黒葛

「法隆寺伽藍縁起并流記資材帳」(『徴古雑抄』)

撰述日

天平19年(西暦747年)2月11日

記事

月中請物
(中略)
  洗布三丈四尺   帛一丈一尺五寸[並手巾料]
  小豆五升[澡豆料] 木錯一枚[錯香料]
  叩戸一口     由加四口
  杓四柄      〓二口
  堝四口      水椀五十合
  陶盤十三口    折櫃八合
  食〓七枚[已上略経師等食料
  ?子八枚八杖
  小桂充一枚
  榲板三百枚    檜枌四枚]
  黒葛一斤     縄十三了[三了針縄者]
     已上造経師息所料

(中略)
以前、月中行事、顕注如件、以解、
           天平勝寳三年六月一日紫微中臺舎人他田水主
                       史生阿刀酒主
                       散位三嶋宗麿
                        呉原生人
                        鴨書手

出典

『大日本古文書』3(505頁~510頁の内5097頁~510頁)(『正倉院文書』小杉本繪佛外3)

「寫書所解」(『正倉院文書』)

撰述日1

天平勝寶3年(西暦751年)6月1日

記事

(前略)
合通分雑物参拾伍種
繍八部帳壹張[長七尺 廣五尺]
帳壹張[表紫、裏緑、在緒]
呉人錦帳壹張[帳六尺二寸 廣五尺]
秘錦(帳脱カ)貳張[一長七尺九寸 廣四尺九寸 一長七尺五寸 廣四尺九寸]
毛錦帳貳張[一長九尺一寸 廣四尺四寸 一長九尺 廣四尺四寸]
紫籠目紗垣代帳壹張[廣廿二幅]
紫紗貳端[一長十三丈八寸 一長六丈三尺五寸]
紺布幕肆張[各十六幅]
紺布垣代帳肆張[各三幅]
綵色画屏風貳牒
牒子陸拾伍口
(中略)
黒葛編簀陸拾枚  串簀伍枚
簾壹伯貳拾壹枚[一枚錦端 四枚緑端 一枚黄端 五枚上野]
長畳漆拾捌枚[二枚錦端 一枚緑端 六枚黄端 卅二枚紺布端 十六枚白布端 八枚折薦]
半畳玖拾参枚[一枚錦端 五枚紫端 十三枚緑端 十七枚黄端 卅枚白布端 廿五枚折薦]
(後略)

出典

『大日本古文書』2(578頁~624頁の内607頁~611頁)(『徴古雑抄』文学博士小杉榲村所蔵)


「法隆寺伽藍縁起并流記資材帳」(『徴古雑抄』)

撰述日

天平19年(西暦747年)2月11日

記事

月中請物
(中略)
  洗布三丈四尺   帛一丈一尺五寸[並手巾料]
  小豆五升[澡豆料] 木錯一枚[錯香料]
  叩戸一口     由加四口
  杓四柄      〓二口
  堝四口      水椀五十合
  陶盤十三口    折櫃八合
  食〓七枚[已上略経師等食料
  ?子八枚八杖
  小桂充一枚
  榲板三百枚    檜枌四枚]
  黒葛一斤     縄十三了[三了針縄者]
     已上造経師息所料

(中略)
以前、月中行事、顕注如件、以解、
           天平勝寳三年六月一日紫微中臺舎人他田水主
                       史生阿刀酒主
                       散位三嶋宗麿
                        呉原生人
                        鴨書手

出典

『大日本古文書』3(505頁~510頁の内5097頁~510頁)(『正倉院文書』小杉本繪佛外3)

「經疏出納帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶3年(西暦751年)付

記事

(前略)
法花玄賛四卷[基法師撰  黄麻紙□□(長方形抜け)綺緒梨軸 納黒葛白筥一合]
           自内裏奉請本□□(長方形後半抜け)
 右、〓≪さんずい+「得」の旁≫智憬師状云、〓≪さんずい+「得」の旁≫玄蕃頭王宣云、□□□件疏、可見検者、仍令奉請如
 前智憬師所、<如前>使命灑沙弥、
         天平勝寳三年五月廿四日他田水主
「(別筆)以六月十六日返来了」      呉原生人
(後略)

出典

『大日本古文書』3(542頁~558頁の内549頁)(『正倉院文書』續修後集47 )

「奉寫一切經所告朔解」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜3年(西暦772年)3月30日

記事

(前略)
  被〓≪よんじゅう≫九領
     四領經所殘[三領呉桃染 一領帛]
     〓≪よんじゅう≫五領請政所[十四領緑 廿領帛 十一領細布]
    十領正月廿四日請
    卅五領二月中請
     十一領十六日     廿四領廿四日
   用盡
    經師卅八人校生六人装〓≪さんずい+黄≫五人并〓≪よんじゅう≫九人料[人別一領]
(中略)
  菟毛筆八十五管[買]
   用盡奉寫二部之一切經且用料
  麁毛筆廿管[買]
   用盡堺料充装〓≪さんずい+黄≫等
  墨十廷[先殘]
   用盡奉寫二部一切經料
(中略)
  菁子二枝
   用盡
    經師等宿所料
  黒葛一了[三月十二日請]
   用盡
    經師等宿所固料
  刀子四柄[三月廿三日請]
   用盡
    充装〓≪さんずい+黄≫等
(後略)

出典

『大日本古文書』6(291頁~307頁の内297頁~307頁)(『正倉院文書』續修別集13)

「奉寫一切經所告朔解」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜3年(西暦772年)7月29日

記事

(前略)
大明櫃二合[月中請]
  用盡[充装〓≪さんずい+黄≫等]
榲榑四材 黒木十枝 黒葛一了[已上三種月中請]
  用盡[手水所片庇作料]
薪十五荷[採仕丁等]
  用盡[沸温料]
(後略)

