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国際交流と和紙

日本は様々な形で国際貢献・支援・協力・交流などをしてきました。(ここではこれらをまとめて国際交流と呼ぶことにします。)国際交流は、どのような形であれ、どのように国に対してであれ、日本が得意とする分野で行われることが多いと思います。その得意分野の一つに和紙[i]があります。

それでは和紙はどのように国際交流の場で活躍してきたのでしょうか?それを順に紹介していきます。

文化交流での和紙

中国で発明された紙は、朝鮮半島を通って日本に到達し、そこで独自の発展を遂げます。一方で、西に向かい中央アジア、中東、アフリカ北岸を通り欧米へと広がった紙があります。このように世界中に紙はありますが、独自の発展を遂げ、しかも比較的古い製法がそのまま残っている和紙は、海外から見れば独特な異文化であり、興味の対象となります。この独特な紙をネタに交流を行います。

今も世界のどこかで日本の手漉き和紙職人さんが、紙を漉くデモンストレーションをしたり、現地で紙漉き体験の指導をしたりしているかもしれません。

和紙の技術移転

製紙を産業としてみた場合、ティッシュペーパーのような衛生用品、筆記用紙・印刷用紙、段ボールなどの梱包材料など、実用品としての紙は安くて均質で大量生産が望まれるので機械抄きに目が行きがちです。一方で手漉きは手間がかかる割に需要が少なく産業としては成り立たないといわれます。しかし利点もあります。実は製紙は、手漉きであれば原料となる繊維、水、それらを入れる大き目の容器、そこから繊維を漉しとるふるいがあれば行えます。手間はかかりますが、特殊な装置も、高価な仕掛けも必要ありません。そこで、現地手に入る原材料や機材を使用して紙を作る技術を現地の人とともに考えることで、大規模な投資をすることなく、特に産物のない地域であっても産業をもたらすことができます。

現地にある伝統のデザインや特産品で装飾することで付加価値を与えた紙は、工芸品、お土産品として販売することができます。

文化財修復材料としての和紙

最後になりましたが、これが当研究所の仕事としては最も関係が深い内容です。日本は高温多湿で、紙など有機材料の保存には決して適しているとは言えない環境です。それにもかかわらず日本にはたくさんの紙文化財が美術品、歴史資料などとして残っています。そこには、紙を残すノウハウがありました。例えば、掛軸、巻子、屏風絵、襖絵、和本などです。日本の平面美術品は紙や絹などに描かれたあるいは書かれたものです。そのままでは、薄く、柔らかくて、保存にはもちろん、使用するのも難しいものです。掛軸、巻子、屏風などの形に表装[ii]されて初めて使用したり保存でき、かつ、後世に伝えることができます。この表具には紙が必要不可欠です。そのため、表装に従事する人は和紙使いのエキスパートでもあります。このような技術のうち特に文化財の保存修復に特化した技術を装潢修理技術[iii]と呼びます。この和紙と装潢修理技術の組み合わせは、日本のような紙の保存に向いているとは言い難い環境で、数百年場合によっては千年以上昔の紙文化財を現在まで残すことを可能にしてきました。そのような事実から、和紙は随分と以前から海外でも注目され、現在ではなくてはならない文化財の保存修復材料として認知されています。その一方で、和紙は日本特有のものですから、海外で正しい知識やその利用技術である装潢修理技術を身につけるはとても困難です。そのため世界中の文化財保存修復技術者から、和紙や装潢修理技術に関する技術移転を求める声が多く寄せられています。これに応じて、当研究所でも研修やシンポジウム、出版などで技術の移転、情報の共有を行っています。

このように、日本に特有のものである和紙が、その特性を生かして国際交流の場で活躍しています。

(加藤雅人)

トップ画像(仮):紙本・絹本文化財の保存修復に関するワークショップ(ドイツ・ベルリン)


[i] 和紙という言葉は西洋から機械抄きの木材繊維紙やその製法が入ってきたときに、それらと区別するために既存の紙につけられた名称で、その意味するところが広いため、ある意味曖昧です。(西洋から入ってきた紙には洋紙という名前が付きました。)実は、科学者である筆者は明確な定義のない「和紙」という言葉の使用を、誤解を招きかねないという理由で、できる限り避けるようにしています。「和紙」という言葉に興味がある方は、まず客観的な国語辞典やJISで調べてみてください。その後、Webなど、それぞれが個人の思いで書いている和紙の意味を見てください。人によっていかにその意味するところやニュアンスが異なっているかが分かると思います。
[ii] 表具、装潢などとも言います。仏教の経巻を表装する人は経師と呼ばれていました。
[iii] 日本には、選定保存技術という、世界でも珍しい文化財を保護する国の制度があります。選定保存技術は「文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能で保存の措置を講ずる必要があるもの」とされています。例えば、歌舞伎の役者さんは歌舞伎を演じる技術を持っているということで重要無形文化財の技術保持者、いわゆる人間国宝になります。しかし、役者さんだけでは歌舞伎は上演できません。特殊な鬘(かつら)、小道具、衣装などを作ったり維持管理する人も必要です。このように、文化財の周辺にあって、必要不可欠な技術が選定保存技術に選ばれます。掛軸、屏風絵、和本などの修復を行う専門技術もこれらの文化財を後世に残すために必要不可欠な技術として「装潢修理技術」に選定されています。

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