ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

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概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

【保存修理工事の経緯】名古屋市東山植物園温室前館(以下、温室前館とする。)は、国内最初期の鉄骨造温室建築であり、構造・意匠材となる鉄骨は全溶接されている(写真4-16)。温室前館は、桁行方向66.160m、最大奥行き15.080mの建築であり、桁行方向はほぼ東西軸と一致している。内部空間は、5つに分けられ、中央ヤシ室、東翼のシダ室、西翼の多肉植物室と両翼を東西花卉室で繋ぎ、5室の室内環境は植生ごとに異なっている。保存修理工事前の状況は、鉢棚下で保護コンクリートに覆われていない柱脚部分や各室屋根境の取り合い部分の軒桁、軒桁とトラスの取り合い部分など構造的に腐食が発生しやすい特定の箇所に劣化・破損が集中していた。【保存修理工事の概要】オリジナルの部材を可能な限り保存するという文化財保存修理の原則は当然のことながら、保存修理後も現役の温室として機能させる必要があった。そのため、構造的な安全性の確保や設備の復旧も必要となっている。修理の手順としては、最初に各部材の破損調査を実施し、破損箇所、破損の程度を明らかにした。破損部材が構造計算で必要とされている断面性能を有していない場合、補修方法が検討された。補修方法を決定するプロセスの中で、最初に考慮されたのは、対象部材が建造物全体の構造耐力上、重要な部材であるかどうかである。重要な構造部材の破損であれば、部分的な取替または部材の取替が基本となり、負担応力の小さい箇所であれば、肉盛り溶接や添板溶接が検討された(写真4-17)。つぎに考慮されたのは、対象部材が溶接に耐えられる状態であるかどうかである。腐食により部材断面が著しく薄くなった鋼材は、溶接時の熱により新たな欠損を引き起こす可能性が高いため、溶接は実施できないと判断された。そのため、腐食写真4-17:腐食により部材強度が不足した箇所への補修状況(添板補修)(提供:(公財)文化財建造物保存技術協会)写真4-19:腐食により切断された柱脚部(提供:(公財)文化財建造物保存技術協会)した部材の周囲に溶接に耐えられる健全な部分が残存しているかが調査され(写真4-18)、健全な部分が残っている場合には、突合せ溶接が実施された。本工事では、突合せ溶接箇所に関しては、溶接不良がないことを確認するため超音波探傷検査を実施する仕様となっている。腐食部分の周囲の肉厚が足りているとしても、溶接不良を誘発させるような欠陥が見つかった場合は、突合せ溶接は実施できないと判断された。突合せ溶接による部分的な取替が不可能だと判断された部材については、補修範囲が拡大されることとなり、結果的に部材全体の取替が検討されることもあった。東西花卉室の鉄骨架構柱脚部(写真4-19)は、保護コンクリートと腰壁に覆われ、鋼材とコンクリートの隙間や鋼材同士の隙間に水が浸入し、腰壁との境界付近にて著しい腐食が見られた。そのため、架構を構成する4本の山形鋼の腐食部を切断し、補足材と取替られた。4本の部材を同時に切断してしまうと架構に捻れが生じることがあるため、対角線上の2本ずつ切断され、取替られた。取替時には、水の浸入防止対策として、鋼材同士の隙間にプレートを挟み込み、4本の鋼材を取替たのち、プレートの溶接が行われた。補足材は、突合わせ溶接によって取り付けられたが、4本の鋼材の切断位置を同じ高さにしてしまうと、溶接部に応力が集中してしまうため、隣り合う鋼材を切断する際には、高低差をつけて切断された。補足材には、開先角度50 ? 60度、開先の間隔2 ? 5mmの開先加工が施され、組み立て溶接(仮付け溶接)後本溶接が行われた。また、溶接によって生じる余盛り部分は取替位置を示す目的と材料強度の観点から削り取られないこととしている。写真4-18:腐食状況を正確に把握するため、減肉量ごとに境界線が引かれ補修方法が検討された89