漆塗

「左京職符」(『正倉院文書』)

撰述日

天平7年(西暦756年)11月5日

記事

職符 東市司
   〓≪金偏+巣≫一具[正倉料]
右、従彼市平價進上、依用可令漆塗下、至今日不上、此今可用、知状進送、待
来之日、将給價置、符到奉行、
               少属衣縫連人君
                 天平七年十一月五日

出典

『大日本古文書』1(631頁)(『正倉院文書』続修42)

「経疏出納帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寳4年(西暦732年)6月12日付

記事

(紙端)
法花玄賛貳拾卷
漆塗文欟小辛櫃壹合[褐綾複覆一條 着漆塗銅〓≪金偏+巣≫子]
白木榻壹枝
  右、件玄賛、自内裏奉請善心尼師所、其事畢者、可還奉請内裏、
               天平勝寳四年六月十二日付使糸井谷万呂
                   造寺東司次官佐伯宿祢今毛人
                       判官上毛野君真人
(紙端)

出典

『大日本古文書』3(578頁)(『正倉院文書』続修42)

「造東大寺司牒」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寳5年(西暦753年)3月27日付

記事

造東大寺司牒 僧綱務所
   奉請仁王経壹佰部 之中拾參部請留東大寺
   見奉請捌拾漆部[五十一部黄紙及表綺緒朱軸 六部黄紙及表綺緒
   九部白紙及表綺緒 七部紅紙縹表綺緒 六部縹紙淺緑表綺緒
   三部胡桃紙縹表綺緒 以上卅一部丹軸 三部黄紙及表綺緒漆塗
   一部黄紙及表綺緒紫檀軸  一部黄紙及表綺緒梨軸]

 竹綵帙十七枚[並緋裏錦縁綴組帶 納漆塗小辛櫃一合並机敷布一條]
   右、依今日牒旨、<令>奉請如前、
               天平勝寳五年三月廿七日 上馬養
                           呉原

出典

『大日本古文書』3(621頁~622頁)(『正倉院文書』大橋本1)

「造東大寺司牒」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寳5年(西暦753年)3月27日付

記事

造東寺司牒 僧綱務所
   奉請仁王経壹佰部[二百巻]之中拾參部<便>請留東大寺
   見奉請捌拾漆部[五十一部黄紙及表綺緒朱軸 六部黄紙及表綺緒
   九部白紙及表綺緒 七部紅紙縹表綺緒 六部縹紙淺縁(緑カ)表綺緒
   三部胡桃紙縹表綺緒 以上卅一部丹軸 三部黄紙及表綺緒漆塗
   一部黄紙及表綺緒紫檀軸  一部黄紙及表綺緒梨軸]

 竹綵帙拾漆枚[並緋裏錦縁綴組帶]
   右、依今日牒旨、奉請如前、
                  天平勝寳五年三月廿七日 
次官正五位上兼行下総員外介佐伯宿祢

出典

『大日本古文書』3(622頁~623頁)(『正倉院文書』大橋本1)

「東大寺献物帳」(『正倉院御物』)

撰述日

天平勝寶8歳(西暦756年)6月21日付

記事

東大寺献物帳
奉為   太上天皇捨國家珍寶等入東大寺願文    皇太后御製
(中略)
    金漆銅作懸佩刀一口[刃長一尺八寸一分 鋒者偏刃 牟久木把 緋組懸 紫皮帯執]
                 [黒紫綾帯 但帯執環及鞘尾約以銀作之 緑地高麗錦袋緋綾裏]
                 [新乙治八]
    金漆銅作懸珮刀一口[刃長二尺一寸七分 鋒者偏刃 有溝 牟久木把 緋組懸 紫皮帯執]
                 [赤紫綾帯 緋地綿袋緋綾裏]
    金銀作懸佩刀一口[刃長一尺八寸 鋒者偏「両」(附箋)刃 金鏤星龍形 木皮裹把 紫檀頭 紫皮懸]
                [紫皮帯執 赤紫綾帯 白地高麗錦袋緋綾裏]
      右 納第一■
「見无袋」(附箋) 黒作大刀?口[並牟久木把 洗皮懸 洗皮帯執 赤紫綾帯 白橡臈纈袋]
      右 納第二■
    杖刀一口[刃長一尺九寸 鋒者偏刃 鮫皮杷金銀線押縫 以牙作頭以漆塗鞘 以■裹鞘尾 銀鏤其上]
          [長四尺六分 黒紫紬袋 緋綾裏以紫皮裹袋尾]
    杖刀一口[刃長二尺一寸六分 鋒者偏刃 金鏤星雲形 紫檀樺纒 眼及把並用銀 紫組懸 呉竹鞘樺纒 長五尺]
          [三寸四分 口蓋尾並用鹿角作 又以■接尾端 緑地高麗錦袋緋綾裏]
      右 納第三細■
(中略)

