| 鑑賞家（かんしやうか）にもあらず、見巧者（みがうしや）にもあらず、況（ま）して批評（ひひやう）などのなるべき際（さい）にハあらざれども、たゞ素人見（しろうとみ）の夫（そ）れともなく、思（おも）ひ出（い）づ事（こと）のあるに、読売（よみうり）の紙上（しじやう）に共進会音楽会（きようしんくわいおんがくゝわい）などの評（ひやう）、とりどりなるを見（み）て、素人（しろうと）のわれも一つ試（こゝろ）みんと、うかうかと誘（さそ）はれて、こゝに白馬会（はくばくわい）の事（こと）を記（しる）すこゝとハ定（さだ）めぬ。素（もと）より評（ひやう）など言（い）ふにあらねバ、誤（あやま）りたる節（ふし）あらバ、只管（ひたすら）に謝（しや）せんのみ。＠アンプレシヨニストと云（い）ひ、新派（しんぱ）と云（い）ひ、紫派（むらさきは）と云（い）ひ、欧洲（おうしう）にても最近（さいきん）の画界（ぐわかい）に、新（あら）たなる着想（ちやくさう）と新（あら）たなる着色（ちやくしよく）とを以（もツ）て、新機軸（しんきぢく）を出（いだ）したる此派（このは）なれバ、自から気焔盛んに青春の気の溢れたるハ、観（み）るものゝ眼（め）を喜（よろこ）ばす処（ところ）なり。去年（きよねん）この会（くわい）の展覧会（てんらんくわい）あるや、カンヴァスに紫（むらさき）の汁（しる）を投（な）げつけたる、風刺画（ふうしぐわ）をものしゝ人（ひと）ありしが、當時（たうじ）の白馬会（はくばくわい）の画（ぐわ）にハ多少（たせう）さる趣（おもむき）もありしが如（ごと）くなりしも、今年（こんねん）の画（ぐわ）ハ著（いちじる）しく進歩（しんぽ）して、素人眼（しろうとめ）にも可笑（をかし）きハ絶（た）えてなし。察（さツ）するに彼（か）の新派（しんぱ）が得意（とくい）とする、南欧的絢瀾（なんおうてきじゆんらん）の着色（ちやくしよく）ハ、これを潤色（じんゆしよく）されずバ、わが邦人（はうじん）の眼（め）と喜（よろこ）ばすに足（た）らざるものあるべし、この自然（しぜん）の力（ちから）ハ今年（こんねん）の画（ぐわ）をして、多少趣（たせうおもむき）と替（か）へしめしか。この画堂（ぐわだう）に入（い）りて素人（しろうと）の眼（め）に嫌（あきた）らぬ節（ふし）一つあり。夫ハ凡て画の単調なるにあり。去年（きよねん）の画（ぐわ）に黒田氏（くろだし）の「登つて下る道」とか云（い）へるありし。人（ひと）の注意（ちうい）を惹（ひ）きし佳作（かさく）と見（み）えしが、今（いま）この画堂（ぐわだう）の山水画（さんすゐぐわ）を見（み）るに、概（おほむ）ねこの種（しゆ）の光景（くわうけい）を取（と）れるものゝ如（ごと）きを見（み）たり。一條の道ありて、其処に河あり、後景に立ち木を見せたるが、慣用の光景なり。海岸（かいがん）の景（けい）も数多（かずおほ）くありたれど、大抵ハ一様（やう）の趣（おもむき）にて、全画堂大方一人の手若くハ想になれりしかと、疑はゞ素人にハ疑はるべし。この派（は）の成立日未（せいりつひいま）だ浅（あさ）くして、深（ふか）く究（きは）むる暇（いとま）なき為（た）めか。自然（しぜん）の観察（くわんさつ）ハ力（つと）めて広（ひろ）くすべきにあらずや。＠黒田氏（くろだし）が裸体画（らたいぐわ）ハ評判高（ひやうばんたか）きものなり。中（なか）なるハ感と云ひて、Ｉｍｐｒｅｓｓｉｏｎの意（い）、右（みぎ）なるハ智と云（い）ひてＩｄｅａｌ、左（ひだり）なるハ情と云（い）ひてＲｅａｌの意（い）なりとか。訳語穏（やくごおだや）かならぬ感（かん）あり。飾（かざ）り装（よそほ）ひの余地（よち）なき裸体（らたい）を素人（しろうと）の見（み）るに、其（そ）の悪感（あくかん）を起（おこ）さしめざる丈（だ）けにても、既（すで）に手腕（しゆわん）の大（だい）なるハ知（し）らるべし。