ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

はできない。一つの基準で処理するのではなく、遺産のありかたと歴史的重要性を勘案しつつ、この部分ではこういう要素を保存し、見せていきたいということを考えてゆくしかないであろう。富岡製糸場では場内全体の修復の目標を1945年前後に設定しようと考えられたこともあったが、遺産の検討が深められる中で、統一的な基準は立たないであろうことが明らかになり、西置繭所では1974年の状況を目標としている。これにも部分的な例外はある。なるべく現状を変えないためである。私が富岡におじゃまするようになって10年以上たつが、未だに現場に行くたび発見があり、ここで述べてきたような見方も、完全とはいえない。産業技術史的な変遷を検討しても、完全にわかることはない。しかし、将来研究が進めば、今は気付かれない建物や痕跡の意味が解るかもしれない。それを思うと、現状の変更は最低限にとどめたい。また、歴史を研究していると、何物も永遠に残ることはないと感じる。文化財に関しても永久に保存することではなく、過去のものを次の世代に伝えていこうとすること自体に意味があると考えざるをえない。それゆえ、もちろん程度問題ではあるのだが、貴重な痕跡を消して、建物の保存だけをはかるような耐震補強は行うべきではないであろう。産業技術史も生活史も欧米で研究が進んでおり、遺産の保存や活用にもそれが生かされていて、学ぶべきところはたくさんある。一方で、留意したいこともある。管見の範囲でもドイツやアメリカには近代の産業遺産が多くあり、多くの類似の建物、製鉄所、炭鉱遺産がある中で、特徴を出して新しいことをやろうとして様々な工夫がなされている。また規模の大きな遺産の保存や修復のために大胆な手法が用いられている。それは、例えば多数が残る舞鶴の煉瓦建物や、今後操業を停止するであろう新たな産業遺産の保存、活用には大いに参考になるが、富岡製糸場のように類似の遺産がない、また欧米の遺産に比べてそれほど規模が大きくはない遺産に、その工夫をそのまま適用するのは適切ではない。国土の状況から遺産が少ないということを前提に、欧米を参考にしつつも、日本的な産業遺産の保存、修復の理念を確立する必要がある。54