出典

『大日本古文書』4(121~171頁の内140頁)(『正倉院御物』)

「法隆寺縁起資財帳」(『法隆寺東院縁起佛經并資財條』所収)

撰述日

天平寶字5年(西暦761年)10月1日

記事

 壹足綾槻[長五尺九寸 廣一尺七寸 髙四尺九寸 若金泥鎖子一具并床子一足錦〓≪≫一枚]
   裹衾壹領[表赤紫 裏緋綾角別秘錦 領以綺為界]
   鈎納革箱壹合[長六寸一分 廣三寸四分 深一寸三分 納錦袋内在白綾〓≪≫]
  壹足枌[長三尺三寸 廣一尺九寸 髙三尺一寸五分]
合経副香參種[一〓≪≫香一斤十兩一甘松香二斤十三兩 一苓〓≪≫香九斤二兩納袋六口并表赤紫羅裏赤
合白木高座貮具[并机橋礼盤二足]
合高座寳頂貮具[身黑紫綾秘錦領地古錦交錺頂木金 塗鏤銅錺着小鏡二面]
合寳頂懸木錦袋貮口[二〓≪≫秘錦 長各一丈三尺]
合高座〓≪≫肆枚[二表紺花錦裏〓≪≫緑綾 紫花錦領二席錦領]
合高座〓≪≫貮枚[並表白錦 裏緑綾 紫錦領]
合高座橋〓≪≫肆枚[並表縹錦裏]
合礼盤〓≪≫肆枚[二表紫二科錦裏緑綾 二席錦領]
合高座茵貮枚[黑紫綾領]
合礼盤茵貮枚[赤紫綾領]
合糸交幡陸拾貳流
合白綾綱貮條[一長十四丈 一長八丈]
合佛座地代帳貮條[並表薄朱二科綾裏淺緑長二丈九尺 廣各四幅一條]
漆塗机參足[一経(徑)三尺八寸 廣一尺八寸 髙二尺五寸]
    [一香長三尺廣一尺五寸五分髙三尺寸一香長各三尺 三寸廣一尺六寸五分髙三尺一寸五分]
合机〓≪≫參枚[一秘錦領兩面錦一赤紫都牟岐白錦領 一赤紫綾並裏緑綾]
合黒紫羅花覆貮條[長各九尺二寸 廣各三幅以金黑繪]
合赤紫綾帶貮條
合経覆壹條[表赤紫羅裏赤蜂子指長七尺五寸]
漆塗香水器壹具[并手洗移二口]
合韓櫃參合[一長三尺廣二尺(脱字アルカ)寸一長三尺寸 廣二尺六分一長三尺四寸廣二尺]
    右、天平十四年歳次壬午二月十六日、正三位橘夫人宅奉納賜者、

出典

『大日本古文書』4(510頁~519頁の内514頁~516頁)(大和国法隆寺所蔵)

「奉寫一切經料紙墨納帳」(『正倉院文書』)

撰述日

神護景雲4年(西暦770年)5月12日

記事

 十四日納黄紙陸万玖仟陸佰貳拾伍張[納辛十六合] [「(別筆)以二年十二月十四日返上一合」白木十二合 漆塗四合]
    軸肆仟伍佰肆拾參枝    布綱拾參條[「(別筆)二年十二月十四日返上了」]
      一千五百〓≪よんじゅう≫三枝塗胡粉[納白木辛櫃一合]
      一千伍五百枝塗丹  一千五百枝塗白縁
   右自一切経司所請如件  使案主上 馬 養
少鎮大法師 實 忠        案主上 馬 養  味酒廣成
               別當大判官美努連
                  法師