この画（ぐわ）の精（くわ）しき巧拙（かうせつ）の論（ろん）ハ、素人（しろうと）の説（と）き得（う）る処（ところ）ならねど、今（いま）一言見事（げんみごと）なりとハ言（い）ふに躊躇（ちうちよ）せざるべし。たゞ西洋（せいやう）の画帖（ぐわてふ）に屡々見（しばしばみ）るものとハ、大（おほ）いに見劣（みおと）りのせらるゝを覚（おぼ）ゆるのみ、わが解（げ）せざる処（ところ）ハ、指端其他（したんそのた）に赤（あか）き肉色（にくいろ）をさしたる事（こと）なり。裸体（らたい）にもかゝる事（こと）するものか。甞（かつ）て読売（よみうり）の紙上（しじやう）に臀部（でんぶ）の大（おほ）きなるを言（い）ひし人（ひと）あり、如何（いか）なる理由（わけ）か。美術（びじゆつ）の上（うへ）にてハ、或（あるひ）ハ自然（しぜん）より長大（ちやうだい）になし、或（あるひ）ハ短少（たんせう）にする事常（ことつね）なるに、これ視感上（しかんじやう）やみ難（がた）き処（ところ）たるなり。猶先年氏（なほせんねんし）が裸体画（らたいぐわ）の出（い）でし時（とき）ハ、倫理体裁（りんりていさい）の論議盛（ろんぎさか）んに行（おこな）はれ、攻撃（こうげき）の声四方（こゑしはう）に起（おこ）りしに、今（いま）ハ闃（げき）として音沙汰（おとさた）もなし。當年（たうねん）ハ不倫（ふりん）にして、今（いま）ハ可（か）なるか、囂々（がうがう）たる俗声（ぞくせい）の頼（たの）みがたきハ斯（か）くの如（ごと）し。大膽（だいたん）なる黒田氏（くろだし）ハ力抜（ちからぬけ）のしたる事（こと）なるべし。＠黒田氏（くろだし）の画（ぐわ）にて、裸体画（らたいぐわ）に次（つ）ぎて誰（た）れも注目（ちうもく）するハ、「秋草」の美人（びじん）と「避暑」の美人（びじん）となるべし、二つとも素人（しろうと）の好（この）む処（ところ）なるが、何（いづ）れかと言（い）はゞ、素（もと）より避暑（ひしよ）の方（はう）を撰（えら）むべし。さる専門家（せんもんか）の曰（いは）く、紫（むらさき）の衣裳（いしやう）に同（おな）じ色（いろ）の帯（おび）にて、而（しか）もこれを紫（むらさき）の色（いろ）したる萩（はぎ）の間（あひだ）に立（た）たしめて、猶（な）ほよく人（ひと）の注意（ちうい）を惹（ひ）くハ、画家（ぐわか）の手腕（しゆわん）のある処（ところ）なりと。国民新聞の評者もこれと寸分違（すんぶんたが）はず符節（ふせつ）を合（あ）はせたるが如（ごと）きことを云（い）ひたるハ、さすがに見巧者（みがうしや）なり。左れど素人の観たる処は異れり。画家（ぐわか）が苦心（くしん）と手腕（しゆわん）とハ左（さ）ることながら、其（そ）の着意（ちやくい）に於（おい）て秋草ハ避暑に劣（おと）れるが如（ごと）し、かの婦人が容貌風姿ハ、秋草の間に置くべきにあらず、秋草（あきくさ）の間（あひだ）に置（お）かん程（ほど）のものハ、風姿繊巧（ふうしせんかう）、露（つゆ）にも堪（た）えざる如（ごと）き人（ひと）なるべきに、かの姿（すがた）ハ心強（こゝろつよ）く気昂（きあが）れる方（かた）なり。秋草（あきくさ）ハこの点（てん）に於（おい）て既（すで）に誤（あやま）れる処（ところ）あるが如（ごと）し。これに反（はん）して、夏の納涼の勢盛なる日にハ、かれまことに恰好なる姿なり。＠湖畔（こはん）の避暑（ひしよ）にハ尤（もつと）も適（てき）したり。この後景（こうけい）との対照（たいせう）の理由素人（りいうしろうと）の好（この）む処（ところ）なり。凡（およ）そ人物（じんぶつ）を天景（てんけひ）の間（あひだ）に置（お）かんとならば、先（ま）づ其（そ）の処（ところ）を撰（えら）ぶべき必要（ひつえう）あり。素人（しろうと）ハかの姿（すがた）のよく避暑（ひしよ）に適（かな）ひたるを以（もツ）て、かれを棄（す）てゝこれを取（と）れるなり。＠久米氏のハさすがに皆佳作（みなかさく）なれども、これとて特（とく）に記（しる）すべきもの、今年（こんねん）のにハ、素人眼（しろうとめ）に見（み）えざれバ、暫（しばら）く記（しる）さず。