ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

かれている。富岡製糸場が出来てから10年目、当時はこれが書かれた2階に18段の棚が設けられ、繭を盛った蒸籠が並べられて、ここで繭を乾かしていた。繭は1日1度かき回さなくてはならなかった。その作業をこの4人組がやっていた可能性が高い。落書きは、この壁が少なくとも創業から10年目には存在していた、おそらくは当初からのものであることを証明している。同時に、そういう作業者がたしかに存在していた証拠でもある。このほか、壁や柱には、繭の出し入れを記録したらしい数字や落書きが多く残る。どこまでが労働の痕跡や記念で、どこから単なる遊びだったか線は引けないが、完全な遊びにせよ、当時の従業員によるものであれば、それは工場が操業していた痕跡である。同じ壁には繭を出し入れした台車が当たった痕跡も残る。実はどの程度の期間、何種類の台車が使われていたのかも明らかではないが、特に当初から塗り替えられていない壁面は、操業中の全期間に用いられた運搬手段の痕跡をとどめている可能性が高く、今後の新たな発見も期待できるので、産業遺産としては保存の必要性が高い。建築としては傷みであっても、産業遺産として重要な痕跡は多い。管見の範囲で最もそれが著しいのは佐渡鉱山の粗砕場である。粗砕場では、上から大きな砕いた岩を転がし、ふるいを通って落ちたものを機械で砕く。岩が転がってくるので当然、写真6のように壁内側のコンクリートが削れる。建物外側の風化による痛みは修復すべきであるが、内部も同様に開業前の状態に修復することは、建築史上の文化財保存としては適切であっても、産業遺産としては、何が行われていたかを示す痕跡がなくなって大いに価値を減じることになる。またこの粗砕場には写真7のような畳に鉄板を貼った遺物がある。これは、ふるいを通らない十分に砕けていない岩に、ダイナマイトを細かく切って貼りつけ、この場で爆破した際、使用したものという。これをかぶせて爆破することで、周辺への影響を防ぐのである。そう言われて見回すと、壁や天井に多くの穴が開いている。老朽化によるものかと思っていたが、爆破された破片が開け穴も多いらしい。これも明らかな産業活動の痕跡といえ、修復の際に意識的に残さなくてはいけないであろう。畳が腐敗しつつあるこの遺物も重要であ写真6佐渡鉱山粗砕場壁面写真7佐渡鉱山粗砕場爆破作業用楯写真8富岡製糸場西繭倉庫1階欄間部分の紙張52