出典

『大日本古文書』6(2頁~6頁の内5頁)(『正倉院文書』續修後集18)

「奉寫一切經所請用注文」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜3年(西暦772年)2月6日

記事

(紙端)
  四匹五丈三尺二寸端〓≪よんじゅう≫三條積
   三丈七尺三寸調〓≪あしぎぬ≫廿四條積[長八尺以下四寸以上]
   四匹一丈五尺九寸東〓≪あしぎぬ≫端十九條積[長四尺以下一尺以上]
庸并黒綿二百五十八屯
調布三端一丈六尺      庸布一十五〓≪暇の旁≫
商布廿〓≪暇の旁≫          黄紙卅万四千二百六張
軸一万八千七百五十一枚[三百七十枚金青地 二百十四枚緑青地 八百二枚白緑地 四百〓≪よんじゅう≫五枚胡粉地]
   [六百七十七枚丹地 一万六千二百〓≪よんじゅう≫三枚素木]
墨五百九十二廷       膠三斤三兩一分[太]
木綿二斤          調布單衣二領
同布袴三腰         温帳四條
布綱〓≪よんじゅう≫四條         熟麻一斤
鍬一十四口         米一十四石[白七石 黒七石]
醤三斛二斗七升[悪]     酢四斛一斗二升[交糟]
滑海藻七百十四斤      大豆四斛七斗
小豆二斛          韓櫃六十一<一百六>合[廿八<〓≪よんじゅう≫五>合漆塗 〓≪よんじゅう≫三<六十一>合白木]
折櫃一百十七合       長折櫃廿六口
大笥八十八口        小明櫃〓≪よんじゅう≫一合
水麻笥廿四口[九口太 十五口小] 枚麻笥八口[一口破]
(中略)
  右<件>雜物等、従奉寫一切経司、所請如前、
           寳龜三年二月六日主典正六位上葛井連
(紙端)

出典

『大日本古文書』6(252頁~254頁)(『正倉院文書』史館本6)

「奉寫一切經所請用注文」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜3年(西暦772)8月11日

記事

「*自本司元来錢十四貫二百十六文」
奉寫一切経所解 申請用雜物等事
合新錢貳拾壹貫漆伯拾伍文[雜物賣直]
   一十三貫〓≪あしぎぬ≫十五匹直[十匹別九百文 五匹別八百文]
   五貫八百文庸并黒綿一百屯直[屯別五十八文]
   一貫九百十五文庸布十〓≪暇の旁≫直[七〓≪暇の旁≫別二百文 一〓≪暇の旁≫百七十五文 二〓≪暇の旁≫別一百七十文]
   一貫文商布八〓≪暇の旁≫直[〓≪暇の旁≫別一百廿五文]
  用盡[人々月借料]
「*合」〓≪あしぎぬ≫六匹端廿四條[長八尺已下五寸已上]
   用六匹八尺
    六匹賣料    八尺篩料
   殘端廿三條
「*合」東〓≪あしぎぬ≫九匹端十六條[長四丈已下三丈三尺已上]
   用九匹三丈四尺
    九匹賣料
    三丈四尺校生一人浄衣料
     二丈二尺汗〓≪衣偏+久≫一領料 一丈二尺褌一腰料
   殘端十四條
「*合」庸并黒綿二百五十八屯[【欠一屯】]
   用一百屯[賣料]
   殘一百五十八屯
「*合」紺布端一條[長二丈五尺代有調布二丈五尺]
「*合」調布三端[殘]
「*合」又同布端四條[別長二丈殘]
(中略)
「*合」商布廿〓≪暇の旁≫
   用十〓≪暇の旁≫[賣料]
   殘十〓≪暇の旁≫
「*合」又同布端一條[殘 長一丈]
「*合」黄紙卅七万五千八百卅一張
   廿七万五千九百五十一張請経所[用且]
   九万九千八百八十張収正倉
「*合」軸二万三千二百九十九枚
    六千二百五十九枚請経所[用且]
    一万七千〓≪よんじゅう≫枚収正倉
「*合」墨五百九十二廷
   用一百廿七廷
   殘四百六十五廷
「*合」膠三斤三兩一分[太] 「(別筆)奉 寫」
   用一斤[依政所判充四王彩色所]
   殘二斤三兩一分[太]
「*合」木綿二斤
   用盡[奉帙経料]
(中略)
「*問」小豆二石六斗四合
   二石見小豆収〓≪厨の寸がりっとう≫(「*即充≪厨の寸がりっとう≫」) 六斗四合黒米六斗四合之代[請経所]
「*合」辛櫃一百六合[〓≪よんじゅう≫五合漆塗 六十一合白木]
   八十四合請経所     廿二合収正倉
「*合」折櫃一百十七合
   十合請経所       一百七合収正倉
「*合」長折櫃廿六合
   廿口請経所       六口<*「収」>正倉
「*合」大笥≪よんじゅう≫六合
   廿合請経所       廿六合収正倉
「*合」小明櫃≪よんじゅう≫一合
   十合請経所       卅一合収正倉
「*合」水麻笥廿五口
   十口請経所       十五口収正倉
「*合」枚麻笥八口[一口破請経所]
(後略)

