ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

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概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

鋼構造物の文化財修理の現状と今後のあり方の考察井川博文文化庁文化財部参事官(建造物担当)付文化財調査官1.はじめに本稿は、鋼構造の文化財修理のあり方と修理方針について考察する。重要文化財、登録文化財の中で構造形式を鋼構造とする棟は表1に示す通りであり、鋼構造文化財の数は、25件34棟で、煉瓦造やコンクリート造の文化財と比べると、その数は多くない(表2に掲載した鉄骨煉瓦造や鉄骨鉄筋コンクリート造の建造物も、鋼構造ではあるが、その修理は鉄骨を被覆する煉瓦やコンクリートと一緒に考える必要があるため、本稿の対象としていない)。また、34棟の種別は産業・交通・土木のものがほとんどを占め、そのうち22棟が橋梁で、そのほかは貯水槽、転車台、竪坑櫓等12棟である。建築物として括れるのは名古屋市東山植物園温室前館のみである1。鋼構造修理事例は限られている中で、上述の通り橋梁が中心となっており、その歴史的橋梁の修理事例については、すでにまとめられたものがある(土木学会2006)。ただし、文化財価値に対する考慮はあっても、文化財としてどのような観点から修理を考えるかという点についての全体からのまとめはない。そこで本稿では、鋼構造文化財の修理事例のまとめではなく、鋼構造(橋梁、建造物、貯水槽等その他)の文化財修理の進め方について、破損の考察と、修理方針を定める上で重視すべき観点から考察してみたいと思う。2.鋼構造の文化財の修理の進め方2.1.鋼構造の文化財修理重要文化財として指定を受けた鋼構造の文化財で、現在修理中のものは○を付けた物件である。鋼橋が5件(うち1件は調査工事)、温室が1件、櫓が1件、工場が1件となっている。また、すでに修理が完了したものについては、備考欄に報告書を掲載する(表3)。鋼構造物の修理については、参考文献の書籍のなかで、参考となるものがある。たとえば、道路や鉄道の分野では劣化度の判定や腐食対策が示されている(公益財団法人鉄道総合技術研究所2015)。また、イングランドの歴史的建造物を保護する目的で英国政府により設立されたイングリッシュ・ヘリテッジ(English Heritage)は、金属ごとの修理方法について実例を交えて詳しく解説をしている(English Heritage 2012)2。2.2.破損原因の考察破損原因の特定方法については、上記の文献や実務者の経験、あるいは過去の知見に頼ることが多いかもしれない。しかし既往の知見をただあてはめるだけでは、破損原因を探ったことにはならない。というのも破損原因は、工法・材料だけでなく、その周囲環境、社会状況等によって複合的に定まるものだからだ(図1)。建造物をめぐる状況は常に変化しており、過去の事例をあてはめて修理できることは、稀である。腐食した箇所を修理しても、それが環境に起因するものであれば、その原因を解消しなければ、修理後に同様の破損が起こる可能性が高い。破損原因を考察するには、先入観を持たずに客観的に観察して、破損を的確に把握する必要がある。また、より深く考察するためには、ひとりの技術者のなかで結論を出すのではなく、複数で議論することが望ましい。ただし複数の技術者で建設的な議論を進めるには、事実を視覚的にまとめることと、段階を踏んで検証を進める必要がある。そこで、以下に破損原因の考察を段階的に進める方法をあげてみる。1建造物の状態を観察(部材の構成、周囲環境等の状態を観察し、全体像を捉える)2部材の整理(部材の構成を分類し、材質を特定する)3破損状態の定義(破損原因を議論するにあたり「変色」、「チョーキング」、「腐食」、「孔食」など破損に関する用語の定義を明確にする)4破損箇所の観察(構成部材のどこに、どの程度の破損が生じているか、色、表面の状態を観察する)5破損状態を定義(整理した構成部材のうち、破損が認められるものについて、3の用語に従って破損状態を定義する)6劣化・破損プロセスの考察(5を元にプロセスを36第3章鋼構造物の文化財修理の現状と今後のあり方の考察