ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

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概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

2.3.リベット技術の継承濃尾地震(明治24年(1891))、関東大震災(大正12年(1923))などの地震で大きく被災し、その後急速に廃れていく煉瓦造建造物と異なり、鉄構造物は近代を通して継続的に技術改良が重ねられ、現在でも大型構造物の主要な一角を占め続けている。ただし、その発展の過程で、文化財に使われるような古い工法は失われていった。その代表例が、リベット接合である。リベット接合は明治初期にわが国に導入され、大正期に溶接技術が登場した後も、しばらく接合技術の主流であり続けるが、昭和後期以降の高力ボルトの普及に伴い、高い水密性が求められる部位(例えば、水門の門扉やボイラー)以外では使用されなくなり、現在では歴史的構造物の修理以外ではほぼ使われなくなってしまった。リベット接合の歴史的価値を認識しながらも、技術的、財政的な理由からそれを実施するのが難しく、やむを得ずトルシア形ボルトを用いてリベット風に見せるという対応が、文化財修理の現場でも行われている。それは日本だけでなく、諸外国でも同じことで、歴史的な鉄構造物の保存と修復が盛んな英国においても、蒸気機関車のボイラー以外、ほとんどリベットが用いられていない実態を確認することができた5。しかし本当にそれでよいのか。「鉄構造物の保存と活用に関する勉強会」では、リベットの問題は、単なる見た目の問題ではなく、構造的特性に関わる問題であり、工法を再現する意義は大きいと指摘されている。本書では、この論理を敷衍する上で、リベット接合の技術的特質を現代的視点から整理する必要があると考え、第4章で鉄道橋におけるリベット接合の維持管理上のメリットについて論じた論考(p.45 - 55)を掲載している。2.4.保守のノウハウの継承鉄橋は、鉄道車両からの巨大な活荷重を受けると同時に、潮風等にさらされる厳しい自然環境に立地するものが多い。そのため鉄道分野では、古くからきめ細かな保守管理を専門とする技術者を各現場に配置してきた。よく知られているのは旧餘部橋梁で、ここでは竣工から5年後の大正6年(1917)に、日本ペイント製造の社員を専属の塗装工として採用し(一般には「橋守」と呼ばれる)、劣化や使用の状況を勘案した「繕いケレン」(写真2)などの職人技を駆使した保守管理が行われてきた。塗装を専門とする橋守の伝統が失われてすでに久しいが、今回鉄道(JR)と道路(NEXCO)で塗装の考え方を比較したところ(p. 87)、道路が比較的統一的な基準で高品質の塗料を採用しているのに対して、鉄道ではいまだに個別の状況(立地、橋の重要性など)に応じた塗装の選択を行う傾向が強いことが明らかになった。物件の特性に応じた管理を行うという考え方は、文化財保存にも通じるもので、参考になる。また今回の調査では、日常的な保守の範疇から逸脱するような、機械装置の異常(例えば異音)に対処するノウハウがすでに失われているケースも見られた。例えば、いまなお可動橋として使われている末広橋梁(三重県)(p. 98)では、保守管理の担当者が磨耗した歯車の使用限界を見極めすることができず、安全側をとってその取り替えを検討していたが、機械学会に所属するシニア技術者の調査により、結局歯車の取替えは不要であることが判明し、代わりに劣化を抑える注油システムを付加する措置が計画された。業務の外部委託が進む中で、施設管理者側に保守のノウハウが蓄積されず、特殊な問題に適切に対応できない状況を見てとることができる。この課題に対処するためには、経験豊かな技術者のノウハウ写真2旧餘部橋梁の「繕いケレン」に用いた道具(出典:道の駅あまるべ情報コーナー)9