出典

『大日本古文書』6(379頁~389頁の内379頁~386頁)(『正倉院文書』續修別集12)

「奉寫一切經所告朔解」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜3年(西暦772)12月30日

記事

(前略)
  錦二丈八尺
  頭料錦卅二条[長各一尺五寸 廣各一寸五分]
  縁料錦二条[長各五尺九寸]
  頭裏料緋〓≪あしぎぬ≫一百八十條[長各一尺七<「*五」>寸 廣各一寸五分]
  裏料纈〓≪あしぎぬ≫四條[長各一尺九寸 廣各一尺二寸]
  緋糸五兩
   用盡[丸組九丈三尺料]
  生糸六兩[已上七種去月殘 縫帙料]
  捺揩綿衣一兩[充経師一人浄衣料 請月中]
  袴十腰[月中請]
   一腰帛【合】綿袴   九腰緑合<「*袷」>袴
   用盡[充経師十人浄衣袴料]
  白橡〓≪あしぎぬ≫四匹三丈
   用盡[綿袴縫十一腰料即充経師十一人袴料]
(中略)
  庸并黒綿二百五十八屯
   用六十一屯
    経師装〓≪さんずい+黄≫校生領等六十一人綿袴六十一腰料[腰別一屯]
   殘一百九十七屯
  紺布端一條[長二丈五尺 代在調布二丈五尺]
  調布三端
(中略)
  黄紙卅七万五千八百卅一張
    廿<「*卅」>【七】万九<「*二」>千九「<*八」>百五十一張請経所[且用]
    九<「*七」>万九<「*二」>千八<「*九」>百八十張殘正倉
     右自〓≪あしぎぬ≫迄于黄紙十種自先奉寫一切経司請来
  〓≪糸偏+竒≫五百六十八丈五尺[【不動】]
    三百九十六丈五尺去月殘  一百七十二丈買月中
   用三百丈          殘二百六十八丈五尺
  丸組〓≪よんじゅう≫六丈[緋]
    卅六丈七尺去月殘     九丈三尺組月中
  帙一千四百九十三枚[去月殘]
    九百七十枚縫畢<「*三百三枚未縫」>  二百廿枚未表〓≪糸偏+刃≫着
  白木籤二千六百九十二枚[去月殘 不動]
(中略)
  墨五百九十二廷
   用一百七十七廷       殘四百十五廷
  膠三斤三両一分[太]
   用一斤[依政所料充四王彩色所]
   殘二斤三両一分
(中略)
  辛櫃一百六合
    〓≪よんじゅう≫五合漆塗        六十一合白木
    八十四合請経所      廿二合収正倉
  折櫃一百十七合
    十合請経所        一百七合収
(後略)

出典

『大日本古文書』6(446頁~463頁の内448頁~457頁)(『正倉院文書』續修別集12裏書)

「奉寫一切經所告朔解」(『正倉院文書』)