出典

『大日本古文書』6(374頁~378頁の内376頁)(『正倉院文書』續修別集13)

「奉寫一切經所告朔解」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜4年(西暦773年)2月30日付

記事

奉寫一切経所解 申二月朔告事
(中略)
  大豆五升[請月中]
   用盡[經紙継并畫作料]
  一寸五分打合釘七十隻[請月中]
   用盡[打障子骨料]
  細布衾三領[請月中]
   用盡[經師三人料]
  葛野蓆十枚  葉薦十枚[已上請月中]
   用盡[刺疊十枚料充經師十人]
  木履廿両[請月中]
   用盡[經師廿人料]
  黒葛一了   用盡[經師等曺司作料]
  廣■十二條長七十一丈八尺帙表帶料[自内裏請月中 殘]
  胡麻油二升(*「五合」)[一升五合去月殘 一升請月中] 用盡[經師等曺司炬料]
(中略)
以前、起今月一日盡卅日、請用雜物并殘等及食口、顕注如件、以解、
             寳龜四年二月卅日案主上
                   主典葛井連

出典

『大日本古文書』6(476~484頁の内482、484頁)(『正倉院文書』續修別集12裏書)

「奉寫一切經所告朔解」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜4年(西暦773年)3月30日付

記事

奉寫一切経所解 申三月朔告事
(中略)
  葛野蓆三枚
  葉薦八枚[已上二種用盡経師等宿所料]
  竹十株
   用盡[奉着二部一切経標紙料]
  釘一百七十四隻[五十隻長各(五)寸 一百廿四隻長各四寸]
  ■子廿七村        ■■荷
  針繩卅五了        榲榑五(十)村
  歩板二枚         藁七十圍
  黒葛一了         瓦四百七十枚[四百廿枚筒瓦 五十枚々瓦]
    已上九種用盡廁一宇作料
(中略)
以前、起今月一日盡卅日、請用雜物并殘等及食口、顕注如件、以解、
             寳龜四年三月卅日案主上
                 主典葛井連

出典

『大日本古文書』6(498~508頁の内505~506、508頁)(『正倉院文書』續修別集12裏書)

「間寫經本納返帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平19年(西暦747年)12月6日

記事

法花玄賛四巻[黄麻紙及表梨軸紫緒]以朱沙并墨交寫
    納黑葛筥一合漆塗 机<足別>一前 第一巻本末 第二卷本末
  右、以天平勝寶三年五月十六日、自内裏奉請政所、使糸井谷万呂、
「(異筆)以六月十六日返納了」 納他田水主
                               呉原

出典

『大日本古文書』9(598頁~617頁の内605頁)(『正倉院文書』續々修15帙9)

「装〓≪さんずい+黄≫受紙墨軸等帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶2年(西暦750年)2月28日

記事

 天平勝寳四年  (紙継目)
   縹紙廿張  黄紙廿張[納漆不塗黒葛筥并足別卑机以三日 納奉寫經奉進内裏]
    右仏頂尊勝陀羅尼經二卷料[用廿破五殘十五枚 即奉進内裏]
     依少僧都(良辨)宣所奉寫者 充装〓≪さんずい+黄≫春日虫万呂
                天平勝寳四年正月一日他田
                        三嶋
                        鴨
                      「(自著)知呉原生人」

出典

『大日本古文書』11(156頁~169頁の内166頁)(『正倉院文書』續々修三十七帙四)

「造石山寺所公文案帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寳字6年(西暦762)4月7日

記事

造石山院所解 申請葛事
葛壹伯了 
   右 先日所請盡用 仍爲葺堂并僧房檜皮 附木工甲賀深万呂 更所請如件
一末醤陸■
   右 以去三月二日 附上馬養申上解文内未請 仍所請如件 以解
               天平寳字六年四月七日上
                主典安都宿祢

出典

『大日本古文書』15(85頁~87頁のうち86頁~87頁)(續集二十二裏)

「造石山寺所公文案帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寳字6年(西暦762)1月15日

記事

造石山院所解 申請黒葛
黒葛壹伯了 
   右 先日所請盡用 仍爲葺堂并僧房檜皮 附木工甲賀深万呂 更所請如件
一末醤陸〓≪豆偏+斗≫
   右 以去三月二日 附上馬養申上解文内未請 仍所請如件 以解
               天平寳字六年四月七日上
                主典安都宿祢

出典

『大日本古文書』15(184頁)(『正倉院文書』続々修十八帙三)

「造石山院所用度帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寶字6年(西暦762年)閏12月

記事

(前略)
  黒葛壹伯伍拾斤[五十斤請六年三月二日 一百斤請四月九日]已上三物請奈良司]
(後略)

出典

『大日本古文書』16(232頁~252頁の内242頁)(『正倉院文書』続々修45帙5裏)

「造金堂所解案」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寶字6年(西暦762年)

記事

(前略)
造金堂所解 申請用銭并雜物等
合銭一千六百十二〈■九〉貫九〈七〉百五〈十〉十四〈三〉文
(中略)
七十五文買黒葛十一了直[九了別七文 二了別六文]
(後略)

出典

『大日本古文書』16(290~305頁のうち302頁)(『正倉院文書』続修35)

「造金堂所解案」(『正倉院文書』)

撰述日

天平寶字6年(西暦762年)収 年月日欠

記事

(前略)
造金堂所解 申請用銭并雜物等
合銭一千六百十二<「*〓≪よんじゅう≫九」>貫九<「*七」>百五<「*十」>十四<「*三」>文
(中略)
   七十五文買黒葛十一了直[九了別七文 二了別六文]
(後略)

出典

『大日本古文書』16(290頁~305頁のうち303頁)(『正倉院文書』続修35)