ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

ページ
34/120

このページは 「鉄構造物の保存と修復」日本語版 の電子ブックに掲載されている34ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

3.まとめ(各事例からの教訓)3.1.維持保全の事例の集積の効果今回対象の中でアイアンブリッジ、コールポート橋、クリフトン吊橋、フォース鉄道橋などいずれも100年を優に超え、なお構造物の役割を継続する。維持保全された事例の集積自体が保全のあり方を形づくる資料となっている。長年使われた橋、駅舎、建築、工作物などの鉄構造物が手入れをされて、日常生活の中で存在することが、社会の鉄構造物文化財の認識形成に寄与する。鉄構造物が機能し続けて継承されることは、個々の修復保全の技術に支えられてはいるが、そのベースには、鉄構造物に対する寿命、あるいは、モノの存続への認識がある。かつて、国内の鋼橋の示方書では、鋼橋の寿命はわずか50年と規定され、高度成長期を中心に比較的短命で新規構造に架け替えられていた時期があった。その後100年と延長され、維持保全が加えられるように変化してきた。歴史的な鉄構造を安易に撤去せずに維持保全の手入れをして機能を継続させるイギリスの伝統は、一般の人々の鉄構造物の文化財への認識に影響を与えることを示している。3.2.本来機能継続への注力構造機能の継続の保全と、文化財価値の継承は、一般にはトレードオフの関係となることが多い。このため文化財価値と引き換えに実用価値を終了させる選択もとられることもある。しかし、今回の対象事例では、幹線鉄道路線であるフォース鉄道橋はもとより、ローカル道路のクリフトン吊橋のように、日常的に自動車交通に供用される本来の機能が維持されているものが多い。コールポート橋では、機能の現状維持以上に、通行車両の台数制限の撤廃を図るグレードアップを、180年を越える鋳鉄構造に対してはかられている。このように、歴史的な価値を有する鉄構造物であっても、本来機能の継続に拘りをもっている。これらの構造物本来の実用機能を継続しつつ文化財価値の保全を図るスタンスは、イギリスにおける歴史的鉄構造物の保全のあり方を示している。鉄構造物のような文化財においては、保全の方法を選び本来機能の維持継承を図ることで、文化財の保全が図られるとの社会の認識がある。鉄構造物の本来機能の維持を追求するために、保全方法として、他の文化財とは異なったミニマムインターベンション(最小限の干渉)が見られる。ユニオン吊橋では、機能継続のために、ハンガーケーブルの取替え他多くの改変を含む補修工事が計画されている。コールポート橋では、グレードアップのために、鋳鉄製のアーチリブを、16mm厚の鋼板をオリジナルの鋳鉄アーチリブの両面からサンドイッチ状に接着している。クリフトン吊橋でも、消耗品となるハンガーケーブルの取替えや床組ボルトの交換などが行われている。セント・パンクラス駅のトレインシェッドの錬鉄材はほとんどが1868年建設のオリジナルであるが、安全性から屋根の透過性の覆い材をはじめ、消耗品的な部分は取替えられた。これらの事例は、供用下にある鉄構造物には、それに応じた補修による干渉の設定がされていることを示している。ただ、すでに供用下にはなく、もっぱら展示の事例である蒸気船グレイト・ブリテン号は、例外である。船殻の鉄構造はドライの状態におかれ、腐食箇所は積極的な補修ではなく、現状以上の腐食の進行を防ぐ目的で、相対湿度を管理する方法がとられている。これも同種の日本国内の例の参考となり得る。3.3.鉄構造物の維持保全への取組体制ユニオン吊橋の事例は、道路橋としての実用を安全に継続することを目指しつつ、同時に歴史的建造物としての価値の継続のための取組を考える上での貴重な参考情報を提供する。鉄構造物において、経年劣化があっても、本来機能の維持を追求することは、維持保全の資金充当の意味からも重要である。資金充当とは、それによって支援を受けられるだけではなく、社会的にその存在の意義が認められることを示しているからである。イギリスでは存続が危機的状況にあっても、保存修復には政府からの直接的な資金は期待できずHLF(Heritage Lottery Fund)のような民間資金の獲得を目指したり、クリフトン吊橋のように、維持管理を含む橋の運営主体は、政府認可の非営利団体が担い、有料橋の特許を取得し資金源に充当している例がある。イギリスにおいて、鉄構造物などの文化財の維持保全資金の手当てに困難を伴うプロセスは文化財の価値を一般に知らしめる機会となっている。3.4.鉄構造物の維持保全の担い手機能を継続する鉄構造物の維持保全では、担い手についても留意が必要となる。鉄道駅に限らず、多くの鉄構造物の修復の主たる担い手は、工事施工に特化した技術者集団であり、かならずしも文化財修復についての専門32第2章イギリスにおける鉄構造物の保存修復からの教訓