撰述日

寶龜4年(西暦773年)3月30日

記事

奉寫一切経所解 申三月朔告事
合奉寫一切経漆仟漆伯拾<「*卅二」>卷
   三千七百廿三卷先奉寫一切司
   四千【三百八十七】<「*九」>卷奉寫寺家[自去年二月十五日 迄于今年三月卅日]
(中略)
  錦貳丈捌尺縁料錦二條[長各五尺九寸 廣各一寸五分]
  頭料錦卅二條[長各一尺五寸 廣各一寸五分]
  頭裏料緋〓≪あしぎぬ≫一百八十條[長各一尺五寸 廣各一寸五分]
  裏料纈四條[長各一尺九寸 廣各一尺五【分】寸]
  糸六両
   用三両[帙着一百九十二枚表帶料]
   殘三両[已上縫帙料]
  〓≪あしぎぬ≫端廿七條[廿三條〓≪糸偏+ム+貝≫〓≪あしぎぬ≫ 四條東〓≪あしぎぬ≫]
  庸并黒綿一百九十七屯[殘]
  紺布端一條[長各二丈五尺 代在調布之中]
  細布衾五領[月中請]
   用盡[経(師脱カ)四人校生一人并五人料]
  調布一端一丈二尺[殘]
  同布端四尺[殘]
  庸布十段一丈二尺[殘]
  商布十段一丈八尺[殘]
  庸布端廿八條[殘]
  黄紙一十二万八千七十張
    五万九十張
     二万五千〓≪よんじゅう≫五張[去二月十三日請]
     二万五千〓≪よんじゅう≫五張[月中請]
      右奉寫十部一切經願文料自先奉寫一切經司請来
    七万二千九百八十張[自正倉請月中]
  納辛櫃廿六合
    十三合自先奉寫一切経司請[二合漆塗 十一合白木]
    十三合自正倉請[並白木]
  凡紙五百張
    三百五十張去二月十三日請
    一百五十張請月中
   用盡
    経紙二万張端継料
  〓≪糸偏+竒≫三百〓≪よんじゅう≫五丈五尺[殘]
    一百八丈五尺去月殘
    二百卅七丈買月中
  緋丸組〓≪よんじゅう≫六丈[去月殘]
(中略)
  白木籤二千六百九十二枚[去月殘]
  雜色軸一万七千〓≪よんじゅう≫枝[自正倉請月中]
  納白木辛櫃六合
  墨三百七十七廷
   用【盡】廿三廷
   殘三百五十四廷
「*問」菟毛筆〓≪よんじゅう≫管        【廿八管】
    廿八管去月殘
    十二管請月中
   用盡奉寫二部一切経料
  膠二斤三両一分[去月殘]
  布綱〓≪よんじゅう≫<四>條[去月殘]
  鍬十四口[去月殘]
  米五斗[去月殘 「*可進納味酒廣成」]
(中略)
  葛野蓆三枚
  葉薦八枚[已上二種用盡経師等宿所料]
  竹十株
   用盡[奉着二部一切経標紙料]
  釘一百七十四隻[五十隻長各<五>寸 一百廿四隻長各四寸]
  〓≪竹冠+青≫子廿七村        〓≪木偏+若≫〓≪よんじゅう≫荷
  針繩卅五了        榲榑五<十>村
  歩板二枚         藁七十圍
  黒葛一了         瓦四百七十枚[四百廿枚筒瓦 五十枚々瓦]
    已上九種用盡廁一宇作料
(後略)

出典

『大日本古文書』6(498頁~508頁の内498頁~506頁)(『正倉院文書』續修別集12裏書)

「間寫經本納返帳」『正倉院文書』

撰述日

天平19年(西暦747年)12月6日

記事

「(題籖)(表)間本納返帳
      (裏)間本納并返帳」
天平十九年十二月六日自内裏奉請唯識論疏十五巻[因測師撰者]
[「(異筆)黄紙黄表无緒室木柚(軸)納漆塗机筥一合]第二三七八九合五巻者具本末第【一】四五六十合【五】四巻者无
未有本 第一巻者有未无本
(中略)
又同日自宮來唯識論疏第二巻上一巻[白紙塞材]為求同書
             「(異筆)以同月七日奉請内裏如前[使即高屋古令史]
                         知志斐
                         水主       」
(紙継目)

出典

『大日本古文書』9(598頁~617頁の内598頁~599頁)(『正倉院文書』續々修15帙9)

