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AI美空ひばりから考える文化財保存の未来

年始早々、NHK紅白歌合戦に出場したAI美空ひばりが話題になりました。中には「賛否両論」と評する記事もありましたが、インターネット上では批判的な声が大半をしめていて「侮辱」や「冒とく」となじる辛辣な意見もすくなくありません。いっぽう、その内容をつらつら拝見していくと、その反応の根幹にあるものはどうやら私たちがなりわいとする文化財のあり方とも無縁ではなさそうです。そこで、ここでは一視聴者としての感想はさておき、私が日々関わっている文化財建造物の視点から、AI美空ひばりが文化財の世界にどのような問題を提起しているのか考えてみたいと思います。

AI美空ひばりは、最新の人工知能(AI)による映像と音声の合成技術を駆使して、現代に歌手美空ひばりの歌唱を忠実に再現しようとしたNHKのプロジェクトです。紅白歌合戦のステージだけみれば、文化財の立場からは一種の模作であって、価値そのものに関わりのないことと距離をおくこともできそうです。しかし、美空ひばりのキャリアとしてみれば、文化財の修復に似た要素を多分にふくんでいて、その価値に直接関わる問題をはらんできます。実際、このプロジェクトの肝である秋元康氏が書きおろした新曲を歌うという点からは、単なる一ステージをこえて、歌手としての全体像の中に位置づけようとする制作者の含意が強く感じられます。銅像やロウ人形、はたまた伝記映画やモノマネなど何らかのかたちで故人を模倣すること自体は珍しくなく、たいていは議論にもならないことを踏まえると、多くの人がAI美空ひばりを故人のキャリアを創造した勝手な所業としてとらえたことが、拒否反応の根底にあると思われます。

では、プロジェクトでは彼らが思いえがく美空ひばりを作為的につくり出そうとしていたのでしょうか。NHKがプロジェクトの詳細を放送した番組「AIでよみがえる美空ひばり」をみれば、技術者がいかに想像によらない科学的な手法で美空ひばりの歌唱を再現するかに苦心したかがよくわかります。少なくとも技術的には創造的な要素を徹底して排除し、慎重かつ厳正に声色や表情、仕草の特徴をよみがえらせようとしており、まさに文化財の復元の理念に通じるものがあります。また、一部の人間が独善的にプロジェクトを進めたのかといえば、そうではなく、美空ひばりの親族や交流があった人々など様々な関係者を取りもちながら、時間をかけて取りくむ様子が印象に残ります。つまりプロジェクト自体はまぎれもなく質の高い真摯な仕事であって、関係者の間では十分なコンセンサスがあり、番組全体から制作者の自信のほどがうかがえるのです。もしプロジェクトの対象が美空ひばりでなく、例えば明治時代に活躍した芸能人であったなら、それほど批判をまねくこともなかったのではないでしょうか。現代の人気歌舞伎役者とAI技術で精巧に復活した明治希代の歌舞伎役者が共演をはたせば、その発声や動作の確からしさが評判を呼ぶかもしれません。そう考えると、AI美空ひばりに対する批判が提起しているのは、プロジェクトの方向性や質の問題ではなく、美空ひばりという歌手に対して人々が抱いている価値観の問題といえそうです。

文化財を保存するということは、その言葉の響きとはうらはらに、対象そのものに多かれ少なかれ手を加えていく行為です。その中で復元というある種の創作的な行為が、特に保存環境を選ぶことができない建造物や遺跡といった不動産文化財の修復方法として、紆余曲折を経ながらも受容され、その正当性を高めようと科学的な根拠に基づく実証的な方向が追求されてきました。そして、その試みを支えてきたのは、いつの時代も文化財をよりよい姿にしていきたいという関係者の熱意です。

AI美空ひばりへの批判は、価値のよりどころによっては、科学的で客観的な方法や真剣な取りくみが必ずしも正当な結果をもたらすものではない、ということを示しています。多くの人々の心にある存在は、必然的にその価値が広く世間に共有されることになり、内輪の一面的な判断では選択をみあやまってしまう可能性が高くなるといえるでしょう。文化財もまた、国民が共有する文化的財産を広く保護する法の理念にしたがい、かつての古美術の逸品から人々により身近なものへと対象を徐々に広げてきた結果として、いよいよ従来の文化財的な価値判断だけでは立ちゆかない局面を迎えつつあるのかもしれません。かくゆう私も文化財の世界に閉じこもりがちな関係者の一人です。この機会に、AI美空ひばりを糸口として、その価値観をめぐる様々な人々の意見に耳をかたむけていきたいと思います。

(金井健)

トップ画像:東京・高幡不動の楼門(室町時代)。
建築途中で工事が中断したとみられる二階部分が昭和35年の修復時の調査研究によって復元されました。
      向かって左が修復前、右が修復後。『重要文化財金剛寺修理工事報告書』(1960年)より。

関連リンク:NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」

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