ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

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概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

いない。東京文化財研究所では、まさに鉄構造物の修理案件が増加しつつあった平成20年(2008)に、鉄構造物の保存活用に関する調査研究を行っているが3、そこでは従来の伝統的な保存修理の延長線上では解決が困難な課題が複数指摘され、各現場が試行錯誤しながら対応している状況が浮き彫りになっている。この研究から10年の歳月が経過した。その間指定件数も増え、今現在、保存修理を実施中あるいは検討中の鉄構造物も、指定件数全体の1/3に相当する12基にのぼる(表2の赤色網掛け物件)。一方、この10年間で、保存修理の経験が大幅に蓄積されたわけではなく、相変わらず参照すべき前例が少ないまま対応に苦慮する現場が散見される。こうした状況を踏まえ、近代文化遺産研究室では、昨年度の煉瓦と同様に、できるだけ文化財の保存修理の実務で活用されることを念頭において、鉄構造物の保存と修復に関する調査研究を行った。本書はその成果をまとめたものである。これは、当研究室が平成28年度から5ヵ年かけて行う「近代の文化遺産の保存修復に関する研究」の2ヵ年目の成果でもある。2.現状の課題と整理研究を進めるにあたり、昨年度と同様、修理の実務に詳しい外部有識者を交えた「鉄構造物の保存と活用に関する勉強会」を開催し、現状の課題について議論していただいた(pp. 12 - 15に議事録抄録を掲載)。そして、そこでの意見と当室が各地の現場担当者等と行った意見交換を踏まえて、課題を大きく4つに分類し、それぞれに対応した研究テーマを設定した(表3)。この一連の作業は、本研究の成果が保存修理の実務の改善に結びつくよう、修理理念等の抽象的な議題に止まるのではなく、あくまで具体的な技術の問題として検討を深めることができるよう意識して行っている。これら4つの課題・テーマに対して、本書は複数の観点から対応策または対応を考える上での指針を提供している。本章では、他章で書かれた内容を補完すると共に、全体の理解を助けるための留意事項を、鉄構造物の特質を意識しながら、記載しておきたい。2.1.材料劣化(特に錆)への対応錆のチェックポイントや具体的な対応手法については、注3『鉄構造物の保存と活用』所収の新谷憲生氏(当時、日本ペイント株式会社鉄構塗料技術部)の論考に詳しいので、まずはそちらを参照していただきたい。その後の新たな動きとしては、旧美歎水源地水道施設下流側管理橋(鳥取県)(p. 84附物件のため表2には未掲載)での保存修理を挙げることができ、今後、同種の工法が旧佐渡鉱山採鉱施設大立竪坑櫓(新潟県)などの極度に劣化した鋼材の修理で適用可能かどうか、検討が進められていくことだろう。また、劣化部材の交換という点に関しては、名古屋市東山植物園温室前館(愛知県)(p. 88)が参考になる。煉瓦造(組積造)とは異なり、鉄骨造では劣化部分のみ切り取って新材で継ぐという木造軸組構造で伝統的に用いられる手法が適用可能であることを示している。さらに、材料劣化に関わる文化財ならではの問題として、時間蓄積の痕跡(patina of age)の保全にも留意が必要である。旧三河島汚水処分場喞筒場施設(p. 83)では、長年下水施設として使用した鋳鉄製門扉の表面に付着した汚泥の保存について検討が行われた。そして汚泥が、鉄材の劣化を促す要因になりうるか検証した上で、そのまま存置する選択をしている。表3鉄構造物の保存と修復に係る課題と本研究のテーマ課題研究のテーマ1234極度に劣化した部材に関して、どこまで当初材にこだわるか、また材料交換の判断と方法が明らかでない。物件によっては、表面保護(塗装)の適切な周期と方法も判然としない。社会基盤施設として供用している物件が多く、安全性や機能性の確保、基準との適合性など従来の文化財とは異なる対応が求められる。文化財となっている鉄構造物の多くはリベット接合を用いている。しかし、現在その技術はほとんど失われている。可動橋など、機械類の機能を維持するために必要なノウハウが、現在の施設管理者に十分継承されていない。材料劣化(特に錆)への対応供用施設としての機能確保リベット技術の継承保守のノウハウの継承7