「間寫經本納返帳」『正倉院文書』

撰述日

天平19年(西暦747年)12月6日

記事

「(異筆)同月廿三日付[【阿刀雄足返送了】村山首万呂返送了]」
自内裏奉請梵網經疏三巻 私記二卷 合五巻
    即【黄】白紙黄表松梠軸(マヽ)専紫緒[竹秩一枚着黄楊占裏浅緑紫緑及緒]
漆塗木筥一合
(後略)

出典

『大日本古文書』9(598頁~617頁の内604頁~605頁)(『正倉院文書』續々修15帙9)

「間寫經本納返帳」『正倉院文書』

撰述日

天平19年(西暦747年)12月6日

記事

法花玄賛四巻[黄麻紙及表梨軸紫緒]以朱沙并墨交寫
    納黑葛筥一合漆塗 机<足別>一前 第一巻本末 第二卷本末
  右、以天平勝寶三年五月十六日、自内裏奉請政所、使糸井谷万呂、
「(異筆)以六月十六日返納了」 納他田水主
                               呉原

出典

『大日本古文書』9(598頁~617頁の内605頁)(『正倉院文書』續々修15帙9)

「間寫經本納返帳」『正倉院文書』

撰述日

天平19年(西暦747年)12月6日

記事

自内裏奉請
   辨中邊論疏一部三卷[玄範師撰 白紙黄表漆塗軸緑綺緒]
   理趣經疏一部三卷[基法師撰 黄紙及表中紫邊小白綺緒黒柿繼軸 並納小漆塗筥一合 以七月二日納新寫送返]
以前、依飯高笠目天平勝寳四年四月廿五日宣、爲用本、奉寫所奉請如前、
   奉宣次官佐伯宿祢(今毛人)   檢三嶋宗麿
                        他田水主
前件疏本并新寫以七月二日奉請内裏納櫃如前[使次官佐伯宿祢]
                         知大鳥高人
(後略)

出典

『大日本古文書』9(598頁~617頁の内608頁)(『正倉院文書』續々修15帙9)

「請處々疏本帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶元年(西暦749年)8月17日

記事

大乘義記一部十五卷[慶記師書者 黄紙白表漆塗軸无緒]
  「(異筆)天平勝寳二年九月廿四日、付僧敬備送遣已訖、[知賀茂筆]」
                天平勝寳元(年)九月三日知史生阿刀
                            村山首万呂

出典

『大日本古文書』11(39頁~42頁の内41頁)(『正倉院文書』續々修十五帙七)

「常疏并間疏等用緒軸帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶元年(西暦749年)8月30日

記事

漆塗軸二百五十枚
  右、依阿刀史生天平勝寳元年九月八日宣、千部法花料出送進下官已訖、
                     村山首万呂
              知史生阿刀「*酒主」

出典

『大日本古文書』11(68頁~69頁の内69頁)(『正倉院文書』續々修二十八帙十二)

「經疏櫃帙等借用帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶二年(西暦750年)6月18日

記事

(前略)
(紙繼目)
□□□(長方形抜け)經疏一部七卷[白紙及表漆塗軸綺緒
                大寺敬俊師者]
  右、以天平勝寳三年二月廿二日、爲用本奉請、使村國益人
   以四月七日、付舎人上毛野家繼返送了、 納他田水主
□□□(長方形抜け)略疏一部五卷[白紙黄表綺緒无緒軸紙帙
                  智嚴師撰]
□□□(長方形抜け)論一卷[白紙及表无緒軸帙 元暁師撰「(異筆)以四月七日反上了」]已上並无軸緒帙
  □□□□□(右以天平勝)寳三年三月廿六日、爲用本奉請□□(長方形後半抜け)
     五月七日付田部乙成           知水主
(紙端)
(後略)

出典

『大日本古文書』11(256頁~262頁の内259頁~260頁)(『正倉院文書』塵芥二十一裏)

「經疏請返帳」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶2年(西暦750年)6月18日付

記事

(前略)
(紙繼目)
□□經疏一部七卷[白紙及表塗軸綺緒
                大寺敬俊師者]
  右 以天平勝寳三年二月廿二日、爲用本奉請 使村國益人
   以四月七日、付舎人上毛野家繼返送了  納他田水主
□□略疏一部五卷[白紙黄表綺緒无緒軸紙帙
                  智嚴師撰]
□□□論一卷[白紙及表无緒軸帙 元暁師撰(異筆)「以四月七日反上了」]已上並无軸緒帙
  □□□□□(右以天平勝)寳三年三月廿六日 爲用本奉請[
     五月七日付田部乙成           知水主
(紙端)
(後略)

