろ）ずみ居（を）るハ田舎者（ゐなかもの）を写（うつ）したりとせバ尤（もつとも）なるも芸者（げいしや）の顔（かほ）にまでも黒（くろ）き隈（くま）のあるハ心得（こゝろえ）ず黒田氏（くろだし）の昔話（むかしばなし）に在（あ）る人物（じんぶつ）も亦（ま）た煤（すゝ）ボケ居（を）るのみか顔（かほ）に情（じやう）の写（うつ）り居（を）らざるハ遺憾（ゐかん）なり、人情（にんじやう）を写（うつ）したる画（ぐわ）としてハ黒田氏（くろだし）の作（さく）よりハ鉛筆画（えんぴつぐわ）ながら北連蔵氏（きたれんざうし）の葬式（さうしき）の図抔（づなど）ハ上出来（じやうでき）の方（はう）なり、尤（もつと）も多（おほ）くの列品中（れつぴんちう）にハ上出来（じやうでき）のもの少（すく）なからざるべしと雖（いへ）ども何分大作（なにぶんたいさく）とてハ数（かぞ）ふる程（ほど）にてアトハ小（せう）なるものゝみなれバ眼（め）にとまるもの少（すく）なきぞ遺憾（ゐかん）なる兎（と）に角其大作（かくそのたいさく）たる点（てん）より見（み）るも黒田氏（くろだし）の昔話（むかしばな）しを場内第（ぢやうないだい）一に推（お）さざるを得（え）ず欧洲人（おうしうじん）の筆（ふで）に成（な）れる出品（しゆつぴん）も十数枚見受（すうまいみう）けたれど白耳義（べるぎー）の某氏（ばうし）の牡丹園（ぼたんゑん）の図（づ）の外（ほか）ハ感（かん）ずるに足（た）るものなかりき此牡丹園（このぼたんゑん）の図（づ）も大風（おほかぜ）のアトの如（ごと）く花（はな）の様乱脈（さまらんみやく）なるハ見苦（みぐる）しく覚（おぼ）ゆ |
目次 |
戻る 
進む 