| 構成（コムポジシヨン）＠黒田清輝氏筆むかしがたり下絵（したえ）（二二） 只（ただ）見る枯骨稜々（ここつりやうりやう）たる一老僧あり眉（まゆ）を昂げ手を動（うご）かして熱心に物語る之を囲（かこ）んで静かに耳を欹（そばた）つるは一の嫖客（へうかく）と之が伴（ともな）へる舞妓歌媛なり抑（そも）此老僧何をか語（かた）れる傍（かた）へなる者亦（また）何をか聴ける此老僧（ろうそう）の態度と掻集（かきあつ）めて焚かれたる紅葉（もみじ）と後方遠く見らるゝ御陵（みさゝぎ）とによりて観客（くわんかく）は相ちに之を推（すゐ）せらるゝなるべしこは洛東（らくとう）紅葉の名所清閑寺（せいかんじ）の境内にして御陵（みさゝぎ）は実に高倉帝の静（しづ）かにいます所なりされば其昔此帝（このてい）の御代とかよ弾正（だんじやう）の大弼（だいひつ）仲国は小督の局（つぼね）が行へをば尋（たづ）ねて参（まゐ）らせではやとの御詔（みことのり）に寮の御馬給（たまは）つて明月に鞭（むち）を挙（あ）げ西をさしてぞあゆませける程に嵯峨（さが）の奥のかたをり戸（と）したる内に琴（こと）をぞひきすさまれたるあり少（すこ）しもまがうべうも無く小督の殿（との）の爪音（つまおと）併も想夫恋（そうふれん）の楽（がく）なりければ仲国（なかくに）もこしよりやうでをぬき出して暫（しば）し吹（ふ）きならしやがて君の御詔（みことのり）を伝へんとするむかしがたりしかも此古寺（こじ）の縁起（えんぎ）をば説き示（し）めせる図なるは疑（うたが）ふべくもあらず此老僧（らうそう）がむかしがたりは聴（き）くものらに如何（いか）なる感をや与へけん老僧に最（もつと）も近く立てる舞妓は最も熱心（ねつしん）に余念なく聞（き）き惚（ほ）れ此れが傍に蹲踞（そんきよ）したるは煙管（きせる）を弄びながら老僧が顔（かほ）を見詰（みつ）めたり嫖客と之と相携（あひたづさ）へたる歌媛とは聞（き）つゝも猶ほ其他（そのた）に何事か相想（あひおも）ふ所あるが如し画家（ぐわか）が其作画の上に正（ただ）しき遠近法を保（たも）たるゝと共に又見（み）るべからざる感情（かんじやう）の遠近法をさへ示（しめ）されたるは面白（おもしろ）しとやいはん殊にフト何事（なにごと）をか語れるとて耳欹（そばだ）てながら通り過（すぎ）んとする草篭負（くさかごお）ひたる一少女を画かれたるが如きは我等（われら）只々感服（かんぷく）するの外（ほか）なし此画（ぐわ）をなさんが為め氏が歳余（さいよ）を費やして準備（じゆんび）せられたる其下絵（したゑ）は木炭画油画（あぶらゑ）数十葉に至り此大作（たいさく）の下絵と共に壁上（へきじやう）に掲げられたり其苦心（くしん）想ふべく又其成技（せいぎ）期して待つべきなり＠安藤仲太郎氏東寺（とうじ）（五四） 暮靄罩（こ）めたるは東寺の塔（たふ）なるべし麦畑にやあらむ畦畝の并行（へいかう）せるが塔の方に向ひて真直（まつすぐ）に走りたる右の方より斜（なゝめ）に遠山のほの見えたる左側（さそく）に枯れたる雑木（ざつぼく）が一叢をなせるよく其主眼（しゆがん）なるものを助けて布置（ふち）頗る穏（おだや）かなり殊に頭上に横はれる一抹（まつ）の黒雲は構成（コムポジシヨン）の点に於て重（おも）きをなせるのみならず其内（そのうち）に言ふべからざる深意（しんい）を含（ふく）めるあるを見る画家（ぐわか）の観察眼は常（つね）に斯くありたきものにこそ＠和田英作氏の麦の秋（九八） 満目黄（まんもくき）ばみたる麦畑なり其が中央（ちうわう）直ちに貫ぬきたる一小径（せうけい）は遠く黒みたる杉の木立（こたち）に至つて止（や）む曇れる空も遠景（ゑんけい）も青々したる草（くさ）も色づきたる畑（はたけ）も草さへ生へむ小径（こみち）も皆よく其性状（せいじやう）を願はせり殊に踏（ふ）み固（かた）めたる地盤は頗る堅固にして心安く歩行（ほかう）するを得るが如き感（かん）あり一の動物（どうぶつ）を見る無く併も人をして不可言（いふべからざる）の妙味を覚えしむるものは無邪気（むじやき）に着実に、誠実に自然（しぜん）を研究せられたる結果（けつくわ）なるべし＠小代為重氏の浜辺（はまべ）の砂原（さげん）（一一二） 夏日酷烈（こくれつ）なる日光に曝（さら）されたる砂原を写（うつ）されたり地平線（ちへいせん）を高く図の上部に置き図面は一望砂原（ぼうさげん）を画(ゑが）き其中央少しく右方に裸体（らたい）の男児が板子持（いたごも）てるを点ぜられたるは頗る面白（おもしろ）し＠湯浅一郎氏の佃島夕陽（つくだじませきやう）（一八六） こも水平線（すいへいせん）を高く図面の上部に置けり空（そら）を多く画（ゑが）かず水面に映（えい）じたる其影（かげ）を以て之が説明を試（こゝ）ろみられたるは新奇（しんき）なり＠久米桂一郎氏の夏の村落（そんらく）（九二） 山腹は満目（まんもく）の雑木なり山間にはさゝやかなる村落（そんらく）あり遥（はる）かに目を放（はな）てば一帯の遠山（ゑんざん）を見る村落の中央に鐘塔（しやうたう）あり蓋し由緒（ゆちよ）ある古刹（こさつ）なるべし其左右点々赤（あか）き瓦（かはら）もて葺（ふ）きたる屋背（おくはい）の見ゆる画の構成上（かうせいぜう）前景と遠景との調和を得て頗る穏當（おんたう）なり〔未完〕
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