出典

『大日本古文書』11(259~260頁)(『正倉院文書』塵芥21裏)

「寫經奉請注文」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶3年(西暦751年)3月13日

記事

奉請經合壹伯玖卷[帙十一枚各着占 納漆塗辛櫃一合 敷布一条]
   法華經十一部八十八卷[十部八十卷黄紙百部之内 一部八卷紫紙以銀墨奉寫者]
   无量義經廿一卷[廿卷黄紙百部之内 一卷紫紙以銀墨奉寫]
             天平勝寳三年三月十三日

出典

『大日本古文書』11(499頁~500頁)(『正倉院文書』續々修十六帙九)

「造東寺司請經文」(『正倉院文書』)

撰述日

天平勝寶3年(西暦751年)5月22日

記事

造東寺司
  雜阿含經一部五十卷[黄紙及表緑緒朱軸]紙帙
   納漆塗箱一合   帛巾一條[並岡寺]
    右、以大德宣、奉請如前、
         天平勝寳三年五月廿二日
             次官正五位上兼行大倭介佐伯宿祢「(自著)今毛人」
(後略)

出典

『大日本古文書』11(556頁~557頁)(『正倉院文書』續々修四十二帙五裏)

「一切經奉請文書繼文」(『正倉院文書』)

撰述日

天平神護景雲1年(西暦767年)9月26日付

記事

(前略)
仏性義一巻[白紙黄表紫帯漆塗軸]
發菩提心義遊心法界記<并>一巻[白紙]
百法論疏一巻[無初題表軸 両面]
法界无差別論疏一巻[法蔵師 白紙無帯軸]
観行問答一巻[第二巻 白紙無帯軸]
往生論一巻[白紙無表軸]
  上六巻雑第五帙
  已上八十一巻審詳師經内
以前、依去正月卅日牒 附廻使堤宿奈麻呂、令請如件、
               神護景雲二年二月三日主典建部
                        判官美努連
                         案主上馬養
(紙継目)
(後略)

出典

『大日本古文書』17(78頁~110頁のうち108頁)(『正倉院文書』続々修17帙7)

「倉代西端雜物出入帳(中尾闕)」(『正倉院文書』)

撰述日

宝亀4年(西暦773年)正月7日~3月16日

記事

十三日下﨟纈端畳伍拾枚 﨟纈端短<畳>肆枚[二枚充鑄□(所カ) 二枚充□]
  屏風参拾帖[各有布衣「(異筆、下同ジ)且返□帖] 花机褥弐枚[「(異筆)且返一枚」] □□□(長方形抜け)弐條[各五幅 「(異筆)且返一条」]
  緑綾帯肆條[「(異筆)且返二条」] 聖僧褥□枚□□□(長方形抜け)□□□褥弐枚[□□□(長方形後半抜け) 「(異筆)且□□□(長方形抜け)」
  高座前机褥弐枚<「(異筆)且返一枚」> 覆弐條[各二幅半 「(異筆)且返一條」] 中火爐褥弐□□□(長方形後半抜け)
  経厨子蓋弐條<「(異筆)且返一条」> 帳弐條<「(異筆)且返一条」> 幌弐條<「(異筆)且返二条」> □□帯拾弐條[且返六□(条)]
  花筥陸拾合[□□□(長方形抜け)] 納墨□□□(長方形抜け)肆具[「(異筆)□(且)返上二具」
  漆塗中取弐前<「(異筆)且返上五合> 漆塗樽拾合 羅小幡捌〓≪方+流の旁≫[「(異筆)且返□□□(長方形抜け)」]
   右、為用月十四日花厳会、借下充、付[日置船守 矢田部□□]
都維那僧「(自署)寂雲」    □□□(長方形抜け)呂
可信「(自署)宝業」      史生呉服息人 倉人志斐連「(自署)枚万□(呂)」
本三綱「(自署)承天」

出典

『大日本古文書』21(234頁~238頁のうち236頁~237頁)(『正倉院文書』續修後集40)