赤漆

「安拝常麻呂解」(『正倉院文書』)

撰述日

天平7年(西暦735年)閏11月5日

記事

謹解 申所盗物事
合壹拾参種
 麻朝服一領 葛布半臂一領 帛褌一要 麻糸抜一箇 帛被一盖
 紵悵一張 調布悵一張 被?一合 緑裳一要 靑裳一要 〓≪金偏+斗≫一面[枝継
 所管作、口左方均、右方於往〓、枝所継於中藁可挟入穴、] 赤漆真弓一枝[小ゝ削黑漆端] 幌二具
 右等物、六條二坊安拝常麻呂之家、以去八月廿八日夜所盗、注状以解、  
          天平七年閏十一月五日
            中宮職舎人少初位上中臣酒人宿祢久治良
            左大舎人寮少属大初位下安拝朝臣常麻呂
職符 東市司
 件所盗物 父以去八月廿八日申送如前
        大進大津連船人
        少属衣縫連人君

出典

『大日本古文書』1(634~635頁)(『正倉院文書』正集4)

「寫經請本状」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶6年(西暦754)7月28日

記事

外嶋院
  梵網経九卷
   一部黄紙 黑黄〓≪衣偏+票≫ 緋綺帶 黑漆軸
   一部黄紙及〓≪衣偏+票≫ 綵綺帶 白檀軸
   一部[上卷黄紙及縹 緑淡綺帶 赤漆軸 故 下卷黄紙及縹 紫淡綺帶 朱頂軸 新]
   一部黄紙及〓≪衣偏+票≫ 紫淡綺帶 黑漆軸
   一下卷白紙 黄〓≪衣偏+票≫ 綺帶 〓≪木偏+聖≫軸
以前経、付工石主、令奉請如件、
             天平勝寳六年七月廿八日上毛野君 粟 守 

出典

『大日本古文書』4(14頁)(『正倉院文書』続修42)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

  厨子壹口[赤漆文欟木古様作金銅作鉸具] 
    右件厨子、是飛鳥浄御原宮御宇
    天皇傳賜藤原宮御宇
    太上天皇、天皇傳賜藤原宮御宇
    太行天皇、天皇傳賜平城宮御宇
    中太上天皇、天皇七月七日傳賜平城宮御宇
    後太上天皇、天皇傳賜
    今上、今上謹獻
    盧舎那佛、

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内123頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

  赤漆欟木厨子一口
    右、百濟國王義慈進於内太臣(鎌足)、
   納物
「(附箋)見大四斤十四兩一分」犀角一具[重大五斤 二角連底 一角長一尺三寸 一角長六寸]
「(附箋)見大六斤十兩二分」白犀角一枚[重大六斤八兩 長三尺一寸七分 本径五寸五分]
    犀角一枚[重大三斤六兩 長二尺 本径五寸七分]
    斑犀角一枚[重大一斤十三兩二分 長七寸 本径五寸]
    白石鎮子十六箇[師子形八 牛形六 兔形二]
    銀平脱合子四合[各納棊子]

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内130頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

  御弓壹佰張
    梓御弓八十四張
     一張[長六尺九寸]
     一張[長六尺九寸七分]
     二張[長七尺二寸三分]
     二張[長七尺一寸八分]
     二張[長七尺一寸七分]
     三張[長六尺九寸一分 一末少曲]
     一張[長七尺一寸九分]
     一張[長七尺二寸六分 末節]
     一張[長七尺一寸五分]
     一張[長七尺五分]
     一張[長七尺六分]
     一張[長七尺一寸四分 末節]
     一張[長七尺三寸二分]
     一張[長七尺二寸]
     一張[長七尺三寸]
      右廿張、並赤漆樺纒黒紫組纒弓把、以羽莖捍箭十五張、紫袋緋
      綾裏、<「(附箋)五」>十張紫袋緑絹裏、  已上、納第一櫃、 

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内141頁~142頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

