1901(明治34) 年3月20日
三時二十日 水 雨 (欧洲出張日記) 朝府庁 昔時の政庁を見 午後公使館 ヴアン・デル・スタペン氏をウヰツマンと共にたづねウヰ方にて夜食 十二時十五分頃帰り一時頃までEdと話
本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
三時二十日 水 雨 (欧洲出張日記) 朝府庁 昔時の政庁を見 午後公使館 ヴアン・デル・スタペン氏をウヰツマンと共にたづねウヰ方にて夜食 十二時十五分頃帰り一時頃までEdと話
三月二十一日 木 晴 (欧洲出張日記) 九時半頃久 佐に逢ふ 久は十時二十分の気車で巴里へ帰る エドと佐と公使館へ行 一時二十九分武府を去る
三月二十二日 金 ベルリン (欧洲出張日記) 伯林へ八時頃着 ホテル・ベルヴユ 美術館を見公使館へ行く 巖谷を訪ひ一緒に散歩し市中を見る 夜和独会へ行く
三月二十三日 土 晴 (欧洲出張日記) 朝巖谷とフヰツシヤを訪ひ食後久 巖と新海を訪ふ フヰツシヤ方夜食
三月二十四日 日 (欧洲出張日記) 朝十一時前新海来 フヰツシヤ来 昼めしは日本婆方にてやる 夜九時半の汽車で立つ 巖 新に送らる
三月二十五日 月 雨 夜雪 (欧洲出張日記) 朝七時頃コロニユ着 九時過同処潑 四時頃巴里着
三月二十六日 火 曇 夜雪 (欧洲出張日記) 朝九時半頃起 朝めしは昨夜の残物で済ませ二時頃煙草屋で佐と渡辺千冬氏とめし 岡田も一寸寄る 公使館へ行き内へ帰り片着を為す 夕飯は内でやる 久保田 岡田と三人也 三田三郎氏 和田 中丸等夜話に来る 佐は久米の処に行き八時過帰る 久 岡と二時頃まで話す
三月二十七日 水 雪 (欧洲出張日記) 朝十時頃起 マルセル来 佐と三人でボアンゲングラ・レストラン・アングレで昼飯 帰路銀行へ行 後久米を訪 三時頃也 cévoli 町にてめし 食事前後荷造屋掛合に行く 又食前タナグラ屋にも行く 久 佐ハ芝居へ僕ハ十時頃帰宅
三月二十八日 木 雪 (欧洲出張日記) 朝大理石屋北村来 佐と煙草屋にて食事 後ホテル・ドウヒル サンミセル等へ買物に行く 夕方小林氏来て夜 Théâtre Français 一時頃帰宅
三月二十九日 金 晴 (欧洲出張日記) 朝婆が洗濯物持参 タナグラ届く 久保と内で食事 後石膏屋写真屋絵具屋等へ行く 又佐と買物にボンマルシエ 夜話 小林 中丸 久保田 岡田 佐野
三月三十日 土 晴 (欧洲出張日記) 仕立屋来 午前石膏物油画等を出す 朝かたづけ物 矢部氏 北村氏来 夜Soufflot及エシヨリエ行
三月三十一日 日 雨 (欧洲出張日記) 午前荷ごしらへ 午後 Gaillard 氏来 久米とフオトネへ行く 夜内で皆とお別れのめし 久保ト久米 小 佐 中 岡 和 等也