ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

使ってきた機器を、富岡製糸場を残していくのと同様に、残していかなくてはいけないと考えていたことを示すのであろう。試験研究まで含めれば、それぞれの時期の産業技術がどの範囲まで工場内で担われていたのかも検討し、工場外の関連施設にも目を向ける必要がある。4.工場の歴史の流れ前の節では、工場の最終段階の技術体系の把握について論じた。遺産は基本的に最終段階の技術体系を反映しており、その把握が最も容易である。容易とはいっても特に富岡製糸場のように操業停止から時間が経っていると、その体系の理解のための聞き取り、特に体験者に現場に来てもらっての聞き取りが急務である。そして、最終段階の技術体系をしっかりと把握することが、工場の技術体系の変遷を理解する基本となる。技術体系が変わらない間に経営が破たんして、ひとつの技術体系だけを伝える遺産もあり得るが、今に形が良く残る資産は、概ね何代かの技術体系の変化、あるいは産業自体の転換を経験してきている。その中で当初の技術体系は特有の意味を持つ。それは当初の建造物の計画、配置計画を規定しているからであり、富岡製糸場のように、それが創立されたこと、また当初の技術体系が移入されたことが我が国の歴史に大きな影響を及ぼしているからこそ、産業遺産としての、あるいは史跡としての高い価値を持つことが多い。そこで、遺産の理解のためには当初の技術体系を示せることが望ましく、保存、修復にあたっても、これに配慮する必要がある。そのためには、結局のところ、当初から最終段階までの各段階の技術体系の中で、それぞれの建物や部屋がどのような役割を果たしてきたかを把握して、当初から現状に至る変化の事情を理解するしかない。そうすることで、はじめて、現状を改変する形での修復が可能になるし、何を保存すべきかも説明できるようになる。何を保存し、どこに目標を置いて修復するのかは遺産の状況によって変化せざるをえないが、最終段階ないし最盛期の技術体系が遺産の現状にもっとも良く反映しているので、それを損ねないことが基本であろう。その上で、同種の機械や施設の一部を改変するような形で、当初の状況を目標とした修復が行われるべきであろう。さらにその上で可能であれば、意義が大きい中間段階を目標とした修復も図りたい。5.さまざまな痕跡の意味西置繭所の修理計画の初期には内側の漆喰を剥がして塗り替えるという案があった。耐震補強や内部空間の有効活用から考えられた案である。私がそれを許容できないと考えた最初の大きな理由が、写真5の明治15年、すなわち1882年と書かれた西置繭所2階の落書き(線刻)である。四人組と書いて、4名の名前が書写真5富岡製糸場西繭倉庫2階壁にある明治15年の落書き産業技術史の観点から51