    一張[長七尺二寸七分 鹿毛漆 末弭継銅 目刺 紫皮纒弓把 名金<「(附箋)銅」>弭 錦袋緋綾裏]
     一張[長七尺四寸 色白 紫皮纒弓把 名佐伯 紫紬袋縹纈綾裏]
     一張[長七尺二寸 黒漆纒系 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺二寸一分 黒漆 処々樺<「(附箋)籐」>纒 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺一寸二分 背黒漆 腹赤漆 末曲 本曲節 黒紫組纒弓把]
     二張[長七尺三寸三分 一背黒腹赤洗皮纒弓把 一赤漆紫皮纒弓把]
     一張[長七尺九分 背黒 腹鹿毛漆 目刺 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺二寸二分 背黒 腹赤 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺五<「(附箋)七」>分 赤漆 本末纒樺 処々節 黒紫組纒弓把]
     一張[長七尺三寸 赤漆 紫皮纒弓把]
     二張[長七尺二寸四分 赤漆 紫皮纒弓把]
     三張[長七尺三寸一分 赤漆 一黄皮纒弓把 二紫皮纒弓把]
     一張[長七尺三寸四分 赤漆 黄皮纒弓把]
     二張[長七尺二寸五分 赤漆 一紫皮纒弓把 一黄皮纒弓把]
     一張[長六尺七寸九分 赤漆 末節 紫皮纒弓把]
      已上、納第三櫃、

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内144頁~146頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

    二張[長七尺三寸五分 赤漆 一紫皮纒弓把 一黄皮纒弓把]
     二張[長六尺七寸七分 赤漆 一本 紫皮纒弓把]
     三張[長七尺四寸六分 一赤漆紫皮纒弓把 一赤漆黄皮纒弓把 一背黒腹赤緑組纒弓把]
     一張[長七尺五寸 赤漆 黄皮纒弓把]
     一張[長七尺五寸四分 赤漆 黄皮纒弓把]
     一張[長七尺四寸九分 赤漆 黄皮纒弓把]
     一張[長七尺四寸七分 赤漆 黄皮纒弓把]
     三張[長七尺四寸八分 一赤漆 一鹿毛漆並目刺紫皮纒弓把 一赤漆黄皮纒弓把]
     一張[長六尺八寸七分 赤漆鮎皮斑 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺四寸 鹿毛漆 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺三寸六分 鮎皮斑 目刺 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺四寸 赤漆 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺四寸五分 鹿毛漆 紫皮纒弓把]
     一張[長七尺五寸七分 赤漆 洗皮纒弓把]
      已上、納第四櫃、

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内145頁~146頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

    一張[長六尺九寸一分 赤漆 処々纒糸 洗皮纒弓把]
     一張[長六尺九寸七分 黒斑 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺一寸 赤漆微彫如纒絃 腹斑 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺二守三分 赤漆纒樺籐 紫皮纒弓把]
      右〓≪よんじゅう≫二張、並臈纈袋緑絹裏、 

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内146頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

   槻御弓六張
     一張[長六尺六寸六分 纒樺籐 末曲 紫皮纒弓把 黄紬袋緋綾裏 大伴淡等]
     一張[長七尺 黒漆鮎皮斑 洗皮纒弓把]
     二張[長六尺九寸八分 一鹿毛漆鮎皮斑 一赤漆<「(附箋)見長七尺五分」>洗皮纒弓把]
     一張[長六尺五寸五分 赤漆 腹削 洗皮纒弓把]
     一張[長七尺二寸 黒漆 既纒糸 紫皮纒弓把 佐伯清麻呂]
      右五張、並臈纈袋緑絹裏、

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内147頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

阿恵御弓一張[長七尺五分 鹿毛漆 鮫皮斑 洗皮纒弓把 臈纈袋緑絹裏]
    檀御弓八張
     一張[長六尺三寸五分 赤漆 処々纒樺 緑組纒弓把]
     一張[長六尺八寸 赤漆鮎皮斑 洗皮纒弓把 坂上犬養]
     一張[長七尺三寸 赤漆鮎皮斑 紫皮纒弓把]
     一張[長六尺四寸六分 背黒 腹赤 処々纒樺 洗皮纒弓把]
     一張[長六尺三寸 赤漆斑 末二俣 布細縫纒弓把]
     一張[長七尺五分 黒漆 既纒糸 洗皮纒弓把]
     一張[長六尺八寸四分 赤漆 洗皮纒弓把]
     一張[長六尺五寸五分 黒斑 弓把上節三 紫皮纒弓把 大伴淡等]
      右八張、並臈纈袋緑絹裏、

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内147頁~148頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

