ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

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概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

と、耐久性が望める塗膜の選択が望ましいかもしれない。ただし、過去の塗膜の履歴など、後述する材料の保存をどのように考えるか検討する必要がある。(6)意匠性への配慮外観や内観(意匠性)が大きく変わることによる影響は、事業関係者にとってだけでなく、利用者を含めて議論しなければならない。平成28年度(2016)より保存修理工事を進めている広島市の重要文化財世界平和記念聖堂は、当初のスチールサッシュの保存が課題となった(写真11、12)。世界平和記念聖堂は昭和29年(1954)に竣工し、当初のスチールサッシュが現在も使われているが、雨水の溜まる箇所では下枠が腐食し、窓の機密性を保つためにシーリングが塗り重ねられた状態となっていた。当初のスチールサッシュを外すためには窓周りのコンクリート壁をはつらなければならない。つまり、修理によって外観に大きな影響が出てしまう。幸い今回の修理では、平成15年(2003)に修理を担当した職人が破損の状態を確認し、窓枠の錆を現場で丁寧に落として塗り直すことで、スチールサッシュを外さずに修理できることとなった。しかし、スチールサッシュの耐久性を考慮すると、将来的にはサッシュを外すような大規模な修理が必要となるだろう7。そのほかの意匠性への配慮を伴う例として、安全性の向上のための補強設置など、既存の建造物に新たな要素を付加する場合がある。隅田川に架設された永代橋は、平成19年(2007)に重要文化財に指定され、平成25年(2013)から橋梁の長寿命化事業の一環として、補修・補強工事が進められた。その際、橋のアーチを支える支承を補強するため、新たな支承が付加されている。補強は、最小限の措置、可逆性の確保、補強部材は明確に認識できることを基本的な考え方とし(紅林章央2017)、支承のデザイン検討では、既存支承との調和を横軸に、橋梁の桁下空間の見え方(広がり)を縦軸に設定して、複数の検討案を作成し、後から設置したことが明確になるよう既設の支承とは形状を変えつつ、応力の伝わりが明確になるようなデザインとされている(本間信之、漆谷昌祥、山室正人、関川利雄、中川治士、本山潤一郎2016)。デザインは、見る側の立場の違いなどによって、捉え方が変わってくるため、一概に正解を求めることが難しい。そこで、検討の方向性を定め、補強設置後の状況を図や写真で表現して、関係者が合意する必要があると思われる。(7)施工性の検討事業を進める上では、施工性の考慮なくして、修理の実現はできない。東山植物園温室前館の保存修理工事の現場では、過去に例のない溶接を多用した修理を進めるにあたり、木造文化財で言われるところの、「継木」や「矧木」の代わりに「継鉄」「矧ぎ鉄」という言葉を用いているという。木造文化財の修理の知見になぞらえて作業員の共通理解を促そうとした、現場技術者の機転がうかがえる。一方で、作業条件が木造の修理とは著しく異なる点に注意を払い、安全性や効率性に配慮した施工計画が緻密に組み立てられている。修理の結果は、施工により最終的に決まる。理想的な修理方針を掲げても、施工としての実現性が乏しければ、修理することはできない。ただし、施工の容易性は修理方針の現実性を検証するために考慮されるべきものであ写真11世界平和記念聖堂写真12聖堂のスチールサッシュ42第3章鋼構造物の文化財修理の現状と今後のあり方の考察