ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

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概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

り、施工の容易性から修理方針を定めるべきではないと思われる。(8)事業期間とコストこれまで述べてきた観点とは同一に捉えられるものではないが、事業期間とコストに制約がある場合、修理方針に大きな影響を及ぼすこととなる。亊業期間やコストは、本来は修理方針を定めた上で検証するべきと思われる。なぜなら、事業期間やコストを前提に修理方針を定めていくと、当座の修理となってしまい、今後の建造物の状態を見据えた保存とならない懸念があるためである。ただし、やむを得ない事情により、修理方針のなかで優先事項を定め、修理すべき内容を絞るケースも考えられる。重要文化財筑後川昇開橋8は、平成28年(2016)の熊本大震災で、可動桁をガイドするローラとレールが歪み、昇降に支障が生じた。また、橋脚の一部にはひび割れが発生した。そこで、震災後に復旧工事を進め、破損したローラやレールのうち、再用が可能なものは補修を施し、再用できないものは既存品にならい部品を新調した。橋脚のひび割れも、補修を行ったが、今回の調査でひび割れは過去にも補修した形跡があり、地盤の状況等により破損を誘発しやすい状態にあることがわかった。しかし対策には大がかりな地盤改良が必要となる。そこで復旧工事後は、現状をモニタリングしながら、計画を検討することとなった。3.まとめ以上、建造物の修理方針を考える上での観点について述べてきた。修理の判断は、事業全体の状況から考える必要があり、どの観点を重視するのか、事業関係者で議論をする必要がある。修理方針に係わる観点を俯瞰すると、最初に取り組むべきは、調査によって保存すべき材料や工法を把握することで、その次に安全性・機能性・耐久性の観点から検討を進め、さらに実施に向けて意匠性や施工性の観点から実現性を高めるという流れとなるのではないか。文化財保存では、材料や工法の保存の観点から考えることが、重要である。しかし、すでに述べてきたとおり、現在も社会のなかで活用され続けている近現代建造物は、現行の法規等で定められた性能や機能を満たし、経年劣化や破損に対する継続的な維持管理や定期的な修理が必要である。そのため材料や工法の保存だけを考えることは難しい。ただし避けるべきは、調査することもなく安全性や機能性を理由に、材料や工法の置換が行われた結果、保存されるべきだった材料や工法が失われてしまうことである。建造物としての評価に結びつくものなので、調査を通じて、どのような材料や工法が残されているか把握した上で、ほかの観点との比較を検討するべきである。安全性や機能性の確保と材料や工法の保存の観点との両立をはかる方法として、当初の材料や工法に不足している性能を付加的な補強で補うことが考えられる。ただし、新たな構造体を付加することになるので、外観など意匠性への影響を考慮する必要がある。耐久性の確保も、建造物が長く利用されることを考慮すると、保守点検のしやすさや、部材の耐久性向上などの理由から、材料や工法の置換が必要となる状況もありえる。しかし、やはり保存の観点との両立を検討することが必要で、耐久性の確保は、計画的なモニタリングやメンテナンスにより改善を図ることが望ましい。意匠性の配慮は、上記の観点を検討した結果、補強や付加的な材料によって外観や内観の見た目が大きく変わることとなった時に、デザインを検討し、既存の姿と調和を図る必要がある。また修理を実現するためには施工検討が不可欠である。ただし、文化財の修理は特殊な内容の修理を伴うことが多く、材料や工法を保存するために前例のない施工となることもある。そのため事例として取り上げた、旧三河島汚水処分場喞筒場施設の阻水扉の保存、世界平和記念聖堂のサッシュの修理、名古屋市東山植物園の鉄骨の溶接修理などは、試験施工をしながら、施工の実現性を高めていっている。事業期間とコストは上記の観点すべてに関係するが、当座の修理とならないために、事業期間やコストを理由に、修理内容を変更することは極力避けるべきと思われる。註1.なぜ、鋼構造の文化財は産業・交通・土木が中心となっているのだろうか。それは、最初に鉄構造に着目したのが、建築家ではなくエンジニアであったことと関係があるのかもしれない。難波和彦は、戦前の鉄構造物の表現は、技術的発展とともに、橋梁・土木エンジニアによって牽引された側面があること、また建築家は鉄構造物がもつ「非物質的な表現」よりは「重厚な建築」に鉄骨構造を適合させるアプローチをとった、と指摘している(難波和彦2016)。2.鋼構造物の修理では、最初に劣化した母材の状態確認のために塗膜の除去を行う。塗膜の除去については、高圧洗浄では軽微汚れを落とせる程度であるため、スクレイパーやニードルガンなどの器具を用いて手作業でケレンするか、研磨材をブラストで吹き付ける方法をとることになる。ただし母材を傷つけないために、研磨材は母材の状態を確認して選択する必要がある。また、吹きつける研磨材や落とされた43