   肥美御弓一張[長五尺九寸 赤漆鮎皮斑 弓把上纒筋 臈纈袋緑絹裏]
   別色御弓參張
    蘇芳御弓一張[長七尺二寸五分 腹小白 紫皮纒弓把 錦袋緋〓≪あしぎぬ≫裏]
    水牛純角御弓一張[長三尺九寸 无弓把 「(附箋)帛錦袋」 「(附箋)紫袋帛裏」]
    小檀御弓一張[長四尺七寸五分 赤漆二処纒絲 末二俣 洗皮纒弓把]
      <「(附箋)以上納第五櫃」>

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内148頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

  御箭壹佰具
    烏漆靫一具[頭<「(附箋)口」>並着鯨鬚背着金銅作環兩具洗皮帶執絛綬帶 納鵰羽麻利箭五十隻 鏃鋒小爪懸]
    赤漆桐木靫一具[頭口並着鯨鬚背着金銅作環兩具 紫皮帶執絛綬帶 納鴈羽麻利箭五十隻]
    烏漆靫一具[頭着鯨鬚上作牙鼠形口着黒柿木畫背着銀環兩具紫皮帶執絛綬帶 納白黒交羽骨鏃箭〓≪よんじゅう≫隻]
    白阿蘇胡禄四具[着洗皮帶各納上野箭五十隻鏃鋒並少爪懸 二具括碧 一具括赤 一具括白]
    白播磨胡禄四具[並着洗皮帶各納上野箭五十隻 鏃鋒二具小爪懸 二具蟇口]
    漆播磨胡禄九具[並着紫皮帶 一具納上野箭五十隻 <「(附箋)欠二隻」> 鏃鋒蟇口 一具納白羽箭五十隻鏃鋒小爪懸]
           [七具各納黒羽箭五十隻鏃鋒並蟇口]
    漆播磨胡禄八具[並着洗皮帶各納雉尾羽箭五十隻鏃鋒並蟇口 <「(附箋)欠四隻」>]
    白播磨胡禄七具[並着洗皮帶 一具納白羽箭五十隻鏃鋒小爪懸 一具納鵰羽箭五十隻鏃鋒三〓≪木偏+麦≫小爪懸]
           [二具各納黒羽箭五十隻鏃鋒並蟇口 一具納雉尾羽箭五十隻鏃鋒鑿箭]
           [一具納雉尾羽箭五十隻鏃鋒蟇口 一具納山鳥羽箭五十隻鏃鋒蟇口]
    漆阿蘇胡禄三具[並着洗皮帶二具各納白羽箭五十隻<「(附箋)欠一」>鏃鋒並蟇口 一具納雉羽箭五十隻鏃鋒小爪懸]
    白阿蘇胡禄六具[並着洗皮帶 三具各納鵰羽箭五十隻鏃鋒並小爪懸 一具納鵰羽箭五十隻鏃鋒蟇口]
           [一具納雉羽麻利箭五十隻<「(附箋)欠十」>一具納山鳥尾羽箭五十隻鏃鋒小爪懸]
     右靫三具、胡禄〓≪よんじゅう≫一具、納第一櫃、

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内148頁~149頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日

