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世界遺産委員会はどんな会議なのか

今や国内で「世界遺産」を知らない人はほとんどいないと思いますが、一方でその内情は驚くほど知られていません。「無形遺産」や「世界の記憶」と世界遺産を混同している人は少なくありませんし、世界遺産が世界遺産委員会という会議で決定されることはともかく、誰がどのようなかたちで決めているのかについて明確なイメージをお持ちの方は少ないと言ってよいでしょう。というわけで、ここでは世界遺産委員会がどのようなものなのかについてお話ししたいと思います。

世界遺産委員会に集う人々

世界遺産委員会は年に一回、およそ6月から7月にかけて2週間弱の会期で行われます。その規模は大きくなる一方で、正確に数えたわけではありませんがおよそ1000人規模の会議になっています。会議の中核をなす参加国・機関は、世界遺産条約に参加している国から選挙で選ばれた21カ国の委員国、事務局(ユネスコ・世界遺産センター)及び助言機関(ICOMOS、IUCN、ICCROM)です。委員国には6~10程度の座席が用意されていますが、参加人数は国によって様々です。事務局からは、壇上に座っている世界遺産センター長を始め大勢参加していますが、そのほとんどは裏方として奔走しており、議場の中では目につかないこともあります。

もちろん、委員国になっていない締約国からも大勢の参加があります。特に近年では、新規に世界遺産に記載される際には地元からも大勢の参加者が来る例がしばしば見られます。また、世界遺産や文化遺産の保全に関わる専門家も多く参加し、最近ではNPOからの参加者も目立ちます。

世界遺産条約では、英語と仏語が公用語とされており、資料は各国が提出するものを除いて全てこの2ヶ国語で準備されます。当然会議での発言はこのいずれかということになるのですが、近年ではスペイン語やアラビア語の同時通訳も入ることもあります。これらは、その言語を母国語とする国が資金提供して実現しているのですが、発言の記録としては英語あるいは仏語のいずれかで残すことになります。毎回、会議の冒頭で公用語以外での発言の場合は英仏いずれで記録を残すのか希望を言うように、と議長から指示があるのですが、見事に忘れられるのが通例で、きちんと指定するのは一人か二人です。

会議資料は、現在では全てWEB経由で配布され、特殊な場合を除いては紙では配られません。かつては紙で配布されていたのですが、議事進行に配布が間に合わなかったり、何よりも絶望的な重さで持って帰るのも一苦労でしたのでありがたい限りです。ただし、国によってはインターネット環境が整っていないところもあるはずで、そうした国ではかなり苦労しているかもしれません。

何れにしても、現在では登録に至らなかった資産の推薦書などを除いてほぼ全ての資料を誰でもダウンロードすることができ、しかも会議の映像もYouTubeで見ることができますので、資料の公開という点ではほぼ100点に近い状況といえるでしょう。もちろん、会議資料を読んでも、その背景を理解して場合によっては過去の資料に遡らないと内容を理解し難いということはよくありますが。

会議の進行と意思決定

このように、会議資料がきちんと参加者に行き渡るようになったことに加え、議場のスクリーンに必要な内容(資産の写真や議論の対象となる決議文)が明示されますので、参加者が「迷子」になることはほとんどないように感じます。一方で、議論の中身が世界遺産の価値や保全とはかけ離れたものになってしまっていることも事実です。かつては、助言機関と委員国の間でやりとりが進んでいくことが多かったのですが、現在では助言機関の発言はかつてほどは多くなく、議論のための材料を提示するというニュアンスが強くなってきています。

最終的に議決権を有するのは21カ国の委員国ですが、どちらかというとコンセンサスが重視され、多数決を取ることはあまり多くありません。ただし、コンセンサスを重視するか、ある程度議論が出尽くしたら多数決を取るか、という差配は議長によるところが大きく、議長の進め方次第で会議の雰囲気も大きく変わります。多数決は通常の挙手(国名を記したプレートを掲げる)と秘密投票(どの国がどのような投票をしたかわからない形での投票)があり、そのどちらになるかによって結果が変わることもあります。

それぞれの発言は、委員国かそれ以外かなどにより2分もしくは3分に制限されます。多少時間が伸びても大目に見られることがほとんどですが、スクリーンにタイマーが表示され、時間がくると音もなりますので、この制限は概ね遵守されています。かつては長い発言に会場がざわつくこともあり、さらに昔に遡るとユネスコでは数時間の大演説もあったようですが、そういった意味では「近代化」したというところでしょうか。こうした努力もあり、最近では夜遅くまで会議を延長することはなくなりました。

変わり続ける世界遺産

会議は昼食休憩(2時間程度)を挟んで進行しますが、この昼食時間にサイドイベントや作業部会が開催されます。こうした機会に、世界遺産のルールの変更などの議論が行われることも多く、気を抜くことができません。本会議場ではなく、サブ会合で物事の詳細が決まっていくというのは決して望ましい姿ではありませんが、現在の会議の規模を考えると、これもまた避けることのできない現実というべきでしょう。条約の枠組みがスタートしてから45年になろうとしている今、世界遺産どこに向かってゆくのでしょうか。

(西 和彦)

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