＠和田氏ハ青年（せいねん）のうちにて尤（もつと）も技倆（ぎりやう）ある画家（ぐわか）なり。数（かず）の多（おほ）きも堂中第（だうちうだい）一なり。云（い）ふまでもなく、其（そ）の卒業画（そつげふぐわ）なりと云（い）ふ、『渡頭の夕暮』ハ傑作（けツさく）なるべし。夕（ゆふ）ぐれの空（そら）の色（いろ）、河辺（かはべ）の景色（けいしよく）、農夫等（のうふら）が渡（わた）しまつまの姿（すがた）、頗（すこぶ）る巧（たく）みなり。和田氏が筆ハ天景に勝りて、人物に拙なるが如くなれども、この画に於てハ、人物中々に其の平生と趣を異にせり。かの黒田氏（くろだし）が『小督』を見（み）てハ、見劣（みおと）りこそすれ、堂中黒田氏久米氏（だうちうくろだしくめし）の画（ぐわ）の外（ほか）、これに及（およ）ぶものなし、且（か）つこの画（ぐわ）の誰（だ）れが眼（め）にも夕（ゆふ）ぐれと見（み）ゆるを、後（のち）の安藤氏（あんどうし）が『港（みなと）の朝（あした）』の朝（あさ）とも夕（ゆふ）とも見（み）ゆるに比べてハ一段（だん）の優技（ゆうぎ）ありと云（い）ふべし。＠安藤氏の『港の朝』ハ大作（たいさく）なれども、曖昧（あいまい）なるものなり。画題（ぐわだい）を見（み）ずバ、朝夕（あさゆふ）の差付（けじめつ）けがたし。空（そら）の色夕（いろゆふ）ぐれにも紫色（むらさきいろ）を帯（お）びたるあり。黄色（きいろ）の用（もち）ひ方（かた）にても注意（ちうい）したらんにハ良（よ）かりしに。＠藤島氏がチョーク画（ぐわ）ハ『池畔（ちはん）の納涼（のうりやう）』と云（い）へる題（だい）なりしが。画面（ぐわめん）の大（だい）なると、画中（ぐわちう）の美人（びじん）とハ、大方（だいほう）の注意（ちうい）を惹（ひ）ける処（ところ）なるべきか。かの美人（びじん）を外（ほか）にしてハ、見（み）るべき処少（ところすく）なく、形（かたち）のみ大（おほ）いにして、与（あた）ふる処少（ところすく）なきやに覚（おぼ）えたり。併（しか）しながらかの美人（びじん）の夫（そ）れ程（ほど）に注意（ちうい）を惹（ひ）けるハ、夫（そ）れだけ画家（ぐわか）の手腕（しゆわん）のあれバなる事（こと）、疑（うたがひ）を容（い）れず。＠猶（な）ほこの外（ほか）湯浅氏北氏などのに、素人（しろうと）にハ面白（おもしろ）きがありたれど長（なが）きに亘（わた）れば略（りやく）す。＠文（ぶん）を学（まな）ぶにハ、可成的（なるべくまと）纏りたる長篇（ちやうへん）を試（こゝろ）むべしとか。今画（いまぐわ）を見（み）たるに、同（おな）じ想（おもひ）ありき。天然（てんねん）の一端（たん）を写（うつ）したるが如（ごと）き小（ちいさ）きのにハ、如何（いか）に巧（たく）みなるも、真（しん）の技倆（ぎりやう）を見（み）がたし。小（ちいさ）きが多（おほ）からんよりハ、一つ二つにても纏（まとま）りたる大（おほ）きなるがある方勝（かたまさ）れり、和田氏（わだし）の如（ごと）き数（かず）ハ多（おほ）けれど、注目（ちうもく）せしむるハ渡頭（とゝう）の夕暮（ゆふぐれ）に限（かぎ）れり、新聞紙（しんぶんし）の報（ほう）ずる処（ところ）に依（よ）れバ、安藤氏（あんどうし）の港（みなと）の朝（あした）ハ仏蘭西博覧会（ふらんすはくらんくわい）に出品（しゆツぴん）さるべしとか。氏（し）が誉（ほま）れハわれ人（ひと）の共（とも）に祝（いは）ふ処（ところ）なるが、左（さ）りとて審査官（しんさくわん）ハ此（こ）れに勝（まさ）りたる和田氏（わだし）のを何故（なにゆゑ）に取（と）らざりしか。安藤氏の拙なるにハあらざるべきも、和田氏の方誰れが眼にも勝りて見ゆ。これハ画界の消息を知らざるやかて素人の判断なるか。＠妄言多罪（ぼうげんたざい） |
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