記事

舞馬屏風六扇[髙五尺 廣一尺八寸 紫地錦縁 金銅釘 漆木帖 碧綾背 緋皮]
     [接扇 黄〓≪あしぎぬ≫袋<「(附箋)帛〓≪あしぎぬ≫」>白練裏]
    子女屏風六扇[髙五尺 廣一尺八寸 紫地錦縁 漆木帖 金銅釘 碧綾背 緋皮接扇]
     [揩布袋]
    古様宮殿畫屏風六扇[髙五尺 廣一尺八寸 紫地錦縁 漆木帖 金銅釘 碧綾背]
     [緋皮接扇 揩布袋]
    素畫夜遊屏風一具兩疊十二扇[並髙五尺 廣一尺八寸二分 紫綾縁]
     [赤漆木帖 黒漆釘 碧〓≪あしぎぬ≫背 紫皮接扇 揩布袋]
    鳥毛篆書屏風六扇[髙五尺 廣一尺八寸 紫綾縁 赤漆木帖 黒漆釘 碧〓≪あしぎぬ≫背]
     [<「(附箋)紅臈」> 夾纈〓≪あしぎぬ≫接扇 揩布袋]
    鳥毛立女屏風六[髙四尺六寸 廣一尺九寸一分 緋紗縁 <「(附箋)臈」> 以木假作斑竹帖 黒漆釘 碧〓≪あしぎぬ≫背 緋夾]
     [纈接扇 揩布袋]
    山水畫屏風六扇[髙五尺 廣一尺九寸 紫綾縁 白帖木 金銅釘 紫皮接扇 黄〓≪あしぎぬ≫袋] 
     [帛〓≪あしぎぬ≫裏]
    鳥毛帖成攵書屏風六扇[髙五尺 廣一尺九寸 紫綾縁 木假作斑竹帖]
     [黒漆釘 碧〓≪あしぎぬ≫背 黄臈纈接扇 揩布袋]
    鳥書屏風六扇[髙四尺一寸 廣一尺六寸七分 紫緋縁 漆木帖前面 金銅釘 上頭下頭]
     [背後並黒漆釘 碧〓≪あしぎぬ≫背 緋〓≪あしぎぬ≫接扇 緑〓≪あしぎぬ≫袋 帛〓≪あしぎぬ≫裏]
    百濟畫屏風六扇[髙四尺七寸 廣一尺七寸 緋地錦縁 漆木帖 金銅釘 碧綾背]
     [緋皮接扇 黄〓≪あしぎぬ≫袋帛〓≪あしぎぬ≫裏]
    古人宮殿屏風六扇[髙五尺一寸 廣一尺八寸 紫綾縁 白木帖 金銅釘 碧]
     [〓≪あしぎぬ≫背 紫皮接扇 揩布袋]
    古人畫屏風六扇[髙五尺一寸 廣一尺八寸五分 紫綾縁 白木帖 金銅釘 碧〓≪≫背 紫皮]
     [接扇 揩布袋]

出典

『大日本古文書』4(121頁~171頁の内162頁~163頁)(『正倉院御物』)

「東大寺獻物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平寶字2年(西暦758年)10月1日

記事

獻東大寺
   書屏風貳帖[十二扇并高四尺六寸五分廣一尺九寸五分面五色紙有真草雜書碧綾背緋地花錦縁班竹帖金銅釘金銅鏤葉帖角紫韋接扇盛赤漆櫃着鎖]
  右件屏風書者、是 先考正一位太政太臣藤原公(不比等)之真跡也、妾之珎財、莫過於此、仰以奉獻盧舎那佛、願因妙善、奉薫冥資、早遊花蔵之界、恒對芳閣之尊、
          天平寳字二年十月一日
          太保従二位兼行鎮国太尉藤原恵美 朝 臣(押勝)
          参議従三位行武部卿兼坤宮大弼侍従下総守巨勢朝臣 關 麿

出典

『大日本古文書』4(337頁)(『正倉院御物』)

「獻物出用帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寶字3年(西暦759年)12月26日

記事

天平寳字三年十二月廿六日出
金鏤寳劔貳口[一口名次田 一口名大小咋]
陽寳劔壹口        陰寳劔壹口
銀荘御大刀壹口[已上五口納赤漆金銅釘櫃一合]
大僧都 良 弁           僧 安 寛
小僧都 慈 訓           可信
              坤宮大忠葛木宿祢 戸 主
               少疏池原公 禾 守
              内史助日置造 蓑 麻 呂
                 造寺司長官坂上忌寸 犬 養
                  次官髙麗朝臣 大 山
                  主典阿刀連 酒 主
(後略)

出典

『大日本古文書』4(393頁~396頁の内393頁~394頁)(『正倉院文書』御物目録)

「獻物出用帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寶字3年(西暦759年)12月26日

記事

赤漆文欟厨子[古様]
天平寳字三年十二月廿六日出
封箱壹合[平城宮御宇 後太上天皇禮聘藤原皇后之日相 贈信弊物]
犀角奩壹合
  納物 純金念珠一具 白銀念珠一具 瑪瑙念珠一具 水精念珠二具
  虎魄念珠二具 真珠念珠一具 紫瑠璃念珠二具 碧瑠璃念珠一具
大僧都 良 弁             僧 安 寛
少僧都 慈 訓             可信 光暁
                 坤宮大忠葛木宿祢 戸 主
                  小疏池原公 禾 守
                 内史助日置造 蓑麻呂
                 造寺司長官坂上忌寸 犬 養
                 次官高麗朝臣 大 山
                 主典阿刀連 酒 主

出典

『大日本古文書』4(393頁~396頁の内395頁~396頁)(『正倉院文書』御物目録)

「間寫經本納返帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平19年(西暦747)12月6日

記事

八十花嚴經第二帙[十巻黄紙及表紫檀軸紫班綺緒竹簫(繍)帙黒紫黒錦緑緋緑裏緋緒]
   納塗赤漆小着足櫃一合[先納胡桃染紙自内裏來櫃者]
  右爲<用>今奉寫八十花嚴經第二帙様所謂如前、
             天平勝寳四年八月廿四日他田水主
(後略)

出典

『大日本古文書』9(598頁~617頁の内609頁)(『正倉院文書』續々修15帙9)

 

「造東寺司移」(『正倉院文書』)

撰述日

天平神護3年(西暦767年)2月22日付

記事

造東寺司移 御執經所
(中略)
大乗經阿比達磨集論七巻[已上第四帙无籤]
  右二百廿八巻納第七櫃[塗赤漆 敷布 居白木榻足机] 「(異筆)帙廿四枚 籤廿二枚」
(中略)
破外道小乗四宗論一巻 破外道小乗涅槃論一巻[已上第十一巻无籤]
   右「(異筆)一百廿四巻納第八櫃[塗赤漆敷布 居白木榻足机]」
(後略)

出典

『大日本古文書』17(34頁~48頁のうち35頁~37頁)(『正倉院文書』続々修17帙6)

 

「造東寺司移」(『正倉院文書』)

撰述日

天平神護3年(西暦767年)2月22日付

記事

造東寺司移 御執經所
(中略)
小乗經三百七十巻
(中略)
義足經二巻[第八帙]
  右「二百廿二巻納第九櫃[塗赤漆 敷布 帙廿四枚 籤廿二枚 居白木榻足机]」
(中略)
無上處經一巻[已上第十二帙无籤]
   右「一百五巻納第十櫃[塗赤漆敷布 居白木<榻足>机]」
(中略)
四分尼羯磨三巻[第四帙无帙] 十誦比丘尼戒本一巻[已上籤一帙无帙]
   右「九十五巻納第十一櫃[塗赤漆 敷布 居白木榻足机]帙九枚 籤九枚」
(後略)

出典

『大日本古文書』17(34頁~48頁のうち40頁~42頁)(『正倉院文書』続々修17帙6)

 

「造東寺司移」(『正倉院文書』)

撰述日

天平神護3年(西暦767年)2月22日付

記事

造東寺司移 御執經所
(中略)
小乗論「(異筆)六百廿二巻」
(中略)
   右「(異筆)三百十二巻納第十二櫃[塗赤漆 敷布 居白木榻(足脱カ)机 帙卅九枚 籤卅七枚]」
(中略)
  成實論十六巻[一帙「(異筆)无籤」白紙黄表梨軸]  立世阿比曇論十巻[一帙]
(中略)
   右「二百〓≪よんじゅう≫巻納第十三櫃[白木 敷布 居白木榻足机]帙廿三枚 籤廿二枚」
(中略)
聖賢集「(異筆)一百八十八巻」
  修行道地經六巻[第二帙赤木軸] 百喩經第四巻
(後略)

出典

『大日本古文書』17(34頁~48頁のうち42頁~43頁)(『正倉院文書』続々修17帙6)

 

「造東寺司移」(『正倉院文書』)

撰述日

天平神護3年(西暦767年)2月22日付

記事

造東寺司移 御執經所
(中略)
小乗論「六百廿二巻」
(中略)
右「三百十二巻納第十二櫃[塗赤漆 敷布 居白木榻<足脱カ>机 帙卅九枚籤卅七枚]」
(中略)
成實論十六巻[一帙「无籤」白紙黄表梨軸] 立世阿比曇論十巻[一帙]
(中略)
右「二百〓≪よんじゅう≫巻納第十三櫃[白木 敷布 居白木榻足机]帙廿三枚 籤廿二枚」
(中略)
聖賢集「一百八十八巻」
修行道地經六巻[第二帙赤木軸] 百喩經第四巻
(後略)

出典

『大日本古文書』17(34頁~48頁のうち42頁~43頁)(『正倉院文書』続々修17帙6)

「東大寺使解」(『正倉院御物出納文書』)

撰述日

延暦12年(793)6月11日

記事

「(表題)曝涼目録」
東大寺使解  申曝涼香薬等事
合壹伯肆拾伍種 納厨子弐口韓櫃三拾合[収納廰院西雙蔵北端]
(中略)
  第一赤漆綾欟厨子収納
    御書廿五巻[雑集一巻 孝経一巻 頭陀寺碑文并 
         楽毅論杜家一巻 楽毅論一巻 大小王書共半紙背面書一巻
         王義之書法廿巻]
    金作小刀一口                 斑犀偃鼠皮御帯一條
    御刀子六口[金銀荘]              御袋一口[盛呵梨勒卅六顆 雑小玉〓≪よんじゅう≫丸、]
    斑貝〓≪革偏+吉≫〓≪革偏+莫≫御帯一條    十合鞘御刀子一口
    赤紫黒紫〓≪糸偏+蹈の旁≫綬御帯一條
    三合鞘音刀子三口               水角鞘御刀子一口
    犀角鞘御刀子一口               錦御袋一口[納麝香九両二分]
    〓≪鍋蓋+邑+衣≫衣香五袋[重五斤十五 両二分] 笏三枚[一牙 一通天牙 一大魚骨]
    尺六枚[二紅牙撥鏤 二緑牙撥鏤 二白牙]    紅牙撥鏤〓≪竹冠+下≫子一百枚
    犀角坏二口                  雙六頭一百十七具一隻
    雑玉雙六子一百六十九枚            念珠四具[一水精 一虎魄 一紫瑠璃 一碧瑠璃]
    貝〓≪王偏+夬≫拾二箇             金銅作唐刀子二口
    百索縷一巻                   尺八四箇[一玉 一竹 一樺纒 一刻雕]

出典

『大日本古文書』25附録(34頁~54頁の内34頁・40頁~41頁)(『正倉院御物出納文書』)

「東大寺使解」(『正倉院御物出納文書』)

撰述日

延暦12年(793)6月11日

記事

「(表題)曝涼目録」
東大寺使解  申曝涼香薬等事
合壹伯肆拾伍種 納厨子弐口韓櫃三拾合[収納廰院西雙蔵北端]
(中略)
  第廿六櫃収納
    礼服御冠二箇
     [一箇皂羅金銀寶珠飾、着黒紫組櫻二條、納赤漆八角小櫃一合、敷帛帳一條、布帳一條、緋地錦〓≪雨冠+覆≫一條、緋綱一條、]
    一箇 以純金鳳并金銀葛形寶珠荘 著白線組緒二條 納赤漆六角
    小櫃一合 帛綾褥一枚 帛袷〓≪雨冠+覆≫一條 鐡鎖子二隻

出典

『大日本古文書』25附録(34頁~54頁の内34頁・49頁)(『正倉院御物出納文書』)

「東大寺使解」(『正倉院御物出納文書』)

撰述日

延暦12年(793)6月11日

記事

「(表題)曝涼目録」
東大寺使解  申曝涼香薬等事
合壹伯肆拾伍種 納厨子弐口韓櫃三拾合[収納廰院西雙蔵北端]
(中略)
  第廿七櫃収納
    礼服御冠二箇[礼冠一箇、有?、以雑玉飾、凡冠一箇、以雑玉飾] 納赤漆小櫃一合、[敷帛帳一條、]
     布帳一條 緋綱二條 居机

出典

『大日本古文書』25附録(34頁~54頁の内34頁・49頁)(『正倉院御物出納文書』)

「東大寺使解」(『正倉院御物出納文書』)

撰述日

延暦12年(793)6月11日

記事

「(表題)曝涼目録」
東大寺使解  申曝涼香薬等事
合壹伯肆拾伍種 納厨子弐口韓櫃三拾合[収納廰院西雙蔵北端]
(中略)
  第廿八櫃収納
   帛袷袍一領         襖子二領[一〓≪加+糸≫綿 一袷]
   汗衫一領          褶一腰[羅襴]
   袴一腰[〓≪加+糸≫綿]   御帯一條
   袷〓≪巾+業≫二條[各二個] 帛綾褶一腰[羅襴]
   単〓≪巾+業≫子一條[二幅] 合香二斤十二両[太 納帛袋]
    納赤漆文欟木小櫃一合[牙床脚 着銀鎖子] 緋地錦〓≪雨冠+覆≫一條
    敷帛帳一條  布帳一條  緋〓≪あしぎぬ≫綱一條

出典

『大日本古文書』25附録(34頁~54頁の内34頁・49頁~50頁)(『正倉院御物出納文書』)